第30話 かぐわしき地雷の香り

 翌日。

 俺は寺院の修復を休んで冒険者ギルドを訪れていた。


「えーっと……」


「お待ちしてましたよ、トシキさん」


 俺が冒険者ギルドの受付に話しかけるより早く、横から声がかかる。

 声の主は雷鳴サンダーボルトの秘書官さんだった。


 おそらく四十代だろう、彼女は一見して品のいい淑女である。

 いつもはスーツに似たこの世界の衣装をパリッと着こなしている彼女だが、今日は白銀に輝くハーフプレートを軽々と着こなしていた。


 まぁ、もともとあの雷鳴サンダーボルトの手綱を握っているのだから只者ではない気がしていたのだが、やっぱりただものじゃなかったということか。

 なんか、この先の展開が読めた気がする。


「問題の場所はこちらです。

 あの壁をご覧ください」


 指で示された場所は、冒険者がたむろする飲食スペースの一角。


「うわぁ、これですか。

 ひどいですね」


 そこは壁がひび割れ、隙間風が吹いていた。

 しかも風が外から吹き込むたびに緩衝材がボロボロとこぼれ、不衛生この上ない。


「昨日お話したとおり、二日ほど前に冒険者同士がギルドの中で喧嘩をしてしまいましてね。

 力加減を間違えてごらんの有様です。

 このままでは暖房費用も余分にかかるので、さっさと修理してしまいたいのですが……。

 なじみの業者が一週間ほど仕事が詰まっていて対応できないのですよ」


「わかりました。

 この程度なら数分で済みます」


 というか、呪文の詠唱ひとつでおしまいだ。

 この世界の業者さんには大変申しわけない話である。


「では、この修理費のかわりに冒険者の派遣を行うということでお願いします。

 派遣されるのは壁を壊した本人になりますが、それでよろしいですか?」


「はい、こちらの要望さえ満たしていただけるなら問題ありません」


 ……というわけで、交渉成立だ。

 すっかり手馴れた手順で呪文を唱え、あっさりと壁を修理する。

 そんなものめずらしい光景に、野次馬をしていた冒険者たちから、おおーっと声があがった。


 ついでに、戦闘以外に魔術を使ったことで魔術師連中からの侮蔑の視線も突き刺さる。

 ……お前ら、嫌いだ。


「すばらしいですね。

 えらそうなことをぬかしておいて、荒事がなければ犬やネコほども役に立たない連中とは違います」


 壁が完全に修復されたことを確認すると、秘書官さんは魔術師共に皮肉を飛ばしつつ俺の手腕を褒めた。

 やめて、不用意にあおらないで!

 今、ギリッて奥歯をかみ締めた音が聞こえたから!

 あとで嫌がらせうけるの、絶対俺だけだし!


「では、今回貴方のところに派遣する冒険者を紹介しますね?

 ……出てきなさい、クズ共。

 名乗ることを許しますから、名前と特技だけを簡潔に述べなさい。

 自慢話なんか挟んだらしばらく固形物が食えない体になると理解するように」


 おねーさん、口調が若干崩れかけてますよ。

 こわいこわい。


 そんなわけで、俺の前に二人の男と一人の少女が進み出た。


 二十歳手前ぐらいの、金属鎧を着込んだ筋肉質で柄の悪い男……肌が緑色をしているから、何かの亜人だろう。


 同じぐらいの年代の、革鎧を着た引き締まった体形の男。

 こちらも人間ではない。

 長い耳と浅黒い肌からダークエルフだと思われる。


 そして、白いローブに身を包んだ、やたらと胸が大きい少女……なんというか、見ているだけで不安になる妙なオーラを感じるぞ。

 すこし、選択を誤ったかもしれない。


「戦士のディーイック」


「斥候のジョン・ダゥだ」


「えっと、じ、侍祭のポメリィですぅ」


 はて、この声……最後の一人の声に関してはどこかで聞いたような気がするのだが、はっきりとは思い出せない。

 もしも会っていたら、こんな立派な胸をした少女、絶対に忘れないと思うのだが……。

 それよりもだ。


「えっと、ぜんぜん関係ないけど、なんでこの三人で喧嘩になったんです?

 その侍祭の女の子を取り合っての争い?」


 なんとなく違う気はするけど、それ以外に理由が思いつかない。

 その瞬間、戦士と斥候がものすごく珍妙な表情を浮かべた。


「誰がこんな胸しかないドジ女をめぐって喧嘩なんかするか!」


「ちょっとからかってやろうとしたら……ブベッ!?」


 途中で言葉が変な感じに途切れたのは、秘書官さんの右ストレートが戦士の男の顔面を捕らえたからである。

 あーあ、せっかく直したばかりの壁に鎧とぶつかってヒビがはいっちまったよ。


「あらあら、小汚いものがあったからついやっちゃったわ。

 もう一度壁を直してくださるお詫びに、この私が今回の討伐に参加いたしましょう。

 いかがかしら?」


 血のついた拳を真っ白なハンカチでぬぐいながら、秘書官さんはスッキリした感じで微笑む。

 いや、あなた最初から参加する気だったでしょうに。

 それにしても、やっぱりこの人、絶対に逆らっちゃいかんたぐいの奴だ。


 そのあとの事情説明は契約書を作成し、ポメリィがパーティー結成の祝福を行った後、現地に移動しながら世話ばなしといった体裁で行われた。


「ようするに、冒険からかえってきたポメリィちゃんの足をジョンが引っ掛けた。

 そして転んだポメリィちゃんが、立ち上がってジョンに文句を言おうとした。

 すると、その隙に後ろからディーイックがポメリィちゃんを拘束しようとし、胸に腕が当たった。

 それで反射的にポメリィちゃんが振るったモーニングスターが壁にあたっちゃった。

 以上よ」


 うわぁ、ものっすごく早口で事務的な説明。

 ぜんぜん世話ばなしになっていない。

 どこまで意図的だったのかすらよくわからないが、野郎共のセクハラ行為によほど腹を立てているんだろうなぁ。


「ふぇぇ、ごめんなさいマダム。

 気が動転して、つい……」


「いいのよ、ポメリィちゃん。

 今回のことについては、そこの性格のゆがんだ男共のほうが悪いと思っているから。

 ……今回はね」


 なんだ、その後ろにくっついた台詞。

 嫌な予感しかしないぞ。

 そして、俺が嫌な予感について考えていると、後ろからボソボソと男冒険者たちが話しかけてきた。


「おい、坊主。

 悪いことはいわんから、戦闘になりそうになったらポメリィの周りから離れたほうがいいぞ。

 あの女は、味方殺しで有名だからな」


 そんなディーイックの台詞に、ジョンもまたボソリとつぶやく。


「何かあるとすぐ気が動転して、あの怪力で狙いを定めずモーニングスターを振り回す。

 俺の友人もやられてな。

 今は冒険者を引退している。

 あれは侍祭じゃなくて、ただの狂戦士だ」


 うわぁ、なんだよその不吉な情報。

 そんなのギルドにおいておくんじゃない!

 つーか、そんなのに手を出したらどうなるかわかってんだろ……って、わかっていたからあの惨状の中でも生きていられたのか。


「この前、一人で森に入って四日ほどかえってこなかったときは、やっとくたばったとおもったんだけどな」


 憎憎しげな目でポメリィを見ながら、ジョンがつぶやく。

 うわぁ、ポメリィさんものすごく嫌われているな。

 むしろ、憎まれている?


「なのに、全身煤だらけ、髪の毛がチリチリになった状態で戻ってきやがった。

 神はなぜあんな迷惑な存在を許すのやら」


 ディーイックの印のこもった台詞に、俺はようやくポメリィとどこで出会ったかを思い出した。

 あ、あのときの蛮族か。

 見た目の印象がずいぶんと違うから、まったくわからなかったよ。


「かといって、いきなり胸にさわるような嫌がらせは無いと思いますよ」


「偶然だ。

 意図的にやったんじゃねぇよ。

 あと、本当なら刃物でばっさりやっちまいたいところをあれで我慢しているんだぜ?」


「へっ、ギルドの連中も、内心では俺たちのことを応援しているとおもうぜ」


 まぁ、実際にどう思っているかはわかんないけど、俺は応援したくないな。

 なんというか、やり方が気に食わない。


 そんなことを考えていたときである。


 ジョンがふと足をとめた。


「……左前方、百メートルほどのところを人間ぐらいの生き物が歩いている」


 どうやら、戦いが始まってしまうらしい。

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