第12話 智の神の事情

「神よ、自分は別にそういう話が聞きたいわけじゃありません。

 こちらから用件を述べさせていただきますと、自分の赴任先の話です。

 どこへ行けばいいのでしょう?」


 自分の不幸の裏事情を掘り下げたところで意味は無い。

 俺は気分をかえて神に今後の方針について尋ねることにした。

 すると、智の神は机に肘をついて考えた後、こんなことを言い出したのである。


「それなんだけどね。

 本来予定していた場所は、例の拉致問題の影響であまり環境が良くないんだ。

 どうも裏切り者がいる可能性があってね」


「それは穏やかじゃないですね」


「そうなんだよ。

 実は喚起魔術の触媒になる真の名というものがあるんだけど、私の眷属のそれを盗み出して人間の国家に売り渡した奴がいるみたいなんだよね。

 そういう危険もあるから、君が苗字を隠したのは正解だったよ」


 うげぇ、やばかった。

 これだから魔法が存在するファンタジー世界は怖いんだ。


「まぁ、君を支配する場合は漢字表記まで含めて知る必要があるから、単に名前の音だけ知っていてもあまり効力がないんだけどね。

 逆に言えば、君の署名した契約書なんかを盗まれたりするとまずい。

 あっさりと喚起魔術で戦場に呼び出されて支配されちゃうよ?

 気をつけてね」


 それはまずい。

 ひじょうにまずい。

 本性平和な日本育ちの俺に、戦争とかマジで無理。


「そういうのは……早めに教えておいていただけると助かります」


「まぁ、そのあたりは教育係に任せるつもりだったんだよね」


 智の神の視線は、おそらく遠い場所を見ている。

 本人もいろいろと不満がたまっているのだろう。


「そんなわけで君との契約は当分の間は口約束だけだ。

 だが、神の名にかけても悪いようにはしないから信じてほしい。

 あと、日本にある君の生活拠点については、私のほうで家賃や電気代なんかを支払っておくから心配しなくてもいいよ。

 それから、こっちで働いた分の給与は、書類に残せないので私が全て記憶しておく」


 なるほど、智の神の記憶力と信用か。

 たしかにこの世界において、それは十分な保証になるだろう。

 なにより、日本人としての社会的基盤まで守ってもらえるのはありがたい。


「それは……助かります」


 俺がほっと胸をなでおろしていると、智の神はこんな提案を出してきた。


「そんなわけでひとつ提案があるんだけど……。

 よかったら、この町にある廃寺院を再生して、その建物で図書館を運営してみないかい?」


「廃寺院ですか」


 あまり聞きなれない言葉に、俺は思わずオウム返しにつぶやいた。

 廃墟とか、あまり好きではないんだがなぁ。


「そう。

 この町には、けっこう前におきた震災で崩れたままになっている区画があってね。

 その区画には私を祭る寺院があったんだよ」


「え、そこって、人が住める場所なんですか?」


 頭の中のイメージは、屋根も無く瓦礫が転がっている空き地だ。

 そんなところでどうやって図書館を運営しろと?

 いや、生きてゆくのですら、可能かどうか疑わしい。


 言っては何だが、日本で司書なんかやっていた俺にサバイバルは不向きである。

 昨日は初日だからなんとかなっていたが、何日かすれば絶対に対応できないことが出てきていたはずだ。


「心配しなくとも、なんとか人が生活できる程度には建物の形をとどめているよ。

 とはいえ……町の連中はなおしてくれそうもないし、そこを君が再建してくれると非常にあがたいんだが」


 なるほど、廃墟とはいってもそこまでひどいものではないらしい。

 だが、問題はそれだけではない。


「ですが、図書館として利用するにも、本はどうするんですか?

 あと、自分は現地の言葉がわかりませんよ?」


 すると、智の神はにっこりと微笑んだ。


「あぁ、それなんだけどね。

 君にあたらしい能力タレントをあげようと思うんだ」


能力タレントですか?

 いったいどのような?」


 最初にもらったピブリオマンシーも、使いようによっては相当ぶっ壊れた性能である。

 なにかとんでもない能力を与えるのではないだろうか?

 そんな感じで身構えていると、神の手に光の玉が生まれる。


「君にあげたいと思っているのは、ライティング・リクエストという能力でね。

 霊や精霊を呼び出し、その知識を書物にしてもらう能力だよ。

 交渉のためには報酬が必要なのと、本ができるまでにはそれなりの時間がかかるけど、それで書物をそろえて欲しい」


 その言葉と同時に、光の玉がすいっと動いて俺の胸に吸い込まれた。

 すると、なぜか俺の頭の中にライティング・リクエストという能力タレントの使い方が浮かんでくるではないか。


 ふむ、どうやらこれは執筆依頼に限定した召喚魔術といったところだな。

 相手の名前かゆかりのあるしろものがあれば、召喚陣の中に呼び出して依頼交渉ができるということか。

 ただ、呼び出せる対象は今のところ実体のない精霊か死人の魂だけに限られるようである。


「交渉相手だけど、個人的には知識の幅が広い地の精霊がおすすめだね。

 あと、有名人の伝記なんかは人気がでそうだから、有名人のお墓に行くのもお勧めかな。

 それから、これも必要だろう。

 当面の活動資金と、精霊の真の名とその能力や特徴を記した精霊辞典をあげるね」


 神がパチンと指を鳴らすと、俺の目の前に硬貨の入った皮袋と分厚い辞書が現れた。


「その本は悪用が可能だから、君しか開くことができないよう制限をかけておくよ」


 なるほど、先ほど真の名について注意を受けたばかりである。

 この世界において、名前というものはことのほか重いらしい。


「言葉はどうするんですか?

 会話ができないと業務にいろいろと障りがあるんですが」


 個人的に、いま俺に一番足りてないのはそれだ。

 おかげでずいぶんと苦労している。


「それについては、これを……」


「なんですか、これ。

 オウムの人形?」


 神が取り出してきたものを見て、俺はおもわほずそうつぶやいた。

 すると、その人形が俺とそっくりな声で知らない言葉を吐き出したのである。


『なんですか、これ。

 オウムの人形?』


 これ……もしかして、この世界の言葉じゃないだろうか?


「それは、耳にした言葉を別の言語に変換してしゃべる人形だ。

 言葉をイメージに変えて相手と会話する道具や魔術は、頻繁に使用すると精神汚染が発生するからね。

 正気を保つためにも、その道具を利用したほうがいい」


「なるほど、お気遣いありがとうございます」


 俺が頭を下げると、神はふと表情を曇らせて上を見上げた。

 そして残念そうな波動を振りまきながらこう告げたのである。


「さて、そろそろ会話を切り上げよう。

 あまり私と会話をすると、君の魂に影響を与えてしまうからね。

 神もいろいろと不自由な存在なのだよ」


 神の声が響いた次の瞬間、お礼を言う暇も無く俺の体は万神殿の中に戻された。

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