二日目
一
いつもより早い時間に目が覚めた。おおらかな笑い声が外から聞こえる。あれはおそらく釣竿を持った七福神様だ。
今日は二日目。七日間のうちの二度目の朝だ。
当日の夜の後、朝になってから眠った私は昼くらいに起き出して家を出た。神様が見えるなんていう事は初めてなので、自分で体験したのにも関わらず疑ってしまうから確かめようと思ったのだ。
だから家から四十分ほどの距離にある鍾乳洞に出かけた。
結局は鍾乳洞まで行かなくとも、なんの面白味もない町にはそこかしこに神様が溢れていたのだけれど。
それでも鍾乳洞には行った甲斐があった。
川の横にある、辛うじて手すり代わりの縄があるだけの岩の道を登っていく。何度も座り込み、その度にぼんやりと光る蛙や手の平ほどの女の子に励まされる。
やっと人間が作ったのだろうと思える見た目の階段の下まで来て、その険しさに引き返そうかと考えていると、釣竿を持った恰幅の良い神様に手を引かれた。
その神様は笑顔で私の手を引いて階段を上っていくのだ。
そのまま鍾乳洞の中に入ると、そこが何処だか分からなくなった。
まるで自分が花火の中にいるような錯覚を起こす光景だった。あの光の一つ一つが神であると言って、恵比寿天様はどこかへ行ってしまった。
ずっと眺めていて気付くと、赤い陽が鍾乳洞に差し込んで来ていた。
鍾乳洞の中にも外にも恵比寿天様の姿は見えなかったけれど、シャワーを浴びたくて家に帰った時、向かいのお婆ちゃんの家の庭で、池に釣竿を垂らしているのを見かけた。
その日も夜には『あったか亭』に行って、また同じ悲しみ鳥と寂しさトマトのスープを飲んだ。神様は同じスープを、しっかり残さず飲むように念を押す。
店には二人、会社帰りの男の人が来ただけだった。
そうしてまた雑兎に家まで送ってもらって、私の一日目は終わったのだ。
まだ二日目の朝だけれど、大人たちに疑問を抱くには十分だった。
空っぽになったこの町にも、こんなにも多くの神様がいる。
それなのに大人たちは大きな神社へ、有名な山へ行く。渋滞にイライラして、行列に並んでは小さい子に大人しくしなさいと怒る。
子供は知っているのだ。並んで苛立っているその時間が無駄なことを。
万物に神様が宿る、八百万の神々の国。そう言ったのはあんたたちなのに分かってない。
とは言え、私も苛立っていても仕方がないので家を出る事にする。
私は居間に置いてあった柿を持って向かいのお婆ちゃんの家に寄る。
このお婆ちゃんはウメさんと言って、学校帰りに家に入れてくれる優しい人だ。
庭に入ると、アケビの木に数日前までなかったはずの実が生っている。そしてやっぱり、恵比寿天様は池に釣り糸を垂らしていた。
玄関の戸にはいつもカギが掛かっていないので、開けてから声を掛ける。
「こんにちは。お婆ちゃん、いる?」
コツン、コツンと杖を突く音がして「コヤネちゃんかね」と声が聞こえた。
「うちに柿があったから一緒に食べようと思って」
「そうかね。柿が。あぁ、ありがとうね。それじゃあアケビも食べてみようかね。採って来てくれるかい?」
お婆ちゃんは青いワンピース姿で出てきた。
「いいよ。はい、これ」
私はお婆ちゃんに柿を渡してからアケビを採りに行く。木にはいくつもアケビが生っていて、どれが熟れているのか分からなかった。
「ねぇ、恵比寿天様。どの実が美味しいの?」
「ふふっ」
恵比寿天様はパカッと割れた実を指さしてから、縁側に座った。私はそれをもぎって恵比寿天様の隣に座る。
私と恵比寿天様が縁側に座って待っていると、お婆ちゃんが柿を剥いて来てくれた。
「はい、恵比寿様。どうぞ召し上がって下さい」
私たちは三人で縁側に並んで座り、アケビと柿を食べる。
「お婆ちゃんはもう何回も経験してるんだよね? 神々の七日間」
「あぁ、そうね。もう八十になるからねぇ」
お婆ちゃんは懐かしそうに目を細めて、空を見上げる。それから言った。
「空を船が飛んでいた時はさすがに驚いて、宝船だと気付くのに時間がかかったもんだよ」
「宝船を見たの? すごいね」
「ちょっと長く生きただけだよ」
しばらく嬉しそうに笑うお婆ちゃんの話を聞いていると、奥にゴミ袋が縛ってあるのが見えた。
「お婆ちゃん。今日ゴミの日だよ。私が捨ててきてあげようか?」
「そうかね。頼めるかい? 助かるねぇ」
「いいんだよ。じゃあ、またね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます