第987話 無理だと言うしかないんだ。的なお話

「俺は……俺がここで許さないって言ったところで、どうせ何も変わらない。だから、許すよ。意味が無いのに怒ってても、疲れるだけだから……。」

「本当にすまなかった。せめて詫びとしてこれを受け取ってくれ。」

「いらない……。」


多分、お金なんだろうな。

大きさからしてそこまで多くはないだろうけど、それでもスラムの人間にしてみれば大金だと思う。

でも少年は受け取ろうとはしなかった。


「さっきの馬鹿から後で徴収するから遠慮する必要はないぞ。受け取って当然の金だ。」

「だからいらないって言ってるだろ! そんな金もらったって、どうせ奪われるだけだ。だったら貰わない方が、痛い思いをしなくて済む……。」

「「…………。」」


厳つい人は開いた口が塞がらないといった感じで、多分それは俺もだろう。

そんな酷い状況だとは思わなかった。

厳つい人もそう思ったのだろう。


「お兄さん、行こう。」

「ま、待ってくれ!」


呆然としていた厳つい人だけど、さっさと行こうと手を引っ張っている少年を見て再起動したのか慌てたように引き止める。


「ならせめて、これだけは言わせてくれ! もしも君が何か困ったことがあったら言ってくれ。この街の治安を守る者として、力にならせてもらう。」

「……気が向いたら。」


それだけ言うと少年は俺の手を引っ張り詰所を後にした。

その後しばらく気まずい空気が流れるが、静寂を破って少年が話しかけてくる。


「ねぇ、少し、話を聞いてもらってもいいかな?」

「……ああ。」


そこら辺にあったベンチに座ると少年は話し始めた。

それは少年の過去だった。


「俺の両親はさ、冒険者だったんだ。俺の母さんはスラムの生まれで、スラムで過ごした仲間と一緒に冒険者になって、そんでその内の1人と結婚して、俺が生まれたんだ。でも、父さんも母さんも俺が小さい頃に流行病で死んじまった。元々スラムの出だからさ、住んでた家も安い借家でさ、すぐに家賃を払えなくなっちまって……それで俺もスラム行き。そん時に親方に色々と教わったり、助けてもらったんだ。親方は自分も昔母さんに助けてもらったからって言ってたけどね。でも全員が優しい訳じゃなくてさ、頑張って稼いでもその金を奪ってくる奴らも居れば、女に乱暴をする奴らも居る。それが原因で死んだ奴も沢山いる。……お兄さんさ、気付いてんだろ、俺が女だって。この格好もさ、親方に言われてしてるんだ。女だとバレると酷い目に遭うからって。でもそれもいつまでバレずに済むかわからないし、バレたらどうなるか……結局さ、俺なんてその程度の存在なんだよ。スラムで汚く生きて、最後には惨めに死ぬ。……なぁ、俺って一体なんなんだろうなぁ……なんで俺、生きてるんだろうな。」


お、重い……。

両親は居ないだろうとは思っていたけど、まさかそこまでお先真っ暗だとは思わなかった。


「……なぁ、お兄さんさ、俺を貰ってくれないか? 俺、なんでもするからさ ! お兄さんに貰ってもらえたら、きっと、何か意味がある人生になるって、そんな気がするんだ!」


ん? 今なんでもって言った?

まあ、何もしませんけど。

そもそも貰うつもりもない。


「残念だけど、それは出来ない。可哀想だと思うし、なんとかしたいとも思う。でも俺達は今ヤマトに向かってるいる最中でさ、その旅に、そんな体で耐えられるとは思えない。だから、連れて行けない。」

「……そうか。無理言ってごめんなさいお兄さん。」


助けたいと思う。

思うが、出来ることと出来ないことがある。

だから、例えなんとかしたいと思っていても、俺は無理だと言うしかないんだ。

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