第46話
辺境公は昼前に帰ってきた。
「すまないね。これから忙しくなるだろうから、今のうちに乗っておかないと」
屋敷で待っていた客人二人にそう釈明。
「元気・・・人」
「あの年で荒地で器用に馬を乗り回すんだ。ついていくのがやっとだよ」
付いていった二人の冒険者はVにそう言った。
「おかえりなさい」
Vはそう言って出迎える。
昼食を食べていきなさい。という言葉に甘えて隊長と団長は昼食の場へ。
もちろん冒険者もいる。使用人に呼び出されたマリーも出てきて
「昼食の前に手紙を出したいのですが、どこへ出せば良いでしょうか?」
「お預かりいたします」
執事とそんなやり取り。
この屋敷では客が来るとなるといつも多めに食事を作る。
帝国の出口であり、A国そして共和国からの入り口でもあるこの地では客人が急に増えることも多いのだ。
それにこんな辺境公の考えもある
首都やA国からの客人から昨今の世情などを集めるのも仕事のうち。その対価として食事や宿泊など安いもの。
そのうえ「辺境公には良くしてもらった。見せて貰った馬の質もよい」となれば次回からはお客様になるだろう
どうせ部屋は余っている。
広大な屋敷、年を取ってから友人の紹介で年下の娘と結婚して子供が一人できたが、その妻は金庫から金をつかんで若い男と出ていった。
若い首都の貴族の娘、いくら金と伝統があるとは言え、古臭い家と庭、娯楽が馬の遠乗りとたまに来る客人とのおしゃべりしかないこの家は嫌だったのだろう。今更責める気はない。
その置き土産である子供は、今年のはじめ騎士団に入った。今は遠くで訓練を受けている。
自慢の息子だ。新規入隊団員の中で一番馬を乗りこなせると表彰されメダルを授与された、と手紙と一緒にメダルを送ってきたこともある。
山も谷もあったが概ね幸福な現状。
ただ結果として残ったのは、古臭い大きな屋敷と、使用人、そして初老の貴族一人と売り物の馬たち。
だから部屋は余っている。
「つまり、現状は手詰まりです」
一通り食事を終え、食後のお茶が出たあたりで団長と隊長が辺境公に報告した。
辺境公は帝国の「辺境にいる初老の一貴族」でありA国の「実権と多少の影響力を持つ貴族」である。
なのでA国と帝国の争いは避けたい立場。真っ先に巻き込まれる最前線の一人。
それに、ここは遠い昔から彼の一族の土地だ。
彼にはこの土地を騒乱から守る義務がある。帝国の法や決まりはさておき、少なくとも彼はそう思っている。だから現地での企みに参加している。
「そうなるとA国側の方が動きが早いだろうな」
辺境公は隊長の報告を聞いてそう答えた。
「議会も主権や領土にかかわる問題なら動きが早まるはずだし強硬な結論が出てもおかしくない。警察と軍同調するだろう」
「まぁ、強硬な結論がでても反発はないでしょうね。ながれてくる話を聞くに、警察はどうも主権問題だけだと思ってるようで」
「どういうことです?」
事情を知っているため同席している冒険者の一団。その中でマリーが口を開く。
「あの土地の事情は複雑だろう。しかも大した問題も起きてなかったから放置気味だった。だから警察も軍も事情を把握してる方が少ないんだ。領土問題に絡む可能性がある、とは思ってなくて、国境沿いで起きた単純な殺人事件だと思ってる連中が多いのさ」
「そうなると、解決したら大手柄か。帝国の圧力に負けず犯罪者を自国の法律で裁く。しかも事件自体は証言もあるし今更疑う部分もない。すぐに終わりだ。コストパフォーマンスがいい。事件に絡みたがるわけだ」
ドーリーはそう言った。
「まずはそう言った間違いを正すべきですが、我々だけじゃ無理です」
団長はそう言ってつづける。
「おそらく一番ベストな回答は、今回の殺人事件と領土問題を切り離すことかと思います。A国か帝国かはわかりませんが、一国の国家の法をもって事件を裁き、もう一国はそれに協力することで対面を保つ。ほかの事件と同じ扱いです。領土問題はそのあとで解決する」
「しかしな。君、それを首都の人間が飲むと思うか?」
広大な領土、様々な民族と種族、そして複数の歴史の集合体である帝国は法律と官僚組織でこの国を治めている。
つまりお役所仕事こそが帝国の根本だ。
その中心が皇帝が鎮座し、国家の運営のための組織やら有名人やらが集まる首都には
「貴族社会に各種皇族、皇帝、異種族、役人、騎士団、その他諸々いろんな連中がいるだろう。話がまとまるのにどれだけかかる?いや、こたえなくていい」
なんかよくわからないが権力を持った連中が腐るほどいるのだ。
これは帝国どこにいってもみられる風景。
それこそ国境沿いの田舎でしかないここですら、貴族である辺境公、騎士団、帝国の役場という3つの権力機構がある。
これが首都になると、数えきれないことになる。だから話はなかなか簡単にまとまらない。誰がその話に参加できるのかから始まる。
「そしてその話が決まるころには、理解ある君らは首都に呼び出されてに連れて、代わりにこの町の事情もルールも知らない首都の役人どもが私の土地を踏み荒らすんだ。これはA国も同じようなものだろう。それだけはやめてほしいんだ。そのためなら協力はいくらでもする」
ここは彼の土地だ。すくなくともそう本人は思っている。
「そこで少々時間稼ぎをしよう、という相談をさっきしましてね」
辺境公の言葉に対してA国の隊長はそう言った。
「私と彼で、ここで取っ組み合いのけんかをします」
「あくまでも比喩的な意味ですが、剣を抜かん勢いの議論を交える体で派手にやりあいます。私も後ろにいるその他大勢の介入者とならんでその一人として、領土問題に参戦するわけですよ。そうなればおそらく、というか今の所、私に分がある。後ろで騒いでる連中は黙るでしょう。ですから正確な命令が下されるまででですが、時間を稼げます」
これは実はVの提案。
隊長と団長は国からみると下っ端と新人とは言え、最前線にいるという地の利と経験、そして任された責任がある。
そんな二人が最前線で喧々諤々と議論し取っ組み合いを始める。そして
「部外者が口出しするな。ここは俺の縄張りだ!!」
と叱りつければ部外者が介入する余地はなくなるから口出しもなくなるだろうという作戦。
「そして辺境公に置かれましては、時間稼ぎと同時に後方の貴族や議会に対して働きかけをしてもらいたいのです」
「現場のことをよくわかってない連中も現地の貴族の言葉なら聞くか」
これはドーリー。
前で派手に立ち回って時間を稼ぎ、その間に後で政治的な工作を行う、というのは王道の作戦である。
「この中で、そういった政治的工作ができるのは辺境公だけですから、ぜひともお願いしたいのですが」
「まぁ、A国については良い」
辺境公は顔をゆがませながらそう言った。
「A国ならA家に話を持って言えるし、議会とつながりがある皇族や大商人辺りに話を持っていける方法もいくつかは思いつく。ただ帝国側は、正直言って私の話なんかきかないと思う」
辺境公は何人か帝国の貴族の顔を思い出すが、どれも首都の連中に話を持っていける大物とは言えない。
「当家の歴史と格式はそこらの成金新興貴族に負けることはない、と自負してはいるが末端貴族と言われても反論できないのも事実だ。そんな首都の連中に工作を仕掛けるようなコネはない」
「そこを何とかできませんか、A国だけ話をつけても仕方ありませんし、時間稼ぎも限度があります」
「とは言ってもなぁ」
辺境公はそう言ってマリーの方を見る。
「無理だろう。もう引退してるぜ」
言いたいことを察したドーリーがわかる人だけわかるニュアンスで答える。
マリーはそれに賛同するように首を振る。
「でもまぁ、A国側の働きかけが成功するかもわからないからなぁ。こちらにも用意があるから明日とはいかないから、明後日だな、A国に向かわせて貰おう。向こうでの具合で、次の手を決めるでどうだ」
辺境公はそういい、隊長と団長は賛同。
そして、その形で用意させていただきます、と答えた。
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