第63話 消火活動と火事場泥棒
「こいつはひどいな……」
俺は町の上空をトンビのように周回しながら、この火災をどうやって消火するかを考えた。
ピブリオマンシーで雨を降らせることも考えたが、俺の力ではこの町全体を効果範囲にふくめることはできない。
たぶん、やらないよりはマシ程度にしかならないだろう。
それにしても煙がひどい。
空中にいるからといって油断すると、煙に巻かれて窒息しそうだ。
「そういえば、先日の作業のときに何冊か余分にシェーナに書かせたっけ」
それは文字を取得するための教材として書かせた、簡単な童話の冊子だった。
だが、俺にとってはそれ以外の意味もある。
「智の神の叡智と威光において、智の眷属たる書物に命ず。
我が呼びかけに応え、我に仕えるべし。
汝が智は力となりて、共に栄光の道を歩まん。
……出でよ、レクスシェーナ」
俺の祝詞が終わるなり、空中に羊の角を持つ銀髪の美少女が現れた。
何かと因縁深い水の精霊、レクスシェーナである。
俺に呼び出されたことに気づくと、彼女は眦を吊り上げて、不機嫌もあらわに詰め寄ってきた。
「ちょっと、なに勝手に守護者として呼び出しているのよ!
マナー違反よ!!」
彼女のいう事にも一理ある。
自分の分身を勝手に作られたら、俺だって嫌だ。
だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
「緊急事態だ。
この火を消すから手伝ってくれ」
「……しょうがないわね。
あんたも働くのよ!」
軽くしたうちをすると、彼女はどこからともなく取り出した本を俺に差し出す。
おそらく魔導書だ。
これを使って火を消せということか。
「お、悪いな……うぇっ?」
そして俺がシェーナから魔導書受け取った瞬間、よける間もなく抱き寄せられて、頬にやわらかいものが触れた。
ちょ、お前!!
「いい、これは緊急時だから仕方なくよ!」
いや、仕方なくはそうなんだろうけど、いきなり頬にキスすることないだろ!?
だいたいなんで顔が赤いんだよ。
俺、お前に好かれるようなことした覚えないけど?
「……どうでもいいから、下に下りて早く火を消すぞ。
空を飛んだままやると、スフィンクスだって事がバレるからな」
「どうでもいいって……そうね、どうでもいいわよね!」
えらく不機嫌な顔でそう告げると、シェーナは人気のないところにひらりと舞い降りる。
俺もあわててそれに続いた。
「精霊レクスシェーナの名において。
天上より来たりて、水よ、くだれ。
……災禍のごとき
燃え盛る家の前に立ち、魔導書を開いて最初にあった呪文を詠唱する。
すると、刹那の間をおいて魔術の名のとおりこの世の終わりのような勢いで水が降り注いだ。
「うわっ、これ……消費激しい」
水が降り注いだのはほんの数秒だろうか。
なのに、俺の体になんとも言いがたい倦怠感が襲う。
これは休憩しながらじゃないと無理だ。
威力が大きいのはありがたいが、出力を調節しないと何度も使えるしろものじゃないぞ、これ。
あと、火を消すどころか家を押しつぶしているし。
そんなことを考えながら何軒かの家を消火し終えると、ふと向こうからなにやら騒がしい声が聞こえることに気がついた。
「おい、ほかの家の事なんかどうでもいいから私の家の火を消せ!
あの中に貴重な書物がどれだけ残っていると思うんだ!!」
「だったらお前がご自慢の魔術でなんとかしろよ!
普段からえらそうなこせに、水のひとつも出せないのか!?」
「なんと無礼な!
聖なる魔術をそのようなことに使うなど、あってはならん!
つべこべ言わずに早く作業にかかれ!」
「うるせぇ!
火のついた家に子供が閉じ込められているんだぞ!
そんなの後回しに決まっているだろ!!」
「話にならんわ!
下民の命と、貴重な書物と比べればゴミだ、ゴミ!!」
「なんだとぉっ!?」
どうやら、片方は目の前の燃えている屋敷の主らしい。
そして別の家の消火に向かう人間を捕まえて、無理やり自分の家の消火を手伝わせようとしている感じだろうか。
なんか同じ本を愛するものとしていろいろと考えさせられるなぁ。
とりあえず、本にも子供にも罪は無い。
俺に成すべき事はひとつである。
「そこ、どいてください。
魔術で火を消します」
「なに!?」
屋敷の主の返事を待たず、俺は魔術を解き放った。
「災禍のごとき
「うぉぉぉぉ!?」
「こ、これは!」
おそらく俺が加減を間違えたのだろう。
降り注ぐ雨は濁流に近い勢いで屋根に襲い掛かり、火でもろくなっていた屋敷の一部を一瞬で押しつぶした。
だが、それでも屋敷の火を全て消すにはいたらない。
しかたがないからもう一度だ。
「き、貴様……火消しごときのために神聖なる魔術を使うとは!」
屋敷の主の言葉は無視!
俺は再び呪文の詠唱を始める。
だが、その横からシェーナが割り込んできた。
「コントロールがなってないわね。
お手本を見せてあげるわ」
すると、天から降り注ぐ水がアメーバーのように薄く広がり、幕のようになって屋敷をすばやく押し包む。
そして火は一瞬で消えうせた。
「どう? これが水の魔術よ」
「ちっ、お前と一緒にすんなよ」
素直に褒める気にもなけず、俺は反射的に悪態をつく。
だが、そんなささくれ立った気持ちをさらに逆なでする奴がいた。
「貴様ら、よくの神聖な魔術をこんなことに……。
いずれ精霊の罰が下ると思え!!」
そんな台詞を吐き捨てると、おそらく魔術師であろう屋敷の主はいそいそと屋敷の中の書物の確認に向かう。
お前が悪態をついた相手、その精霊本人なんだけどねぇ。
知らないって、本当に怖いわ。
「まぁ、あの馬鹿はいいとして、ほかの家の消火にあたろう。
まだ助けなきゃいけない家はたくさんある」
「そうそう、これあげる。
あんな奴に貴重な書物を持たせておくのは癪に触るわ」
すると、レクスシェーナはいきなり黒い液体の入ったガラス瓶を俺に差し出してこう言った。
「なに、これ?」
「あの屋敷にあった書物からはがしたインクよ。
ムカついたから、屋敷の中の本を全部白紙にかえてあげたの。
これをもって智の神にお願いすれば、たぶん元に本に復元してもらえるわよ?」
そういいながら、してやったりと笑うシェーナは、不謹慎だがとても魅力的に見えた。
「貴重な本も、あの手のやからの家で死蔵されるより、トシキの図書館において大勢の人の役に立つほうがきっと嬉しいわよ」
「うわぁ、ありがたいけど、あの魔術師が気づいたら発狂するかもな」
そんな台詞を吐きながら、俺たちは次の家の消火に向かう。
しばらくして、後ろのほうから断末魔の悲鳴が聞こえた。
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