第1148話 滑りやすい靴下ではない事を祈ろう。的なお話

稽古2日目。

この日は生憎の雨模様だが、稽古をする道場は屋内なので問題なく稽古は実行される。


「それじゃあ行ってくる。」

「いってらっしゃい。」

「頑張って。」

「今日はお弁当を作ったのでお昼になったら食べてくださいね。」

「ありがとな、ルリエ。」


ルリエからの愛妻弁当を受け取った俺はルンルン気分で稽古場に向かう。


3人は他の元気なメンバーと一緒に今日も看病。

コハルさんは顔色も良くなり青さは見受けられず、ユキノ達の方は体がだるいくらいにまで快復しており、今日中か少なくとも明日の朝には全快しているだろう。


「今日もよろしくお願いします。」


道場に入る前に一礼。

昨日は忘れてたけど、道場に入る前には一礼するのが基本なんだよな?

こっちの世界ではどうかは知らないけど、道場は基本的に神聖な場所だから礼をするべきだと思う。


「昨日の稽古で大剣の扱いに慣れたという前提で話を進めさせてもらう。今日行うのは演舞における殺陣の前半部分。竜と単身で戦う前半と巫女が助太刀し共に戦う後半の内の前半だな。ではまず前半部分の動きを見せるのでしっかりと見ておいて欲しい。」


指導役の人が木剣を手に道場の中央へと移動し、そして構えた。

大剣という性質上、いわゆる正眼の構えというのは出来ない。

その代わりなのか、下段の構えと言うべきなのか木剣は右側の斜め後ろに位置し、すぐに斬り上げることが出来る状態だ。


指導役の人が動き出す。

それほど速い動きではない。

だが、回転の力を使った振り方で、右に左に、また右にと稽古場を動き回る。

時折木剣の重みを利用したジャンプ攻撃や縦回転の攻撃なんかも行なっていく。

途中途中で防御や回避の行動を入れられていたが、ついに躱しきれなかったのか後ろに飛び転がる。

すぐに立ち上がり肩で息をしながらもしっかりと前方を睨みつける。

と、ここで指導役の人が構えを解きこちらに向き直す。


「これが前半の動きだ。英雄役に台詞はなく、舞台の進行は語り部が行うのでそこは安心して演舞に集中してくれ。では、まずは最初の動きから稽古をするぞ。ゆっくりとやるのでそれを真似してくれ。」


まずは構え、そしてそこから駆け出して斬り上げそのまま左上に振り抜く。

最初はそこまでのようだが、こんなのは簡単過ぎるので誰1人として失敗することなく真似して見せた。

それを満足げな表情で頷きながら眺める指導役の人。

いや、まだ早いから。

その表情するの早いから。

こんなの小学生でも出来るから。


次は振り抜いた後そのままの勢いで駆け抜けてから反転して、そしてバックステップ。

このバックステップがちょっと厄介。

最初の実演の時には反転からのバックステップの流れがスムーズで、気を抜くと足を滑らせて転んでしまいそうだ。

ゆっくりやってるから今は問題ないが、実際のスピードでやる場合は注意しないとな。

特に靴下だけだとツルッといってしまいそうだ。


次はバックステップから踏ん張り、前方に駆け寄り急ストップ、その時の慣性の力を利用するかのような勢いのついた大剣の振り下ろし。

こちらは難なくクリア。

ステータス高いからね。

これくらいなら力だけでどうにでもなる。


「では、ここまでの一連の動きを実際の速度でやってみよう。」


まずは斬り上げ、そしてそのまま駆け抜け、反転からのバックステッ……おっと。

やはり靴下だけとなると勢いに足を取られそうになる。

なんとか踏ん張れたけど、踏ん張りきれずに滑って転けている人がちらほら。

おれはそのまま続行し、駆け出し、急ストップ、そして振り下ろし。

ここでも滑りかけて転びそうになる。

次やる時は靴下を脱いでからやったほうがいいかもしれない。

まあ、実際の演舞の時の衣装次第か。

衣装でも靴とか履かずに靴下だけだった場合は裸足で稽古したところで意味はないし。

演舞の衣装が滑りやすい靴下ではない事を祈ろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る