第955話 名前以外は良かったよ。的なお話

東へ東へ、という事しか考えていなかったが、普通に考えればそうだよなと思う。

まだリステルを出てほんの少ししか経っていないが、新しい街です。

カインからリステルへの道にもいくつか村があったりしたのだから考えれば当然といえば当然か。

俺の頭の中にはアクリアまで街とかは何も無いと思ってたよ。


街の名前はディスフォード辺境伯領のロールダム。

そう、辺境伯領なのだ。

俺の大してないファンタジー知識によれば辺境伯といえば国境付近にある領地を持つ侯爵と同等の格を持つ貴族。

そして、他国と戦争になった時に真っ先に戦うことになる場所。

そんな辺境伯領にたどり着いたみたい。


街の中に入るための審査の際に街について軽く教えてもらい、街の名前とかもその時教えてもらった。

他にはお風呂のある宿の場所とか美味しいご飯が食べられるお店の場所とかだな。

特産品とかは聞いてない。

リステルからそんなに離れてないからそう変わらないだろうし、お土産を買うにしてもこんな近い所の物を貰っても困るだけだろう。

だって数日で来れるんだもの。

自分で行けばいいだけの話だ。


「門番に聞いた宿は……ここか。」

「これはまた、すごい名前の宿だね……。」

「ああ……そうだな。門番さんも、名前はアレだけどそれ以外は良いと言っていたくらいだしな。」


宿の名前は『難攻不落絶対安心安全炎の宿』。

難攻不落って何と戦ってるんだよ!? とか、そこまで言葉を重ねられると逆に不安になる! とか、炎の宿って本当に大丈夫なのか!? とかツッコミたくなる。

だけど門番さんが太鼓判を押してくれたから信用は出来るだろう。

宿の名前からは全く信用出来ないけど。


意を決して宿の中に入ると、意外と中は普通……じゃない!?

なんか、至る所に炎が題材の絵が飾ってある……。

あれか?

炎の宿だから炎の絵を集めてるんだよね?

そうだよね?

そうだと言って!

炎が好きだから炎の宿じゃ無いんですよね!?


「ようこそ、炎の宿へ。」

「あれ? 炎の宿?」

「え、あー、はい。炎の宿です。難攻なんちゃらは忘れてください。」


とりあえず受付をと思っていたが、どうやらこの宿は大丈夫そうだ。

だって受付の人があの頭のおかしい奴は忘れてくれって言っているんだから。

少なくともこの人はまともな感性を持っていてそんな人が働けているんだから、多分大丈夫だろう。


「えっと、10人で1泊。部屋は3つでお願いします。」

「かしこまりました。」

「それで、1つ質問なんですけど、いいですか?」

「はい。当宿は元冒険者だった店主が始めたもので、店主は火魔法を得意としており『爆炎の男』と呼ばれておりました。その結果店主は炎が好きになりました。自分を象徴するのは炎だと宣う……いえ、言うほどです。」


この人、店主に向かって宣うって言ったよ。

宣うって、皮肉を込めて言う言葉じゃなかったっけ?

って、なんでいきなりこんな事を?


「そして引退後当宿を始めましたが、その際に宿の名前を自身の二つ名から取って炎の宿、と。そして難攻なんちゃらは少々店主は残念な感性の持ち主でして、何があっても大丈夫な安心安全な宿であるとアピールしたかったようで宿の名前の前に付けました。それが却って不安にさせているんですけどね。なので門番に旅人に紹介するようお願いしているのです。もちろん、サービスには自信がありますのでご安心ください。……聞きたいことに関してはこれで大丈夫でしょうか?」

「はい。えーと、ひょっとしてよく聞かれるんですか?」

「ええ、まあ。」


多分毎回聞かれてるんだろうなぁ……。

どことなく哀愁漂う雰囲気を醸し出してるよ。

まだ二十代半ばくらいに見えるのに……。


その後泊まらせてもらったが、言うだけあってサービスというか、宿の質に関しては良かった。

流石に前に泊まった高級な所よりは劣るけど、普通の宿としては十分なレベルで門番さんが太鼓判を押すだけはある。

本当に、名前以外は良かったよ。

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