第44話 行き倒れ、拾いました
馬車にゆられ、西を目指す。
気分はまるで西遊記……といいたいところだが、実際の光景にはかなりの剥離があることを認めよう。
「どちらかというと、怪獣映画だよな、これ」
御者台につづくドアから見える光景は、その大半が巨大羊の尻である。
そしてそれ以外の光景はというと、森の樹木たちがベキバキと音を立ててなぎ倒される場面だった。
一応は獣道を通っているのでなぎ倒される樹木は少ないはずだが、それでも森にとっては災厄以外の何物でもないだろう。
そんなことを考えていると、御者台にいたイオニスがこちらに戻ってきた。
表情が少し険しい。
何かあったのだろうか?
「主様、どうやら森が騒がしい様子です」
「いや、イオニス。
言われなくともそれはわかるよ」
「主様が思っているような意味ではありません。
森の中に争いの気配があります。
しかも、動物ではなく人のようなものかと」
「こんな森の奥深くで?
街道からもかなり離れているはずだし、盗賊が出るような場所でもないよなぁ。
亜人か何かの集落が争いでもしているのかな」
考えられるのは、ゴブリンやオークといった存在である。
だが、そいつらがこの世界にもいるかどうかはわからない。
あ、ゴブリンはいるんだったな。
前に護衛をしてくれた冒険者……ディーイックがゴブリンから進化したホッブという種族とのハーフだったはずである。
ちなみにホッブたちをゴブリンと呼ぶとめちゃくちゃ失礼らしいので要注意だ。
「なにはともあれ、何か騒ぎが起きているかもしれないので、これ以上は進まないほうがよろしいかと。
野営の準備をはじめてもよろしいでしょうか?」
「わかった。 では、その準備を頼む」
すると、まるでその会話を理解しているかのように巨大羊の足が止まり、イオニスが外に出る。
そしてピシッと指を鳴らしたとたん、地面からモコモコと何かが盛り上がって姿を現した。
「なにこれ、ブタ? ゴーレム?」
現れたのは、ブタかイノシシの姿をしたマッドゴーレムである。
なんというか、素焼きの置物みたいで見た目がかわいい。
おそらく、俺が前に呼び出した影のブタの進化版だろう。
さすが本家はやることが違うということか。
そして俺の見ている間に、ブタゴーレムは周囲の潅木や草を綺麗に食べつくしてしまった。
……おかしいだろ、このスピード。
だが、そこでイオニスがその手を止める。
「では主様、ここに今宵の宿をお願いいたします。
私どもでは少々専門から外れてしまうので、時間がかかりすぎて食事の準備が間に合わないかと」
「あ、なるほど。
建物を作るのは俺の仕事なわけね」
確かに俺がやればコンクリートを召喚して形を作り、固定させてしまえばそれで終わる。
いざとなれば、簡単に壊して処分してしまえるのも都合がよかった。
なによりも、イオニスとヨハンナにはその時間でほかの事をしてもらったほうが無駄がなくていいだろうしな。
「せっかくだから、羊も夜露をしのげるスペースがほしいな」
あくびをする巨大羊を見上げつつ魔導書を取り出し、おおまかに建物を作り終えたそのときである。
食事の材料を探しに出ていたイオニスが戻ってきて、再び俺に声をかけてきた。
「主様、この少し先のところで行き倒れを発見しました」
「……え? 人間?」
「いえ、亜人ですね。
母と娘の二人で、母親の意識がありません。
見たところ、相手に害意はない様子。
どうなさいますか?」
「うーん、とりあえず直接どんな人なのか確認するよ。
案内をよろしく」
俺は建物をつくろうとした手を止め、イオニスの後に続く。
すると、森の獣道をかき分けた向こう、潅木のない開けた場所に一人の女性が倒れていた。
そしてその隣で、娘らしき少女が不安げに寄り添っている。
だが、俺はそんな彼女の様子よりも、その肉体的な特徴に目を奪われていた。
これ、もしかしてエルフじゃない?
日本のアニメ文化にあるように長い耳というわけではないが、彼女の耳はその先端が明らかに尖っていた。
「こ、こんにちは……」
おそるおそるこの世界の言葉で声をかけると、エルフの少女が顔をあげてこちらに向く。
美少女だ。
だいたい中学生ぐらいに見えるがエルフが見た目どおりの年齢のはずもない。
しかし困ったな。
話しかけたけど返事がないぞ。
まさか、言葉が通じないのだろうか?
俺がどう話を続けようかと考えていると、今度は向こうから声をかけられた。
「こ、こんにちは。
あの……見ず知らずの方にお願いするのは恐縮なのですが、食料を分けていただけないでしょうか?」
丁寧な言葉遣いだが、戸惑いが見え隠れする。
おそらくは俺の見た目が子供だからだろう。
「あ、大丈夫です。
ただ、ここではなんですからもうちょっと安全なところへ」
俺が許可を出したので、すかさずイオニスが母親の体を抱き起こし、馬車のあるほうへと歩き出す。
「ありがとうございます。
あと、できるだけ早くこの森を離れたほうがよろしいでしょう。
私たち、実は三日ほど前から人間の奴隷狩りに追われてまして……」
「こんなところに?」
「たまにあるのです。
人間のならず者たちが徒党を組んで、人里はなれた場所にあるエルフの里を襲うことが」
やっぱりいるんだな、そういう悪い人間。
なんとも重い話をしながら、俺たちは馬車までたどり着く。
だが、巨大羊をみたとたんにエルフの少女がしりもちをついた。
「帝王羊!? なんでこんなところに!!」
お、この生き物は帝王羊というのか。
まぁ、なんかえらそうだから巨大羊で通すけど。
「大丈夫。 敵じゃないから」
わりと何考えているかわからないところはあるけど、少なくとも馬車は引いてくれるし敵対的なことはしてこない。
ただ、森を移動している途中でなんどか襲ってきた猛獣を蹴り飛ばしているところを見ているから、おとなしい性格とは言いがたいのかもしれないな。
そんなことを考えながら、エルフの少女たちを馬車に乗せ、さっそく移動をしようとしたのだが……。
「ダメですね、羊が動きません」
「すっかりこの広場で眠る気のようです」
ヨハンナとイオニスの報告に、俺は思わず手で顔を覆った。
おいおい、このままじゃ亜人狩りがきちゃうだろ。
馬車を残し、必要なものだけをもって空から逃げることも考えたのだが、それでは俺一人しか助からない。
いまさらエルフの親子を見捨てる?
そんな目覚めの悪いことできるわけないだろ。
「しかたがないな。
防御だけでも固めておくか」
俺は残り少ない魔力を振り絞り、コンクリートの高い壁で広場を囲む。
コレだけで今ある魔力をほとんど使いきってしまった。
あ、外敵を警戒するあまり出入り口作るの忘れてるし。
「ヨハンナ、この状態で食事の用意はできるか?」
この状態だと、足りないものを外にとりに行くのも一苦労である。
もしも足りないものがあるなら、敵がこないうちに取りに行かなくてはならない。
「お任せください、主様。
すでに芋を煮込んだシチューを準備しております」
おお、さすがヨハンナ。
頼りになるな。
しかし、料理に使っている塩ってどうしているんだろう?
ふとそんな疑問が頭によぎったが、今はそんなことを考えている場合ではない。
「食事の準備ができたら、まずエルフの親子に振舞ってくれ」
俺はそれだけを告げると、何かあったときの出入り口を作るべく考え事を始めるのであった。
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