第47話 奴隷商人の斥候

 変化が起きたのは、たよりない三日月の光が地平の向こうに消える頃だった。


「トシキ、誰かが近づいてくる。

 ここから離れないで」


 フェリシアからもらった教材を読み返していると、ふいにヴィヴィが鋭い声をあげる。

 もしかして襲撃だろうか?

 そう考えた瞬間、胃のあたりにチクリと痛みが走る。

 来るのは最初からほぼ確定だったが、実際に襲撃をうけるとなると思っていた以上にストレスがひどい。


 別のエルフの一団が助けを求めてきた……ってことにはならないかな。

 ……いや、ならないだろうな。

 なんとなく勘のようなものだが、これから荒事になるのなぜかが理解できる。


「エルヴェナスとカスティネックは弓を持ってついてきて。

 矢の数に限りがあるから、無駄撃ちしないようにしてね」


 その言葉よりもはやく、男エルフ二人は弓を手に取ったていた。

 そしてそのまま外へと駆け出し、壁際に設置しておいたやぐらの上にするすると登ってゆく。

 彼らは俺と違って荒事に対してあまり忌避感がないようだ。


 ついでに夜目がきくようだな。

 その手に明かりはないが、その動きにはまったく問題がないように見える。


 なら、たぶん相手の人数さえ多くなければ有利に戦うことができるだろう。

 もっとも、相手が人間とは限らないし、闇を見通す魔術なんかがあるかもしれないから油断はできないが。


「あぁ、そうそう。

 トシキがわたしの活躍を見ることができないと残念だから、これを出しておくわね」


 そういいながら、ヴィヴィはどこからともなく鏡のような円盤を出してきた。

 外周には細かな精霊文字がビッシリと彫り込まれており、ただの金属鏡ではないことが容易にうかがい知れる。


「この金属鏡は、私の周囲のものを写して音まで伝えてくれる優れものなの。

 この鏡で、私の活躍をしっかり見ててね」


 そう告げると、ヴィヴィもまた外へと飛び出してゆく。

 そんな彼女の後ろ姿を、残った二人の女エルフがどこか不安げに見送っていた。


「アムスティローネ、レスペルミナ、大丈夫。

 きっとすぐに戻ってくるよ。

 だから、安心してここで待っているといい」


 ちなみにレスペルミナは最初意識のなかったエルフの母親だ。

 今はかなり衰弱しているが、食事をとったあとはかなり血色もよくなっている。

 本来ならばゆっくり眠らせてやりたいところだが、この状況でそそうも言ってられない。


 ちなみに、奴隷商人の手勢から逃げ回っていた三日間……アムスティローネにだけ食料を与え、自分は何も口にしようとしなかったのが衰弱の原因らしい。

 いくら母親だからとはいえ、ずいぶんと無茶をする。


「さてと、敵はどんなやつなのかねぇ」


 特に彼女たちの気分をほぐすような話題も話術もないので、俺はヴィヴィから受け取った鏡を覗き込んだ。

 すると、真っ暗な森の中に松明たいまつを持った男が三人映っている。

 彼らはなにか不気味なものを見るような顔で、俺の作った壁を覗き込んでいた。


「なぁ、これってエルフの魔術で作ったやつか?」


「馬鹿言え、こんな派手な魔術を使えるような奴がいたなら、とっくにこちらがくたばってるよ!」


「それもそうだな。

 だが、いったい誰がこんなものを?

 前にこのあたりを視察したときはなかったはずだぞ」


「だよなぁ。

 こんなデカいものがあったなら、いやでも気づくだろうし。

 そもそも、どうやってここにこんなものをつくったんだ?」


「とりあえず、ここで見ているだけじゃどうにもならん。

 誰かここをよじ登って、中を見て来いよ」


「……誰が行くんだ?」


 ヴィヴィの視界のなかで、動きやすそうな革鎧の男たちは互いに役目を押し付け始めた。

 まぁ、誰だって嫌だよな。

 しばらくし、いろいろともめた後でようやく男たちは行動にうつる。


「じゃあ、俺はこの妙な構造物があったことを本隊に知らせてくる」


「で、お前が中を見てくる役な」


「ちくしょう、死んだら化けて出てやる!」


 まぁ、ヴィヴィにはできるだけ殺さないように言ってあるが、ダメだった時はできれば諦めて成仏してほしい。

 しかし、ここのことを本隊に知られるのはまずいな。


 俺がそう考えて独り言を口にするよりはやく、ヴィヴィと男エルフたちが動いた。

 互いに言葉を交わすことすらせず、エルヴェナスが矢を放つ。


「うわぁっ!?」


 彼の放った矢は、この闇の中にもかかわらず見事に男の足を打ち抜いた。

 あんな小さくて動く的をよくはずさないものだ。


「敵か!?」


 続けて放ったカスティネックの矢は外れたものの、そのあいだにヴィヴィが壁から舞い降り、男たちの背後に迫る。


「こんばんは、坊やたち。

 そして……おやすみなさい」


 そのあと、ヴィヴィが何をしたのか、俺にはよくわからなかった。

 ゴスっゴスっと短い間隔で音がしたかと思うと、壁のそばにいた男が糸の切れた人形のごとく崩れ去る。

 おそらくは杖で殴ったんだと思うけど……とんでもないスピードだな。


 しかし、ヴィヴィのつぶやいた次の台詞で、俺は背中にびっしょりと汗をかくことになる。


「あらやだ、ぬかっちゃったわねぇ」

 

 そんな彼女の視界では、空に向かって何かを放とうとしている男の姿があった。

 あれは最初にエルヴェナスに足を打ちぬかれた男だ。

 いったい何を?


 すると、男の手から光の筋のようなものがまっすぐ天に向かって打ちあがる。

 しまった、あれはたぶん信号弾のようなものだ!!


 おそらく、アレを見た敵の本隊は、異変を察してここにやってくるだろう。

 ……まずいな、どうする?

 敵がここにたどり着く前に逃げるのも手ではないか?


 だが、俺が結論を出すより早く、動いたモノがいた。

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