第72話 町の外に潜む恐怖

「方針としてはそれでいいかもしれんが、いずれにせよ今日中の手配は無理だぞ。

 今日の宿はどうするんだよ」


 俺の提案に頷いた後、ジスベアード隊長はやや後ろめたい顔でそう告げた。

 結局のところ今日の宿が手配できていないという現状が、彼にそんな顔をさせているのだろう。


 だが、彼だって努力はしているのだ。

 結果だけをもって彼を責める気にはなれない。

 それに……。


「そうだね。

 野宿でかまわないですよ。

 むしろこの町の領主は火事の後始末でてんてこまいだろうし、そこに割り込んで土地をよこせといえるほど面の皮は厚くないかな」


 そう、俺の宿の手配なんかよりも、優先すべき仕事は山のようにあるのだ。

 第一に町の人間の保護、そして建物やインフラの復旧。

 そして火災を起こした下手人への対応だ。


 火の付きかたからして、あの大規模な火災が集団による放火であることは間違いないだろう。

 なお、犯人の最有力候補は、この町にきたときにすれ違った武装集団だ。


 とはいえ、奴らが何者かについては知りたくもないし、自分からかかわりたいとはこれっぽっちも思わない。

 そもそも、俺たちはできるだけ早く西にゆかなければならないのだ。


「野宿ですかー。

 まぁ、慣れているからかまわないのですけど、ひさしぶりにやわらかいお布団で眠りたかったですねぇ」


「本当に面目ない。

 俺も宿舎住まいでよぉ……」


 ポメリィの残念そうな様子に、ジスベアードが大きく肩を落とす。

 気持ちはわかるぞ。

 気になる女の前では格好つけたいよなぁ。


「でも、はやく手配したほうがいいですよぉ」


 だが、ポメリィのなんでもないような言葉に、俺は嫌な予感を覚える。


「わたしは冒険者だから野宿はなれてますけどー

 トシキさんが町の宿屋から締め出されたなんて聞いたら、スタニスラーヴァ姫がおこりますからぁ」


「スタニスラーヴァ姫って、冬の魔女か!?

 なんだってそんな大物が……」


 おっと、忘れていたがスタニスラーヴァは公爵令嬢である。

 その権力をもってすれば、こんな小さな町など鼻息ひとつで消し飛ぶに違いない。

 森の神の神殿?

 神そのものならばともかく、その使いっぱしりなんて踏み潰してもたぶん気づかないんじゃないかな。


「まぁ、公爵令嬢のことについては話しはじめると少し長いから。

 説明はまたあとで。

 とりあえず、いったん町の外に出るよ」


 俺は呆然としているジスベアードを置いて、町の外へと向かおうとする。

 すると、彼はあわてて取りすがってきた。


「いや、せめて町の中にしてくれ!

 狼やクマにでも襲われたら事だし、このあたりにはたまに魔獣が出るんだ」


 魔獣……ね。

 出るだろうな。

 もこもこした毛に覆われた、とびっきりの奴が。


「いや、むしろ森のほうがいろいろと都合がいいんだ。

 町に入れない仲間もいるしね」


 むしろ町の中のほうが、森の神の手のものが襲い掛かってきそうで怖い。

 さすがに森の神をあがめる連中が森だった場所に火をつけるわけにも行かないだろうから、そういう意味でも町の外のほうが安全だった。


「せめて、連絡先だけでも確認させてくれ」


 止められないことを悟ったジスベアードが、涙混じりにそう嘆願してくる。

 さすがにこれを断ると、いじめみたいになっちゃうからなぁ。


「わかった。

 じゃあ、野営地までついてきてくれる?」


 そしてどんよりとしたジスベアードをつれて俺たちは町の外に出た。

 すると、見張りなのか使いなのかは定かではないが、真っ白な羊が何匹も森の中から現れる。


「めぇぇぇぇ」


「お、出迎えご苦労」


 俺が手をあげて挨拶をすると、羊の背中の毛がもこもこと動いて椅子の形になった。

 どうやら、背中に乗れということらしい。


「ちょっとまて、これ……魔羊!?」


「下がってください、トシキさん!

 そこにいらっしゃると攻撃ができません」


 その正体を悟ったジスベアードとポメリィがあわてて武器を構える。

 だが、俺はそれを無視してその背中によじ登った。


「大丈夫。

 こいつらは、仲間だから」


「いや、たしかにモコモコでフワフワなのは似ているけど……トシキくん、羊じゃなくて獅子の獣人だよなぁ?」


「細かい事は面倒だからあとでね。

 あと、ここなら森の神の神殿がいくら手勢を集めても返り討ちになるだけだから」


 そんな俺の台詞と同時に、まるで打ち合わせでもしていたかのごとく巨大羊が茂みから顔を出す。

 つづいて、白や黒の羊たちが次々とその姿を現した。


「て、帝王羊とその眷属……嘘だろ。

 こんなの、国が滅ぼせるぞ」


 たぶん、この世界の住人にとってはドラゴンでもいるようなものなのだろう。

 そのまま、ジスベアードはしりもちをついてカタカタと体を震わせることしかできなかった。

 ポメリィも、顔を真っ青にしたまま武器を握り締めている。

 二人とも漏らさなかったのはとりあえず褒めてやろう。


「……とまぁ、そんな感じです。

 こちらのほうは心配ないので、ジスベアードさんは領主様との交渉をお願いしますね」


 俺がそう告げると、ジスベアードと何も言わず逃げるようにして町へと走り去った。

 ちょっと驚かせすぎたかもしれない。

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