昇進するってマジですか? その4

 結局、小鳥遊の婆さんは、


『今日はひよりんに色々と教えてあげないといけませんので、泊まって……』


 夕食時にそんな事を言い出したんだが……これは小鳥遊が全力で拒否ってくれたもんだから、婆さんも渋々退散していった。


 とはいえ……


「婆さんも、小鳥遊の事を心配してくれているわけだし……あんまり邪険に扱うのも……」


 なんて事を思った俺なんだが、その言葉を聞きつけた小鳥遊は、


「……興味本位の方が、勝ってる……絶対」


 真剣な表情で頷いた。

 ……そうだな、そう言われてみるとそんな気がしないでもないというか……


「……でも、お婆さんが家事を教えてくれたから、今、こうして食事を作る事が出来ているし……その事はとっても感謝してる……」


 そう言って微笑んでいる小鳥遊を見ていると、婆さんとの間に確かな絆があるのを感じるわけで……ただの昼ドラ婆さんはないってことは、間違いないんだろうな。


 とはいえ……


 小鳥遊がコミュ障なのは間違いないんだが、恋愛に関しては俺も相当なコミュ障だからな……

 恋愛=結婚と考える事しか出来なくて、この年までまともに彼女が出来なかったわけだし……

 友人からも、

『もっと気楽に考えないと』

 って言われたこともあるんだが……恋愛を簡単に考える事が出来なかったんだよな。

 友人として付き合う分に関しては問題ないんだが……友人と恋人の間にでっかい壁を作っちまっているというか、一度意識してしまうと本気以外ありえないわけで……

 そのせいで、

『武藤くんっていい人なんだけど、ちょっと重いんだよね……』

 何度、そう言われた事か……


 今回だって、済む場所がないから仕方なくルームシェアをしていたわけなんだけど、流れでそういう関係になっちまって……だったら責任をとらないと、と思ったわけで。

 もちろん、相手が小鳥遊だからそんな気持ちになったってのも本音なんだが、何より、そんな俺の重い気持ちをしっかり受け止めてくれたんだよな、小鳥遊ってば。


 しかし、だ……


 そんな事を考えている俺のところに、小鳥遊がログイン用のヘルメットを抱えて歩み寄ってきた。

 上目使いで俺の事を見つめながら、


「……しよ?」


 って、言ってくる小鳥遊。

 あぁ、そうだ……この目で見つめられながら懇願されるのが、いつの間にか普通になっていたんだよな。


「そうだな、やるか」


 ニカッと笑みを浮かべる俺。

 そんな俺の膝の上に、ストンと座る小鳥遊。

 俺の膝の上がすっかり定位置になっているわけで……こうして俺と小鳥遊は、いつものようにディルセイバークエストにログインしていった。


◇◇


「あ、パパ! ママ! おはようございます!」


 今日、俺を最初に出迎えてくれたのはクーリだった。

 俺とエカテリナがベッドの上に出現したのに気がついたクーリが笑顔で駆け寄ってきた。


「おはようクーリ。フリテリナはどこだい?」

「フリテリナはテテさんと一緒に村の中を回っています」


 そういえば、昨日ログインした時に、


『フリテリナさんには素質がありますので、色々お教えさせて頂きたいのですが』


 って、テテに言われて、了承したんだっけ。

 素質の内容に関しては教えてもらえなかったんだけど、テテの事だし心配することはないだろう。

 ……これが、リサナ神様やクレイントーラ神様だったら、心配しかないんだが……


 苦笑しながら起き上がった俺。

 その横でエカテリナも起き上がっていた。


「まずはアンテナショップの様子を見に行こうと思うんだけど、エカテリナはどうする?」

「旦那様がどうしてもって言うのなら、一緒に行ってあげなくもないんだからね!」


 俺の言葉に、いつものツンデレ口調で応えるエカテリナ。


「あぁ、『どうしても』だ」 

 

 そんなエカテリナに、ニカッと笑みを浮かべながら返事を返す俺。

 すると、エカテリナってば、


「そ、そ、そ、そこまで言うのなら……し、仕方ないから一緒に行ってあげるんだからね……」


 耳まで真っ赤になりながら、ツンデレ口調を返してきたんだけど、だんだんと小声になっているもんだから、最後の方が聞き取れなかったんだよな。

 

「じゃあ、倉庫の地下通路を使って、ログインの街へ行くとするか」


 家を出た俺は、倉庫へ向かおうとしたんだけど、そこで足が止まってしまった。


「……な、なんだありゃ?」


 俺の視線の先、倉庫が連なっているメタポンタ村の入り口あたりにすごい人だかりが出来ていた。

 よく見ると、倉庫に向かって荷馬車の行列が出来ていて、その周囲を村のみんなが取り囲んでいた。

 その中には、ドラゴンに存在進化したスライムさんや、ブラックドラゴンのブランの姿もあった。


「……昨日まではあんなに混雑していなかったのに、急にどうしたんだ?」


 腕組しながら首をひねった俺。


「あぁ、あれはですね、メタポンタ村がレベルアップしたからなんですよ」


 そんな俺に声をかけてきたのは、


「あ、あれ? ファムさん!?」


 オーバーオール姿のファムさんだった。

 しばらくの間、ディルセイバークエストのプログラム作成が佳境とかで全然INしていなかったファムさんなんだけど、久しぶりにその姿を見かけた気がする。


「久しぶりだね。仕事の方は一段落したのかい?」

「あはは、そっちについては禁則事項なのでお知らせすることが出来ないのですが、ここに私がいる事で色々お察しください」


 NPCのファムさんなんだけど、お隣の古村さんがテストプレーとして中の人をしているのは俺や小鳥遊にとっては公然の秘密になっている。

 だからといって、そのことをゲーム内で気軽に口にして良いわけではないわけで……


「あっ、っと……すいません。失言でしたね」

「いえいえ、フリフリ村長さんが私の事を心配して聞いてくださっているのはよくわかっていますので」


 俺に向かって、力こぶポーズをとるファムさん。

 NPCの固定モーションで、ポロッカやグリン達もよくやるポーズなんだよね。


「で、村がレベルアップしたんです?」


 思わず周囲を見回す俺。

 そうなんだよな……今までだと、村がレベルアップすると、周囲でファンファーレが鳴り響いて、村のみんなが拍手でお祝いしてくれていたんだけど……今のところ、それっぽい事が起きそうな雰囲気がまったくないんだが……


「今回のレベルアップは補正対応といいますか、内政プレイを気軽に楽しめるようにレベルアップの条件を簡略化したせいなんですよ」

「へぇ、じゃあ俺以外にも内政に本気で取り組もうっていうプレイヤーが増えているってことなのかな?」

「さすがに内政メインでって人はフリフリ村長さんくらいしかいないんですけど、狩りの合間に内政を楽しもうっていうプレイヤーさんが増えているんですよ。私的にはとっても嬉しい事なんですけどね。これも、攻略サイトで内政プレイの楽しさを発信し続けてくださっているフリフリ村長さんやイースさんのおかげです」

「いや、俺の場合、単に狩りが苦手というか、それよりも今みたいにみんなで村を運営している方が性に合っているだけなんだよね」

「そのおかげで、狩りメインのプレイヤーさんの中にも家を購入するプレイヤーさんが増えて来ているんです」


 ファムさんによると、以前は村の空き屋を丸々買い取らないと、NPCの村と交易することが出来なかったんだけど、


「今では、家を持つだけで一部のNPCの村と交易することが可能になったんです」

「へぇ、そうなんだ」

「ただ、それだと以前の厳しい条件をクリアしていたフリフリ村長さんが不利益を被ることになってしまいますので、その補填としましてNPCの村と取引出来る一日の上限を今までの10倍にアップさせていただいたんです」

「あぁ、それであんなに荷馬車が殺到しているのか……」


 倉庫の前の行列の意味を理解した俺は、大きく頷いていた。


「もっと実装したい事があるんですけど、さすがにそれはNS班の人員を補充しないとどうにもならないというか……どっかに居ませんかねぇ、プログラムを組める専業主婦さんとか……」


 えっと、ファムさん……それって禁則事項にあたる古村さん個人のぼやきなんじゃないんですかね?



 



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