会社は掃除をしているおばさんが居るきりで、休みのようだった。

 帰ろうとするトトリの代わりに、私がおばさんに話しかける。

「あの、すみません」

「はい。どちら様でしょう?」

 顔を上げたおばさんは上品な印象の人だった。私が背中を押すと、トトリが言う。

「お父さんがここで働いてるんです。クラド サヅチです」

 そうすると、おばさんは「よく知っていますよ」と答える。どうやら、おばさんはこの会社の社長のお母さんらしい。おずおずとトトリが聞く。

「お父さん、ちゃんとお仕事できてますか?」

「あらあら、大丈夫よ。今は体の事があるからお休みしているけれど、とても仕事の出来る方ですからね。お父さんの事、頼りにしてるのよ」

 おばさんの言葉にドキリとした。

 私は何か大変な事に首を突っ込んでしまったのではないだろうかと、冷や汗をかく。

 けれど助けられるのなら助けたい。一人で悩むのは絶対にダメだ。助けなきゃ。そんな強迫観念とも言える想いに取りつかれて私は口を開く。


「あの、私たち……お父さんの薬をもらいに行く途中なんですけど、道が分からなくなっちゃって」

「あぁ、それならちょっと待っていてね。道を教えてあげるから大丈夫よ」

 私たちの頭を撫でて、おばさんは事務所に入って行く。

 こんな人が親だったのならどれだけいいかと、どうしても考えてしまう。もし親が違ったのならサグメは死なずに済んだだろうと、思考がぐるぐるし始める。

 そこへ、おばさんがメモを持って出てきた。

「簡単な地図を書いておきましたからね。この太い線が今いる道よ。曲がり角には大きなクマのぬいぐるみが座っている喫茶店がありますから、すぐに分かると思うわ。病院の電話番号も書いておいたから、迷ったらここに電話するといいわ」

「ありがとうございます」

「おつかい偉いわね」

 私たちは頭を下げて、教えてもらった病院へ向けて歩く。


 地図によるとニ十分ほど歩けば着くらしい。

「お姉ちゃん、凄いね」

 会社が見えなくなってから、トトリが言った。

「嘘つきの才能があるみたいで、ちょっと落ち込むけどね」

「そんな事ないよ。僕は助けてもらってるもん。でも本当に、お父さんはどうしちゃったんだろう? 病気だって知らなかった……」

「もしかしたら、お母さんは病気の事を内緒にしたかったのかもね」

「そうだといいな」

 それ以降はたいした話もしないで、私たちは病院に着いた。

 病院は小さな町医者で『鵜崎こころのクリニック』と看板が出ている。今日は休みみたいで、とても入院患者がいるとは思えなかった。

 となると、トトリのお父さんは自分でここに通っているのだろうか。

「休みみたいだね」

 トトリが残念そうにうな垂れる。

 ふよふよと浮いて私たちの様子を窺う、通りすがりの小さな龍神様に「どうしたらいいか」と聞いてみる。

 けれど龍神様は何も答えず、真っ直ぐに空へ昇っていく。

 私はどうにかならないかと考え、駐車場に車が止まっているのを見つけた。


「先生、いるかもしれないよ」

 しばらく駐車場をウロチョロしていると、病院と繋がっている家らしいところから人が出てきた。白髪のお爺さんだ。

「おや。今日は休みなんだけどね。どうかしたかな?」

「あの……」

 私は答えようとして言葉に詰まってしまった。何も考えていなかったのだ。

 それに気づいたトトリが答える。

「あの、僕の父はクラド サヅチって言って、お父さんの薬を……」

「クラド? あぁ、あの人か! 薬なら昨日お母さんがもらいに来たばっかりだよ」

 どうやらこの病院の先生らしい。

「ちょっと間違えちゃったかも……」

 トトリがそう言うと、先生は朗らかに笑う。

「そうか、そうか。でもまぁ帰るにも近くていいじゃないか。目の前だもんな。お? 雨が降りだしたぞ。クラドさんの家は洗濯物が干してあるじゃないか。急げ、急げ」

 先生は「ほら、あそこに服が干してある」と指をさして、自分は車に乗り込んだ。

 じゃあな、と手を振ってくれる先生に手を振り返して、私たちはそのアパートに急

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