第116話 エルフの集落
妖魔たちの協力を取り付けた翌日。
俺たちは浮遊図書館を離れ、地上に降りた。
一緒に来ているのは、風の精霊であるネグローニャと水の精霊であるレクスシェーナのみ。
俺の
本人から抗議があり、試してみたら二人目の守護者を生み出すことができた。
いつのまにか
なお、ネグローニャを守護者にする媒体となったのは、例の記録だ。
魔導書はまだもらえていない。
他の連中は皆、それぞれに仕事があるか護衛には向かないので遠慮してもらった。
中でもポメリィさんは護衛だからと強行に同行の許可を求めてきたが、交渉の場ほど彼女に向いていない場所もない。
そうおもったので、夕食に一服もるという手段でお断りした。
今頃は冒険の夢でも見ている頃だろう。
あとで文句を言ってくるだろうが、自分の適性をわきまえられないような護衛は必要ないのだ。
なお、移動に際しネグローニャが風の魔術による転移を提案してきたが、自分がどこにいるのかがよく分からなくなるのが気味が悪いので断ることにした。
便利であるのは間違いないが、何かあった時に自力で船に帰れないのは嫌なのだ。
……我ながら、ずいぶんと他人を信用しなくなったものである。
いや、けっこう昔からそうだったかもしれない。
ただ、何かへまをした時のリスクと責任が大きくなったから顕著になつてしまったのだろう。
「しかし、シェーナもネグローニャもサンダル履きはやめたほうがいいと思うぞ?
地面が石畳じゃないからデコボコしているし、草で足元が見えにくくなっているからな。
ブーツじゃないと怪我をすると思うんだが?」
集合場所に現れた精霊二人を見て、俺は一言言わずには入られなかった。
草が肌に触れるとかぶれたり切り傷を作る可能性があるので、できればズボン着用を推奨したいところである。
俺たちの今から向かう場所は、野生のままの草原なのだ。
「あら、心配してくれているの?」
「ご好意は嬉しく思うが、我らは精霊。
貴殿に心配していただく必要は無い」
そんな台詞と共に、シェーナがパチンと指を鳴らした。
すると、目の前に綿菓子のような白い霧の塊が現れる。
……なんだこれ?
戸惑う俺をよそに、シェーナとネグローニャはその上にヒョイと飛び乗った。
え、これ乗り物なの?
「トシキも乗る?
いちいち草原の上を歩くとか、面倒くさいでしょ」
「いや、これ、乗っても大丈夫なのか?
どう見ても霧だろ」
俺はその霧の塊にそっと指を突っ込んでみる。
すると、それは気体であるはずなのに綿のような弾力で俺の指を押し返した。
「もしかして、雲に乗るのは初めて?
私たち水の精霊にとっては一般的な乗り物なんだけどなぁ」
「何をしている。 時間は有限だぞ。
くだくだ言わずにさっさと乗りたまえ」
「……はいはい」
俺は考えることを諦め、レクスシェーナの隣に足を乗せる。
ふむ、意外としっかりした足場だな。
俺が地面の感触を確かめていると、霧が形をかえて椅子を作り出した。
どうやら座れということらしい。
ここは素直に従っておくか。
「じゃ、出発ね!
運転はネグローニャにお願いしていい?」
「任せておきたまえ」
俺が着席したことを確認すると、シェーナが出発の合図を出す。
ネグローニャが作り出した風が俺たちと霧を包み、雲の乗り物は音も無くすべるように動き出した。
「うわっ……なんか、この感触はちょっと慣れないな」
体にかかる加速の感覚が、なにげにジェットコースターを思い出す。
あれ、あんまり得意じゃないんだよ。
これなら自分の翼で飛んだほうがマシだ。
「ちょっと、トシキ。 痛いんだけど」
気がつくと、俺は隣のレクスシェーナの腕を全力で握りしめていた。
「あ、ごめん。
なんか、この乗り物が合わなくてつい……」
「なによぉ、これでもけっこう出来がいい雲なんだからね!
本当に贅沢なんだから」
「これでも運転には自信があるのだがな。
他の連中の運転だと、もっと揺れるのだぞ?」
俺の反応が気に触ったのか、精霊たちから不満げな視線が飛んでくる。
ここは素直に謝るべきか?
いや、自分を偽っても結果的にお互いのためにはならないだろう。
「……帰りは自分で飛んで帰るよ」
俺が素直な感想を告げると、精霊二人からそっぽをむかれた。
なんだよ、移動手段ぐらい自分で選ばせてくれてもいいだろ?
そんな気まずい空気がしばらく続いたが、ふとネグローニャがこちらを振り向いた。
「おっと、そろそろエルフの領域が近いな。
諸君、準備をしたまえ」
どうやら、仕事の時間のようである。
俺は大きく息を吸って気を引き締めると、荷物のなかから妖魔にもらった杖を取り出した。
「上から直接エルフの集落に降りるとむこうの面子を潰すらしいから、このあたりで一度降りましょ」
「わかった。 どこか開けた場所を選んで着陸してくれ」
レクスシェーナの提案に従い俺たちはすっかり草原となってしまった森の跡地に着陸を試みた。
そこはススキのような背の高い草が密集しており、非常に見通しが悪い。
「鬱陶しい場所だ。 草刈りの仕事について報酬を期待してもいいかね?」
ネグローニャが手を振ると、見えない刃物が周囲の草を一瞬で刈り取った。
住処を失った虫たちが、必死に他の茂みへと逃げてゆく。
「悪いな、契約なしの仕事に報酬を支払う気は無い。
ボランティアで頼む」
そもそも精霊に求められる報酬など、何を求められるか分かったものではない。
昨日、ドランケンフローラに散々搾り取られたあとである。
しばらく契約についての話はしたくなかった。
「ずいぶんとケチ臭い協力者殿だ。
まぁ、いい。
エルフたちのお出迎えだぞ」
ネグローニャの台詞が終わる前に、ドスッと嫌な音を立てて足元に矢が突き刺さった。
さて、ここからが俺のお仕事だな。
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