第982話 でも、嬉しいんだよね。的なお話
実を言えば、これが欲しい! っていうものはない。
ヤマトまで行くという事もあって、事前に準備したので足りないものがあるわけではないし、かといってこれが前々から欲しかったっていうのもない。
だから、何か欲しいという事は無いんだけど、でも、ミスリアさんを応援したいという思いもあるので何か買いたい。
うーん。
確かに色々あって万物屋を名乗るだけはあるが……本人も言っていた通り、質が良いとは言い難いか。
その為かどれもこれも安いけどさ。
でもこれだと日用品は長期で使うのは不安があるし、俺達は冒険者という事もあって外で使う。
その分より壊れやすいから流石のこれらは買えないか。
なら他のは……ん?
そういえば、あれが見当たらないな。
んー?
とりあえず店の中を探してみたが1つも見当たらなかった。
「ミスリアさん。ちょっといいですか?」
「なんだ?」
「この店って魔道具はないんですか?」
「あー、魔道具な。魔道具は作ってないんだ。」
「そうなんですか?」
「あ、言っておくが、別に作れねーわけじゃねーよ。そりゃ専門の連中に比べりゃ質は落ちるけどよ、でも作れねーわけじゃねーから。」
「それじゃあなんで無いんですか?」
「そりゃお前、売れねーからだよ。こんな所に店構えてっからな。客も基本金がねー連中ばかりだ。そんな奴ら相手に魔道具なんて用意してても売れるわけねーだろ。」
「あ、そっか。」
「俺が作ると質が落ちっから素材を良いのにしないとまともに動きゃしないしな。その分値段が上がるから余計に買い手がつかねー。そんなわけで魔道具に関しちゃ、注文を受けた時だけ作るようにしてんだ。ま、今まで一度も注文された事ねーけどな。あっはっはっはっはっは!」
「それ、笑い事なんですか……?」
「そんな事より、何を注文すんだ?」
「あ、考えてなかった……。」
「んだよそれ……。」
呆れられてしまったが、気になってしまったんだから仕方ない。
それよりも今は買う物を選ぶべきだな。
日用品も魔道具もないとなると、どうしたものか……。
ん〜……お?
これ、なんか良いな。
どこがって聞かれてもうまく答える自信はないんだけど、なんか、良い。
個人的になんか好みに合ってる。
これにしよう。
「ミスリアさん。これ下さい。」
「はいよ……って、それ、本当にあったのか?」
「ありましたけど……何か?」
「それはさ、まだこの店を始めたばかりの頃にさ、オリジナルのものを何か作れないかって頑張ってた時の作品でな。簡単な彫刻ですらそんななんだぜ……処分したと思ってたんだけどな。それは見た通り出来が悪いからさ、そんなのよりも他のにしてくれないか?」
「いや、俺はこれが良いんです。」
確かに、お世辞にも優れた彫刻品とは言えないだろう。
小さな、手のひらに乗るサイズの狼……なんだろうな、これ。
狼だとはぱっと見では分からない。
よく見れば狼だと分かるが、ぱっと見では4足歩行する生き物だろうということしか分からないだろう。
でもさ、その不格好さが愛嬌のある顔にしてて、何度も失敗してささくれだったりしただろうに、手に取った時に怪我をしないように丁寧にヤスリがけしてあって……なんか、良いなって思っちゃったんだよ。
「俺のいた国にさ、生きている間に売れた絵の数はたった1枚だけっていう画家が居たんだよ。でもさ、その人の作品はその人が死んだ後、すごい評価をされるようになってさ、今じゃその人の絵は億単位の値段で取引されてるんだ。結局さ、物の値段なんて人がどう評価するかでしかないんだ。俺はこれが良いと思った。だから俺はこの商品が欲しいんだよ。」
「……そうか……あ、ありが……あれ? なんでオレ泣いてるんだ? 訳わかんねーよ……なんで、止まんねーだよ……くそっ……ちょっと待ってくれ、すぐに収まるからよ。」
多分きっと、心のどこかで、自分の、自分だけのオリジナルは作れないし、評価されないって思ってたんじゃないかな?
でも俺に認められて、それが嬉しくて、自然と涙が出てしまったんだと思う。
自分が作った物を評価されるのってさ、すげー嬉しいんだよ。
恥ずかしさもあるけどさ、でも、嬉しいんだよね。
しかもミスリアさんは大きなハンデを背負っている。
そんなの、嬉し泣きしてしまってもしょうがないよな。
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