第29話 モブ高校生は逃げられない

 後から平常点と合わせたものを郵送するから、自分の点数に間違いが無いかを確認した人は返せと言われているため、教卓の上に成績表を置く。


 そしてそのまま荷物を持って静かに教室を出る。流れるように靴を靴箱に戻し、昇降口から一歩出た瞬間、後ろから声が聞こえた。


「おい、静哉待てよ! 今日は部活もないし一緒に帰ろうぜ!」


「……ふぅ、なんだ雅人か。急に声をかけてくるから少しびっくりしたじゃないか。良いぞ、一緒に帰るか」


「ん? あぁいや、俺だけじゃないぞ? ほら、ちょうど今追いついてきたしな」


「はぁ、はぁ。やっと追いついたっ! 日裏くんは今日もいつも通り教室からいつの間にかいなくなっているし帰るの早すぎ! そのせいで私も麗華も急いで教室を出てきたんだから!」


「ふぅ、追いつくことができました……。こんなに急ぐなんて、もしかして何か用事でもありましたか? それならたこ焼きパーティは今日じゃない方が良いですよね……」


 江橋さんはタコパを楽しみにしていたのか、目に見えて分かるほど残念そうな顔をしながらスケジュール帳を取り出した。


 まずい。とてもじゃないが有耶無耶にするために急いで出てきただなんて言えない。いやだってそんなに楽しみにしていただなんて想像もしていなかったし……。


 その時、視界の端に雅人がニヤリと笑ったのが見えた。本能的に分かった、これはまずい!


「多分静哉は———」


「———たこ焼き器が実家にあるから新しく買うために急いでいたんだ! ほら、タコパをするにしても器械が無ければ始まらないだろ? たこ焼きは丸く焼くんだから他の調理器具で代用なんて出来るはずがないしさ」


 多分、俺が有耶無耶にしようとしたということを暴露しようとした雅人の言葉を遮って言う。


「せっかくだから俺が器械、雅人がタコも含めて食材全部買っちゃおうって話になってな! ほら、江橋さんが1位になったお祝いにさ! ま、とりあえず歩きながら話そうぜ!」


 ついでに暴露しようとした雅人に仕返しをしながら。俺は転んでもただでは起きない男なのだ。この前生姜焼き作ってやったんだから許せ……。


 昇降口でずっと話をしていたら目立ってしまうからとりあえず帰りながら話すことにした。予定は変更、タコパは今日やる。


「ちょ、おまっ、何を!」


「うんうん、ごめんな! 秘密にしてサプライズって話だったけれど言っちゃっても変わらないだろ? というか、言わないと俺たちがドタキャンするようにしか見えないから言って正解だったと思うぞ?」


「え! 麗華へのお祝いなら私も何か買わなくちゃ! 何か買うもので分担できるもの無いかな?」


 雅人がやられたと言った表情でこちらを見てくるが、気にしたら負けだ。転んだ瞬間にトラップを発動させたけれど、転んだおかげで避けることができたようなものだと思う。


 それよりまずい、一ノ瀬さんに払わなくて良いっていう口実が何も浮かばない。言ってしまうと悪いが、俺がした言い訳には、江橋さんが免除されるような事が含まれていても、一ノ瀬さんも免除するような理由が何一つないのだ。


 だがしかし、雅人が買うものを分担することで雅人が払う分を少なくさせたくはない!


 たこ焼きと言ったら何だ? ソースとマヨネーズか? いや、それくらいなら家にあるし……はっ、そうか!


「タコパって言ったらロシアンたこ焼きだろ? だから一ノ瀬さんはワサビとか辛子とか、食べられるもので何かハズレって思うようなものを色々買ってきてくれるか?」


「おー!それは名案だよ! 任せてよ! やばいやつを買って持っていくね!」


「ちょ、ちょっと待ってください! 貸して下さる家も持ってくる器械も日裏さんですし……私だけ何も必要無いというのは申し訳なさすぎます」


「と言ってももう分配しちまったからなあ……雅人、足りないものって何かあるか?」


「器械に材料にロシアン、多分大丈夫じゃないか? ……正直、金と言いたいところだが、今回は負けを認めようじゃないか」


 江橋さんのお祝いと言われても元々は目標達成の打ち上げだったわけだし、自分だけ何も用意しないというのは江橋さんには罪悪感があるのだろう。 


 元々この打ち上げの条件は全員の順位が上がったらと言っていたのだから、この打ち上げを開催する条件の時点で江橋さんは1位を取る必要があったのだ。


 それに、いま起きているようにこんなややこしい事態になったのも俺が有耶無耶にしようとしたせいだ。


 そう思って、江橋さんに頼むものを何とかひねり出そうと思っていたら、一つ必要なものを思いついた。


「俺の家には二組分しか食器が無いから江橋さんに食器を持ってきてもらっても良いか?……家近いみたいだし……」


「あ、はい! 分かりました。可愛い食器を持っていきますね!」


「いや、普通の食器で良いんだが……とりあえずよろしくな」


「うん? 静哉って江橋さんの家知っているのか?」


「あぁ、確か先々週くらいに勉強会をする約束をした日に帰り道がほとんど同じでな……」


「あー、あの日ね! 私が本を借りた日!」


「そう、その日に多分俺の住んでいるマンションの裏のマンションが江橋さんの家だって話になったんだよ」


「ほーん、それなら食器も頼めるな」


 これで全員の役割が決まったが、肝心なことが決まっていない。


「それで、実際にタコパをするのはいつにする?」


「え? 今日じゃないのか? わざわざ今日できるように急いでたこ焼き機を買いに行っていたんだろ? それとも、急いでいた理由は別にあったりして?」


 俺の仕返しに仕返しをしようとしているようだ。全く、油断も隙もない。


「い、いや俺は今日やる気満々だったけれど、雅人は暇だとしても二人の用事を確認していなかっただろ」


「私は今日で大丈夫だよ! というか、明日から部活動が再開するから今日の方都合がいいな」


「私も今日で大丈夫です。テストの打ち上げなのですからそんなに期間が開かない方がいいと思いますし」


 満場一致で今日だった。そうだよな、元々俺がこの条件を付けなければ多分テスト最終日に打ち上げだったはずなのだから、なるべく早い方がいいよな。


……遅くなりすぎると何のための打ち上げだったのか分からなくなってしまうし。


「じゃあもう、モールまで一緒に買い物に行くか」


「そうだな、どうせもうすぐモールに着くし、あそこならたこ焼き機も材料も売っているだろ」


「じゃあ、せっかくロシアンの素材を買うんだから麗華とこっそり選んでくるね! だから男女で二手に分かれよう!」


「そうですね。明梨ちゃん! 二人がびっくりするようなものを見つけましょう!」


 一ノ瀬さんと江橋さんは二階へと向かうエスカレーターに乗ったが、俺と雅人は地下へと向かった。

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