第63話
夜 ささやかな宴の会場
会合からの帰り道
「今晩、屋敷の方で格式張らないささやかな宴を用意しておりますので、ご都合があえばぜひお立ち寄りください」
と辺境公はA国と帝国の代表団に伝えた。
貴族のささやかな宴というのは大体ささやかじゃないのが相場。そうなると服も口上も手土産の品もそれなりの物をとなるが
「辺境公は貴族のような回りくどい言いまわしをいたしません。ささやかといえばほんと、本当にささやかです。都会の貴族のようなお堅い宴はやりません。えぇ、まぁ町の民も来るんじゃないでしょうか」
と隊長が王女様に言ったように、本当にささやかな宴が催された。
辺境公の古めかしい庭に松明が照らされる。
たくさんのテーブル。質素なテーブルクロス。休むための椅子。素朴ながら十分な量がある食事と飲み物。酒は多くない。トラブルを招くと困る。
町の方から音楽と踊りの心得がある人間をつれてきた。ほかにも冒険者たちが挨拶周りをしたような有力者、その家族、友人といった辺境公の土地の者たち。
そして数頭の馬と馬車。
代表団だけだとどうせ盛り上がらないしそれで問題になっても困る、という事で辺境公が読んだにぎやかし要員たちだが、各々好き勝手楽しんでいる。
本日の会合の成果は上々、両国の代表団はそれなりに手柄をもって首都に帰ることができるということで機嫌がいい。
こういう場所で他国の高官と伝手を持っておくと何かと便利、という事をわかっている人間も多いのだ。にこやかな歓談で知人を増やし、気が向いたら飲んで踊って。
まぁ、それが分からないまま飲んで騒いで自慢の美声とやらで一曲歌い地元民から喝さいを浴びて上機嫌な人間もいる。それはそれで本人の自由だ。みな上機嫌だし、田舎の話。
多少の無礼講は許されるというもの。
「立派な馬ですね。公の持ち物ですか」
「はい。私の一族の家業でして、みな売り物でございます」
「いいですな。実は我が家の馬は病気でして、そういった荷馬は扱っておりますか」
並べている馬車は帰りの馬車、という建前だが代表団の人間に馬を見せるのが目的。
役人や貴族、軍の人間や政治家といろいろな人間で結成されているが、みんなそれなりに権力者でお金持ち
商品を見せるにはうってつけの相手というわけで、辺境公は商談に花を咲かせる。
「首都の貴族は流れる水のような物で。それに対して辺境公様は苔が生えた岩のようなものですな」
宴の中で首都からやってきた騎士団の関係者に辺境公はどんな人かと聞かれた現地の団員はそう答えた。
「首都の貴族は水のように勢いよく流れ、そして消えていくでしょう。この地ではその速さについていけません。辺境公様は我らから見ても古めかしいところがありますが、だからこそこの地で苔が生えるまで君臨しているのだと私は思います」
この土地生え抜きの騎士団員の言葉だが、まぁ大体そんな生き方をしている。そういう人だ。
「いえ、私は冒険者ではなく、ちょっと特殊な仕事をしておりまして、えぇっと」
マリーは持ってきた一張羅のドレスを着て参加している。
こちらも偉い人たちに営業トーク、と行きたいところだったが
「女性の冒険者は少ないのですか?」
「いえ、いや、私も冒険者の資格は持っておりますし知り合いに女性の冒険者もいるのですが、私は冒険者に仕事を斡旋するのを本業として」
「では組合の方?」
「そうじゃないんですが、そのぉ」
A家の王女様に付きまとわれていてそれどころではなかった。
麗しいや美しいという文句はあまりに合わないし、ブサイクとののしられるほどでもないタイプなのでパーティーで人の目を引くという事はない。
しかし、いつもはパーティーの花になるような女性であるA家の王女様は興味があるらしい。
当然、彼女だってマリーのような働く女性というのを何人も見ている。いわゆる職業婦人というやつ。
しかし、まぁこれも当然ながら、その中にライフルと拳銃を振り回す女はいない。
一方でマリーだって貴族のお偉方なんかはたくさん知っているが、さすがに王族に知り合いはいない。そうなると無下に断っていいものかもわからない。
「彼女・・・依頼・・・変わり・・・だす・・・仲介屋」
その隣で、一人じゃいやだからとごねられて、骨付きの肉をかじっていた鉄兜は助け舟をだす。
「王女様、彼女は貴族や商人の代わりに冒険者に依頼を出す仲介屋というのを行っておりまして」
警護、という事でついて回る隊長が説明を加える。
「帝国で冒険者に依頼を出す場合は、冒険者組合に申し込むのだと思っておりましたが」
「確かにそうですが、冒険者との交渉などは自分でやりますので、それを代わりに請け負う仕事ですね。説明としてはそれでいいかな」
「はい。冒険者との交渉ですとか、依頼をしっかりと遂行しているかという監督とか、その類の仕事を依頼主の代わりにやることで報酬を頂いております。あとは組合への書類申請ですとか、完了時の報告、法律関係の雑務なども代わりに行っております」
「つまり、お仕事を依頼する際の諸々の雑務を代わりにやることで報酬を得る仕事、という理解でよろしいですか?」
「はい。まったくその通りです」
「ではなぜあのような勇ましい恰好でおいでになされたのでしょうか」
「それはですね。えっと」
王女様の疑問や質問は終わることがない。
それを見てあきれるように笑った鉄兜だが、一通り終わると次は彼にも質問の嵐が飛んでくることになる。
女帝と呼ばれる老婆は、隅の方で椅子に座ってる。
それでも人が絶えることはない。みんな名前くらい知っているしお近づきになりたいのだ。
「はいはい。あんまり集まるな」
その群衆を程よく追い払う仕事をドーリーはやっている。
「奥様。菓子の方頂きました。ありがとうございます」
「お口にあいましたか」
代表団に対しての地元民の評価はかなりいい。やはり土産と直々の手紙というのは効果があるのだ。
ただ、全員女帝がどの程度偉いのか正確にはよくわかってないらしく「首都の偉い貴族の品のいい奥様」位の扱いだとおもわれている。
この老婆にはそういう雰囲気がある。
「首都の方はもうすっかり寒くなっておりますでしょう」
「ここら辺よりは暖かいとはいえ、もう寒いですね。庭の花も枯れ始めました」
「庭仕事ですか。きっといい花が植えられているのでしょうな」
「いえいえ、年寄りの暇つぶしですよ。この辺りではA国の花もあるのでしょうか」
「この辺りではお屋敷に飾るような花はあまり植えませんね。羊なんかのえさになる草花を植えることが多いです」
「家の奥方が趣味で作るような花は首都の辺りの花が多いです。みんな首都にあこがれをもってますから。A国の花は寒さに強いのでいいんですがね」
この老婆も現役のころは首都でパーティーを何回も開いたが、こんな会話を楽しむことはなかった。
逆に田舎者は年中畑の話と家畜の話をしている。それくらいしか話題はないのだ。
老婆は少しだけ思う。首都の政争に敗れて、こんな土地で暮らしていたら、また別の人生があったのかもしれない。
ただそれは、年寄りのたわごとというやつ。
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