第986話 理由にはならないのだから。的なお話

詰所に連れて行かれ……いや、連れて行くか?

衛兵かっこ笑さんが凄い嫌がっている。

おかしいなぁ……自分でしょっ引いてやるとか言ってたのにさ。


その一方で心配そうにしているのが少年だ。

何もしてないから大丈夫なはずなんだけど、スラムに住んでいるという事を気にしているのか、それとも別の理由なのかは分からないけど、不安なようだ。

だから仕方なく少年と手を繋いでいる。

世界を救うなんて大それた事は出来ない俺でも、不安そうにしている子に手を差し出すくらいのことは出来るからな。

ついでに何も不安なんてないよと伝える為に少年に向かってニカって笑ってやる。

これで少しは不安が紛れるといいのだけど。


不安といえば、俺まださっきの店の代金払ってないという事。

衛兵に連れて行かれる訳なので代金を払う余裕が無かったんだよな。

だから現在は無銭飲食してるようなもの。

いやまあ、セフィア達が居るから大丈夫だろうけどさ、元々しょっ引かれる理由が少年の無銭飲食か食い逃げするだろうという話だったからさ。

このままだと本当にそういう事で処理されかねないな、と。

最悪の場合、アレを出すしかないかな。

流石にアレを出せば大丈夫だろう……大丈夫だよな?


「で、この5人を連れてきた、と?」

「は、はい……。」


詰所にいた厳つい人に事情を伝える衛兵かっこ笑さん。

物凄く怯えていて生まれたての小鹿かってくらいだ。

俺、生まれたての小鹿なんて見た事ないけど。


「そっちの言い分は?」

「この子は何もしていませんし、店の代金を俺が払うつもりなのでこの人の言う通りにはなりませんでした。……それに、そこの4人は犯罪歴がありますし、その人の言う事は全部間違いです。」

「ほぅ……。おい、ギルドに行って鑑定士連れて来い!」


厳つい人は後ろにいたイケメンさんに指示を出して鑑定士を連れてくるように言った。

というかこの街には鑑定士がいるのか。

カインではステータスプレートだったっけ。

他の街ではみんな自己鑑定を貰ったから使う事はなかったっけ。


そうして連れて来られた鑑定士さんが調べた結果俺の言ってる事が真実だと理解され4人はそのまま何処かに連れて行かれた。

ふぅ……これでもうここには用はないし、戻ろうかな。


「馬鹿が迷惑をかけた。本当にすまなかった!」


戻ろうと思っていたんだけど厳つい人が頭を下げてきた。

上に立つ人だから謝らないといけないのだろう。

ここで頭を上げてというのが主人公なんだろうけど、そういうのは違うだろう。

この人には謝らなければならない責任というものがあるのだから。

今必要なのは頭を上げてという事ではなくその謝罪を受け入れる事だ。


「……恥ずかしい話になるが、街の治安を守る側なのだから治安を乱す奴がいるとは思わなかった。本当に申し訳ない!」

「俺はその謝罪を受け入れます。」

「かたじけない。」

「ただ、この子が受け入れるかどうは別です。この子はスラムに暮らしているからというだけで不当に扱われたんですから。この子は何も悪い事はしていないのに。この子がスラムで暮らさないといけないのは、守ってくれる大人が居ないからなのに。」

「それも、俺達の不徳の致すところだ。だけど、この街で使える予算にも限りがある。納税出来る人を優先するのも仕方ない話だ。いや、仕方ないで済ますべきじゃないのは分かっている。でもどうしようもないんだ。」


お金は有限であり、国や街の運営、維持は基本的に税金で行われる。

そして、その税金を払ってくれる人を優先するというのは何も間違いじゃないし、むしろ別の事に使おうものなら反発があってもおかしくはない。日本だって、有権者を優先とした政策を行うなんて事も珍しく無かったのだから。

そして、スラムに住んで国や街に貢献していない人間を納税者を差し置いて優遇するわけにも行かない。

この人が仕方ないというのも理解できる。

理解はできるが、納得はいかない。

さっきも言った通り、だとしてもこの子が不当に扱われる理由にはならないのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る