第692話 間に合ってよかった。的なお話

お昼を食べてまた対貴族用作法のお稽古を……と思っていたんだけど。


「次はダンスの練習ね。」

「ダンス!?」

「今回の夜会がどういうのか分からないんだから、やっておいた方がいいでしょ?」

「でも、事前に何も聞いてないし、やらないんじゃないかな……?」


うん。

こんなのはただの願望だ。

そんなの分かっている。

でも、そう願ったっていいじゃないか。

普通の高校生が貴族が行うダンスパーティーのダンスなんか踊れるわけがない。

精々小学校でやったマイムマイムとかフォークダンス、後は盆踊りくらいだ。

オーレーオーレーマツケンサンバってね。

地域の盆踊りで一時期流れてた。


「やらないかもだけど、やるかもでしょ? やるかもしれない時の為に練習しておくに越したことはないでしょ。練習しなくて恥をかくよりかは無駄になるかもしれなくても練習しておいた方がいいはずよ。」

「まあ、な……。でも俺、フォークダンスとか盆踊りくらいしかできないぞ?」

「そんなの分かってるわよ。別に複雑な物をやれってわけじゃないわ。基本は私がリードするからそれに合わせればいいわ。どうせレントから他の人をダンスに誘ったりなんかしないんでしょう?」

「当たり前だ。誰が好き好んで得意でもないダンスで女の人を誘うんだよ。そんなの誘ったところで恥をかくだけだ。」

「そうよね。それにレントがいくらかっこいいって言っても、貴族でもなければ豪商の家系ってわけでもないレントを誘うような令嬢はいないでしょうし。だから、そんなに心配しなくていいわよ。」

「か、かっこいい?」


アカネのかっこいい発言につい自分を指差して聞き返してしまった。

多分今アホな顔を晒してると思う。


「かっこいいわよ。今はちょっと間抜けだけどね。」

「そ、そうか。ありがと。」


やっぱり女の子にかっこいいと言われるのは嬉しいものだな。


「さて、それじゃダンスの練習をするわよ。部屋じゃ流石に無理だから外でやるわよ。」

「外!?」

「当たり前でしょ。部屋でやったら下の人にも迷惑でしょうし、そもそも狭くて練習どころじゃないでしょ。」


言ってることはもっとも。

でも、素人がダンスをしてるところを見られるのは恥ずかしい。

幸いなのは、今がお昼すぎで宿にいる人があんまりいないということ。

拙いダンスなんて見られたら死ねる……とまでは言わないまでも、かなり恥ずい。


「ほら、もっと近づいて。手は腰に。」

「お、おう。」

「じゃ、まずは軽くステップから。」

「分かった。」


アカネの言う通りに1、2、1、2と足を動かしていく。

下を見ながらアカネの足を踏まないように注意していると、アカネからお叱りの言葉が。


「こら! 下は見ない。ダンス相手を見ないなんて相手に失礼でしょ。ちゃんと私を見て。」

「お、おう。」


確かにその通りなのだけど、そんなことすれば当然……


「あ、ごめん。」

「初めてだから足を踏むのは仕方ないわ。でも踏んだとしても表情は変えない。そんな謝ってばかりだとダンスしても楽しくないわ。もっとリラックスして。」


そんな風に何かあるたびに叱られるというスパルタチックに練習は進んでいき、あっという間に3時となってしまう。

いろいろ不安だらけだけど、そろそろアデラードさんの家に向かう準備をしなくてはいけない段階となってしまった。

服を着替える前に汗を流さないとだし、移動の時間もある。


諸々の準備を済ませてアデラード邸へ向かったが、待ち合わせ時間である4時ギリギリになった。

ギリギリだけど、間に合ってよかった。

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