第61話

「この度は難しい問題が起こりまして」

 辺境公の霊廟までの道、若い王女は歳をとった女帝に手を貸す。

 石畳。ただ所々苔がついていたり石が欠けていたりで足元がいいとは言えない。

「まったくです」

 その二人の後ろや横にぞろぞろと護衛や辺境公があるく。

 この土地を守る辺境公、最前線に立つ騎士団長、隊長。

 そして冒険者。



 この問題の最前線にいた人間たちだ。


「妃殿下はこの土地の謂れを聞きましたか」

「えぇ、なんとも愚かな話です。行政のミスで生まれた目の上のこぶ。しかし、その結果として両国でよい関係が作られているようではありませんか」


 よい関係、とは?

 隊長と団長みたいな関係のことだろう。

 集団の中で目配せしてそんな会話。


「国境警備は何かとトラブルが起きやすいものです。しかし目の上のこぶのおかげで、皮肉ですね、双方話し合いができ、大きなトラブルには発展していない」

「それは確かに。喜ばしいことです」


 このお姫様は何が言いたいんだろうか?と冒険者たちは目配せする。


「我が国は決して大国とは言えません。二つの大国の間に挟まれる、それこそ目の上のこぶのような国です」


 大国にとって何かと鬱陶しい目の上のこぶ、事が起これば真っ先に切り落とされる

 お姫様は実情をよく見ている、とは隊長の心のうち。


「そんな国が独立を維持するには、双方と友好的な関係を結び続けるのが第一と私個人は考えています」

「A家の方々はあなたのように聡明で美しい方を家族に持てて幸せですね」


 女帝は自分の家族を思い出してついそう言った。


「妃殿下、私としてもこのような些細な問題で大きな解決策を視野に入れるのは本意ではありません。これは皇帝の思し召しでもございます」


 腹の探り合いだ。と辺境公は気づく。


「最後のご奉公、いや、我儘として老体にムチを打ち、最前線までやってまいりました。長きにわたるA国との友好を損なうような答えをもって我が家に帰ることは、私としても不本意です」



 これは大国にとって些細な問題であり、小国の難しい問題であり、老婆にとっては家族の問題。



「ならばお互いの過去と、そしていつまで続くかわからない未来にとって、素晴らしい結論が出るように、祈りましょう」

「えぇ、そうしましょう」


 二人が深々と霊廟に礼をする姿を遠目で役人たちは眺める。

 貴族同士の会話による探り合い。制度が発展し、議会や行政のあり方が明確に決まりつつある現在においては過去の遺物だ。

 しかし、こういった光景を過去に押しやれるほど未来に進んではいない。。

「女帝たちの会談か」

 どちらかの役人がそう呟いて、どちらかの役人が頷いた。

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