第68話 願わくば救いがありますように

 翌日は、朝から大忙しだった。


「トシキ、このあたりの草がだいぶ弱ってきたから、ここまでにしたほうがいいわ。

 もう十分に生命力も集まったし」


「そっか。

 じゃあそろそろ切り上げて治療に向かおう」


 俺は薬の補充を終わらせると、さっそく壷を台車に乗せる。

 しかし、何度見てもすごい色だな、この原液。


 なお、今日は壷の数が十個に増えていた。

 昨日の夕方、俺の活動を知った人たちから寄付として受けとったのである。


 本当はもっとたくさんもらったのだが、あいにくとこれ以上は台車に入らないのでお断りしたのだ。

 ほんと、気持ちだけは受け取ったって感じ。

 おかげさまで今日の俺は元気もやる気もいっぱいである。


 幸い、早急に治療しないと命にかかわるような患者は昨日のうちに治してしまっているみたいだし、今日は自分で歩ける患者ばかりになりそうだ。

 あと、深い火傷を負った人に関しては、傷口は治っても体の中に雑菌が混じっている可能性があるため、その診断と対処をフィーナにお願いしている。


 俺たちが薬の壷を持って門を通ると、「がんばれよ」と門番の人に肩を叩かれた。

 うん、がんばるよ。


 市場に到着すると、そこはすでに人があふれかえっていた。

 おい、ちょっと多くないか? 


「よぉ、来たな。

 今日は非番だから手伝ってやるよ」


 予定の場所で待っていたのは、昨日の兵士だった。

 ほかにも、仲間らしき体格がいい男たちが数人。

 おそらく彼らも非番の兵士だろう。


「えっと、では……まず順番の調整をお願いします。

 痛みがひどかったり、症状が重い患者から優先して治したいので。

 これは提案ですが、症状の重さによって色分けしてはどうでしょうか?

 色の違う布を腕に巻いて、それで優先順位を簡単にわかるようにするとよいと思うのですが」


 これは現代医療で災害が起きたときに用いられる方法で、とても効率のよい方法なのだが、どうも反応が悪い。

 兵士の兄ちゃんは腕を組んで考え込んでしまった。


「うーん……色分けといわれてもな。

 布地は高いんだよなぁ」


「あ、そっか」


 この世界では現代社会と比べて布製品が恐ろしく高いことを、すっかり忘れていた。

 原因は、紡績の機械化が済んでいないからだろう。

 このあたりも、いつかなんとかしたいものである。


「じゃあ、とりあえず順番だけでも決めてください。

 あと、何人かで薬を希釈する水を汲んできていただけると助かります」


 俺が手短に要望を伝えると、兵士の兄ちゃんは他の兵士にテキパキと指示を出した。


「よしきた!

 じゃあ、お前ら三人は水の確保。

 あとは順番の調整に入ってくれ!」


「はい、ジスベアード隊長!!」


 そうそう、実は俺と話をしていた兄ちゃんは自警団の隊長さんらしい。

 これで事あるたびにフィーナの方をチラチラとみなければ、素直にそこそこかっこいいと思うんだがなぁ。

 さて、そんなわけで始まった奉仕活動だが、順調なことばかりだったわけではない。

 特に、貧しい身なりの子供から家族が重い病だから助けてくれといわれた時はつらかった。


 残念だが、俺はまだその手の術を習得していない。

 取得していたとしても、医者たちの仕事を奪うことになるので簡単にやってよいことではないだろう。

 隣にいるレクスフィーナならば可能なのかもしれないが、視線を向けると首を横に振った。

 ジスベアード隊長もまた、同じ反応である。


 なお、この臨時の治療所は自警団からの依頼で行われている。

 既存の権力に配慮するため、そういう建前になっているのだ。

 だから、この依頼でいくら支払われているからについても非公開である。


 つまり、この治療活動ですら政治的にギリギリのラインなのだ。

 これ以上事を荒立てると、森の神の神官たちが何をしてくるかわからないし、その理由を与えてしまう。

 最悪、森の神の権限を侵したということで神々同士の諍いにすらなりかねないのだ。

 まぁ、俺の上司である智の神はこの世界全体を管理する最上級の神で、ここの森の神はこの地域だけを管理する下っ端だから話にならないのだが。


 そして俺が治療を断ると、その子は鬼、悪魔、偽善者と罵りながら去っていった。

 ……つらい。


「ほんと、人間なんて愚かで身勝手よね。

 何も知らずに、自分の都合だけが正義だなんて笑わせるわ。

 自分が助かれば、後の人がどうなろうと関係ないんだから」


 俺が少し落ち込んで休憩をとっていると、隣に来たシェーナが棘のある言葉を吐いた。

 もしかしたら、彼女なりに慰めようとしているのかもしれない。


「たしかにシェーナの言うとおりかもしれない。

 でも、それでもあの子とその家族を救いたいと思ってしまうのは、いけないことなのかな?」


「そうね……馬鹿だと思うけど、嫌いではないわよ。

 でも、簡単に救いを与えるのはやめておきなさい。

 簡単に他人にすがるようになるから。

 馬鹿をさらに馬鹿に育てるのは、あんたのところの神の嫌うところよ」


「どうすればいいと思う?」


「あんたの管理している神殿に、医学書でもそろえてあげたら?

 そして、学ばせて、自分の力で家族の病が治せるようにさせるべきだと思うわ。

 本の執筆は知り合いに頼んであげてもいいし、しばらくその家族が死なないようにする程度の干渉はしてあげる」

 

 そうか。

 たしかにそうかもしれない。

 厳しいけど、優しさと甘やかしは似て非なるものなのだから、区別しなくてはならないのだ。


 俺は顔を手で叩いて気合をいれていると、俺たちの変わりに薬を配給しているジスベアード隊長に声をかけた。


「ジスベアード隊長。

 さっきのあの子に手紙を届ける事は可能かな?」


 すると、彼は特に理由を聞くこともなく、胸を叩いて「任せろ」と笑顔を浮かべる。

 願わくば、この行動があの子の救いとなりますように。

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