第45話
翌日。
一日で領土問題とそれに関わる殺人事件の最前線となった国境の町は、意外、と言ってはあれだが、平穏な日常を過ごしていた。
確かにダンジョンでの事件は噂になっている。
が噂を聞きつけた町の人間からみると
「余所者、しかも社会のはぐれものである冒険者がダンジョンで仲間割れした」
というだけであり、話題にはなるがそれで何か行動を起こそうという気はない。
問題があれば騎士団か向こうの国の警察とやらが解決してくれるだろうくらいな話。
ちらほら「あそこで人を殺したらどっちの国の法律で裁かれるんだろうか?」と疑問を呈する人はいるが、その先を考えるには情報と学が足りない。
騎士団の人間は首都のお偉いさんたちや役人がぞろぞろと来てよくわからないことやよくわかってないことを並び立てることを覚悟をして、その上で色々用意している。
しかし首都に話が行くまで時間がかかるだろう。
近くでドラゴンを探し出して依頼したが、昼夜問わず飛んだしてもあと1日はかかる。そこまでしないなら二日。どちらにしろまだ来ることはないはずだ。
むしろA国側から「要望」が来てるのが面倒と言った具合。
そして一番つらいのはA国の一団。
「本国から。まぁその、情報をよこせとかこうしろとか。そういう話がたくさん来てる」
辺境公の屋敷の庭でお茶を飲んでいる隊長はそう言った。
整備された庭。首都の人間が見ると「古臭い」と思えるようなデザインだが、この屋敷も古いのだ。屋敷と合わせてみるといかにも「貴族の屋敷」らしいと思える。
またここの当主は庭の改装より商売に関わる馬の改良の方が優先。そういう精神だからこの家は今まで続いている。
「どいつもこいつも、まったく、ここでうまい事立ち回れば出世できると思ってるんだ」
「正式な指示以外は無視しておけばいいんじゃないですか」
隣で一緒にお茶を飲んでいるVはそう答えた。
冒険者一行は昨日も辺境公の屋敷に泊めて貰った。
そこに今後の対応について引き続き相談しに来たA国の隊長だが、あいにくと辺境公は不在。
調教具合の確認も兼ねて昼まで馬で遠乗りに出ている。ドーリーとエヴァンスも誘われたので馬を借りて付いていった。
Vは断った。馬に乗れないのだ。
マリーは一番遅く起きてきて朝食を食べた後、部屋の中で手紙を書いている。依頼主への中間報告。こういった事を忘れずにやるから貴族階級にも人気がある。
そういう訳で客人である冒険者の中で暇な人間は一人。
だからお茶の相手をさせられている。
「もちろんそのつもりさ。でもな、俺は勤め人だよ。おたくらと違ってさ。上の連中の方向性がまとまってない今は連絡要員、というか宙ぶらりんな立場としてここに居ることができるが、いつ本部に呼び戻されるか」
「代わりに送られてくる人間が強硬派じゃない、なんて保証はありませんよね」
「そういうことさ」
そういって空を見る隊長。
「今の職場は気に入っている。それに帝国と共和国の間でなんとか独立している小国が要らん欲だして争いになったら、どう転がっても悪い方にしか進まないんだ。それがわかってない人間が多すぎる」
「小国だからこそ領土や権利は強気にでて守る必要がある、というのもあるんじゃないんですか。路地裏のチンピラの理屈ですがね。メンツ第一」
政府の役人である軍人相手にそんなことを言うV。
隊長は苦笑いしながら
「君は冒険者にしては随分とインテリ気取りというか、ひねくれたことを言うな。もっと粗雑な奴が多い商売だと思ってたが」
「一応学校を出てるんですよ。中退ですがね」
Vも苦笑いして答える。
そこに来客を告げる執事。
「あなたの国から、こう、要望なのか圧力なのかわからない要求なのかご意見なのかわからない話がいろいろなルートでこっちに来てるんですよ」
隊長とVの前に現れたのは団長。
彼も辺境公と今後の対応について相談しに来た。
「すまなないね」
「当方には権限がございません。とかなんとか言って追い返してるんですが、いいですか?」
「公式な要求じゃないなら断っていい。そして当分は正式な対応は決まらないはずだ。うちは帝国より小さいが、お役所が小回りが利かないのは帝国と変わらないさ」
そうは言ってもそこまで時間的余裕はないだろう、役所は緊急の事態における特例というのも好きだ。とはVの考え。それは団長も同じだったようで
「そこです。その対応についてちょっとご相談が」
と切り出した。
「私も貴方も国の命令には第一に従う。これは取り決めをしましたよね。その条件の中で、なるべく争いにならず双方の国が納得できる場所に軟着陸させるために協力すると」
「そうだな。お互い国家に使える身だ」
軍人も騎士団もお国から給料もらってる公務員。
「ですが、国家として正式な依頼がこちらに来たら騎士団の管轄ではなく首都の管轄になるんです。私ができるのは要望を首都に流すだけ。そうなると首都の騎士団から人が送られてきて、私は蚊帳の外でしょう」
「こっちも似たようなもんだよ。その頃には俺も国に呼び戻されて代わりのやつが来るはずだ。権限と責任を持ったね」
「正直言って、今回の事件、そして領土問題についての交渉がうまくいくかの見通しが立たないのであれば、この展開は非常にまずいと思うんです。感覚、直感、みたいなもので根拠があるわけではありませんが。死体と加害者を双方にわけるだけじゃ、こう、力のバランスが取れない気がして」
団長は普段感覚などには頼らないし頼る機会がない。
国境沿いとはいえ隣国は友好的な国。争いはない。
なので最前線とはいえ基本書類仕事。その仕事の中でなにか困ったことがあればマニュアルや過去の前例をひっくり返す。それか部下に聞く。
犯罪者の取り物の際に人手が足らないと出ていくことはあるが、それだって基本はチーム編成で動く。
真面目、細かすぎ、マニュアル人間、そう評価される若者に直感で動くなどという選択肢はない。
それでも何か感じるのだ。だからここに来た。
「確かに。そうだな」
隊長も同意見。
国は違えど同じ土地を見続けてきたという共通点がある。
「うちの首都の連中はあの土地がどういうものか把握してるかも怪しい。それは帝国も多分同じだろう」
「たしかにここに来るまで知りませんでした」
これは席を立ちそびれて同席しているVの言葉。
首都から見たらここは僻地もいいところだ。
「そうだろう。そんな連中が頭付き合わせたところで、長いこと放置されてきた問題が解決するわけねぇ。ただ俺も君も、領土問題に関われるほど偉くはねぇからな。話が妙な方向に転がらないことを祈るだけだ。だから、何か、こう、解決策とは言わないが、多少の時間稼ぎができる策がほしいな」
団長と隊長はそう言って悩む。
それを見ていたVは
「一つ、アイディアがあると言えばあるんですが」
と口を開く
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