第77話 モブ高校生は※※※
「結構あっさりと終わったな」
「……そうだね」
「俺たちは悪くないんだし、こんなもんか」
「……そうだね」
「涼風、水着が脱げてるぞ」
「……そうだね……ってええ!? 脱げてないじゃん!」
監視員さんとの話自体はかなりあっさりと終わった。こちらは完全に被害者だし手も出していない。あの二人組を出入り禁止にしたということとお詫びとして出店のものの引換券を貰った程度だ。
だけど、問題は涼風のテンションの低さにあった。自分のせいで俺が被害を受けたと思ってるのかかなり暗い。
「さすがにそれは反応したか」
「それは流石に反応するよ……」
「はぁ。ったく、何でそんなに暗いんだよ」
「だって、私のせいで、私が余計なことしちゃったから静哉くんが……」
やはり自分のせい、そう思っていたようだ。だが、それだけは絶対に違うと断言することができる。
「涼風がいなければあの二人が被害を受けていたんじゃないのか? あの二人は涼風がいたおかげで助かったんだ」
「でもその二人って……静哉くんの友達だったんだよね? わ、私のせいで静哉くんの秘密が……! 私静哉くんのこと呼んじゃったよ……!」
確かに涼風は俺を静哉と呼んでしまったが、正直あの状況ならしょうがなかったと思っている。目の前で俺が殴られていたのだ、むしろ心配して声をかけてもらえなかったら結構悲しい。
「まぁ、どうせ一人には既にばれてたんだからあまり変わらないさ。それに、涼風が無事でよかったよ」
「静哉……くん……。殴られたとこ本当に大丈夫? その……腫れてない?」
「大丈夫だって! 撮影にも支障は出ないし安心して!」
「ううっ……よかっ……た……。ごめ……んね……!」
俺が言った通り安心したからなのか、涼風が泣き出してしまった。こういう状況には全く慣れていないせいでどうすればいいのか分からない。
「な、泣くなっ! ほら! せっかく貰ったんだからチュロス食べに行こう! あとウォータースライダーにも乗ろうな? なっ!」
「……うん……」
それから涼風を連れまわし、チュロスはもちろん、金券で買えるだけ物をひたすら買ったりウォータースライダーに再び乗ったりして時間いっぱい楽しんだ。
最初ほどとは行かなかったが、徐々に涼風に笑顔も戻ってきており、このプールでの出来事が嫌な思い出ではなく楽しい思い出として残ってくれるのではないかと思えるくらいには楽しめたと思う。
暗くなる前には帰ろうということで、良い感じの時間で帰ることにした。
「お待たせ、待った?」
「いや、脱水機にかけたりしてたから俺も今ここに来たばかりだ。……アイス買うけど食うか?」
「大丈夫」
「そうか」
そこからはほとんど会話が無く、ゆっくりと帰り道を歩いて帰っていた。
「……ねぇ静哉くん」
「……どうした?」
「……今日は私のせいでごめんね……」
その声は少し震えていた。
「別に、涼風のせいじゃないだろ? むしろ、クラスメイトを守ってくれてありがとうって言いたいくらいだ」
「それ……でも……! 静哉くんは私のせいで……! 泣いちゃ……ダメだって……。泣いたら……ずるいって分かってる……んだけど……! ごめ……んね……!」
涼風はボロボロと涙をこぼしていた。どうしていいか分からない俺は、とりあえずそっと引き寄せて頭を撫でた。
「……なに泣いてんだよ。涼風は明るくて自分に自信がある、そういうやつだろ? だから自分のせいで俺が殴られたって考えるんじゃなくて、自分のおかげで女の子二人を守ることができた、そう考えようぜ?」
「……うん……」
それに、と言って涼風の手を俺の頬に持ってくる。
「怪我なんて全くないだろ? ない物に後悔するのは辞めようぜ?」
「……うん……。……ねぇ、静哉くん」
「どうし……むぐっ……っ!?」
名前を呼ばれて振り向いた俺は、その瞬間何をされたのか分からなかった。ただ目の前が少し暗くなって少し柔らかい感触が唇に触れたことと、甘い香りがいっぱいに広がったということだけは認識することができた。
長いのか短いのかもわからない、もしかしたら一瞬だったのかもしれない永遠とも思える時間が過ぎて、視界が明るくなる。思わず指を唇に添えてみる。
「……何を……?」
「急にごめんね……」
俺は涼風にキスをされていた。どうしてとか、色々な疑問が頭を埋め尽くすけど、どうしても言葉が出てこない。
「……本当は言うつもりじゃなかったの。だけど、静哉くんがどうしようもなく優しくて……気持ちが抑えられなくて……」
「……どういうことなんだ……?」
「キスまでしたんだから分かる……よね? ……静哉くん、私はあなたが好きです」
「涼風には……好きな人がいたんじゃないのか?」
「……あれは静哉くんのことだったんだよ? どれだけ私が意識しても、意識させようとしても反応してくれなかったでしょ?」
彼女が居たということを聞いた事がなく、涼風に下心なく接している人。言われてしまえば確かに俺のことだったのかもしれない。
だからこそ、声を出すことができなかった。だけど、意識云々は違う。
「今日も涼風の水着に……その、ドキドキしたし、反応しなかったのは涼風がそういう風に見られたくないと思っていると思っていたからだ……」
「……なんだ、そうだったんだ。私の努力も無駄じゃなかったんだね」
意識してやっていたことも、涼風の無意識下でやっていたこともそのほとんどが俺には効果的だったと断言することができる。
涼風のことは好きだ。明るくて接しやすいし、俺の表と裏のどちらも知っている。だけど、それは友達としてだ。
なら、恋愛としてどうかと聞かれてしまえば分からないとしか答えることができない。今までそういう目で見ようとしていなかったし、そういう風に見られているとは考えたこともなかった。
それはもちろん仕事だけではなく、学校でもだ。今でこそ江橋さんたちと会話するようになったが、モブとして目立たないように過ごしてきた俺の生活に恋愛というものは全くの無縁だった。
「だからごめーー」
「ーーそれ以上は言わなくてもいいよ。そういう風に見られてないことは知ってたし、これはただの宣言。私は静哉くんが好き。でも多分、あのーーいや、私以外にも静哉くんを好きな人はいると思う。だから、これは最終的に選ばれなくても後悔はしないための宣言なの」
涼風は真剣な顔でそう言う。
「そうか……。でも、俺を好きな人が他にもいるのかは全く分からないし心当たりもない。それに、まだ誰が好きだとかは特にない……と思う」
「それはひとまず朗報……かな?」
「朗報なのは分からないが、涼風の気持ちは確かに聞いた」
「私はこれからは遠慮しません! だから、これからは覚悟しててね?」
ウィンクしながら涼風がそう言った。
「こりゃあ、今まで以上に大変そうだなぁ……」
これまでも魅力的だった涼風がさらに仕掛けてくる。理性との勝負になってしまいそうだ。
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