昇進するってマジですか? その2

 小鳥遊の指のサイズに関しては、以前プレゼントしたディルセイバークエストのヤツがぴったりだったのを覚えていたので問題なかったんだが……俺の目の前の小鳥遊ってば、ジッとしたままピクリともしない……


 あ、あれ……ち、ちょっと急ぎすぎたか?


 た、確かに小鳥遊も仕事が面白くなってきていたのかもしれないし、ひょっとしたら仕事を辞めるのが嫌なのかもしれない。

 小鳥遊があまりにも無反応なもんだから、俺もどうしたらいいのか困惑しまくっていたんだが……


 あ、あれ?


 よくよく見たら、小鳥遊ってば小刻みに震えている……?

 だんだんと顔が赤くなっているような気がしないでもないというか……しばらくすると、小鳥遊は首元からネックレスを引っ張り出した。

 細いネックレスの先には、指輪が付けられている。

 以前俺がプレゼントした、ディルセイバークエストの指輪。

 以前は何度か職場にしていっていたんだけど、さすがに恥ずかしかったらしくいつの頃からかネックレスにしていたんだよな。

 その指輪をギュッと握りしめる小鳥遊。


「……あ、あの……」


 いつの間にか、小鳥遊の顔が真っ赤になっていた。

 

「……え、エカテリナと、私……どちらも不束者ですが……よ、よろしくお願いいたします」


 緊張のあまり、すっごい早口でまくし立てた小鳥遊は、すごい勢いで頭を下げた。


 ガン!


 勢いがつきすぎて、頭がテーブルにぶち当たっていったんだが……小鳥遊は額がテーブルにぶち当たった姿のまま固まっている。

 よく見ると、耳まで真っ赤になっていた。

 小鳥遊なりに、精一杯の返事を返してくれたってことなんだろう。

 とりあえず、『結婚はちょっと……』とか言われなくて安堵していた。

 お付き合いをするのなら、当然結婚前提という重い恋愛感だったもんだからことごとくの恋愛で失敗してきたわけなんだけど……そういう意味で考えたら、俺も恋愛に関してはコミュニケーションが下手ってことになるのかもしれないな……


 しかし、だ……


 小鳥遊は本当に頑張り屋さんだ。

 仕事に関しても、最初はコミュ障が行き過ぎてどうなることかと思っていたが、自分に与えられた仕事はきっちりこなすし、その上で改善すべき点を見つけたら改善を実行し、そっと俺に差し出してくる。

『物によってはフォーマットを変えるとまずいものもあるから、事前に相談してくれると助かるな』

 と言うと、付箋紙で伝えるようになった。

 プライベートでも、小鳥遊の住宅事情の急変のせいで俺とルームシェアをすることになったんだが、家事を率先してこなしてくれているし、特に食事に関しては俺もびっくりするくらいの腕前を披露し続けてくれている。

 小鳥遊によると、

『が、外食は、店員さんとお話するのが苦手で……』

 ってことで、いつしか自炊するようになったらしい。

 買い物はネット通販で済ませて、受け取りは宅配ボックスを利用して配達員とも顔を合わさないようにしていたとか……

 ちなみに、料理の師匠は昼ドラ婆さんだそうな。

 その料理にしても、俺が、

『焼き魚が好きなんだよなぁ』

 何気なく発した言葉をしっかり覚えてくれていて、さりげなく焼き魚の頻度を増やしてくれたりしている事も知っている。

 

 そんな小鳥遊なんだが……


 不思議と、俺とは波長が合ったというか……一緒にいて苦痛じゃなかったし、むしろ楽しいんだよな。

 ディルセイバークエストにしても、まさかこんなに楽しめるとは思ってもいなかったし……あの日、いきなり

『私と結婚してくれませんか?』

 って言われた時は唖然としたけど……まさか、それを俺が言い出す日がくるとはな。


「エカテリナに関してはお前からプロポーズされたけど、小鳥遊に関しては俺からプロポーズ出来たな」


 机に額をくっつけたままプルプルしている小鳥遊。

 その左手の薬指に、俺が買って来た指輪をはめてやった。

 うん、サイズもぴったりだ。


「その……なんだ……これからもよろしくな、小鳥遊……っと……ひ、ひより」


 俺が名前で呼ぶと、小鳥遊の体がビクッと震えた。

 その場で飛び上がったんじゃないかって程だったんだが……指輪をはめた左手を顔の前に移動させると、


 うふ……うふふ……


 って……な、なんか少し怖い笑い方をしているんだけど……でもまぁ、喜んでくれているみたいだし……


◇◇


 その後……


 お互いにギクシャクしながら食事と風呂を済ませると、いつもならここでログイン用のヘルメットを抱えた小鳥遊が、

『……しよ?』

 って言いながら俺の膝の上に座ってくるんだけど、今日の小鳥遊は俺の腕に抱きついてきて、


「……しよ?」


 って言って来たわけで……その意図している事がゲームでは無いことくらいすぐに分かるわけで……うん、まぁ、その……色々頑張ったし、頑張ってもらったわけで……


 しかし、なんだな……こんな事を考えるとおっさん丸出しなんだが……小鳥遊の胸ってほんとでかいんだよな……


 結局、この夜はゲームに少しだけログインした後、2人で抱き合いながら就寝した。

 ゲームの中でも夫婦なわけだし、あっちでは子供達もいるんだし、顔を見に行きたいと思ったんだ。


「しかしあれだな、ゲームの中でも、ゲームの外でも夫婦になるって、なんか不思議な感じだよな」


 俺がそんな事を言うと、エカテリナは、


「えっと、あの……は、はい……」


 いつものツンデレ口調はどこへやら……終始顔を真っ赤にしたまま、俺の後方3歩下がった位置をついて回っていたわけで、その様子を見ていたエナーサちゃんに、


「あの、エカテリナさんどうかなさったのですか?」


 やけに心配されていたのには思わず苦笑してしまったんだが。


◇◇


 翌日。


 内線で東雲課長にアポを取った俺は、東雲課長の元を訪れた。

 昨日と同じ応接室へ通された俺。


「昨日のお話ですけど、よろしくお願いします」

「受けていただけますか……ありがとうございます」


 俺の言葉を聞いた東雲課長は、安堵した表情を浮かべながら頭を下げてくれた。

 俺が若干緊張した面持ちだったもんだから、余計なプレッシャーを与えていたのかもしれない。

 でもまぁ、結婚を決める引き金だったわけだし、色んな意味で気合いが入っていたのは否定出来ない。


「では、武藤係長の後任予定者から連絡をするよう指示しておきますので、1週間以内に引き継ぎを終わらせていただけますか?」

「って、ことは、俺は来週から東雲課長の部屋で働くことになるんですね?」

「えぇ。すでにオフィスは確保してありますので、よろしくお願いいたします」


 東雲課長が教えてくれた新しいオフィスは、2階の一角にあった。

 元々営業部のオフィスが集まっている2階なんだけど、その中でも東南角で日当たりのいい場所だったりする。


「ここって、以前は第三応接室だった場所ですね」

「えぇ、そうなんです。最近は稼働率が下がっていましたし、それならいっそのこと有効活用した方が、という話になりまして」


 その後、細かな打ち合わせをした後、


「じゃあ、改めてこれからよろしくお願いします」

「えぇ、こちらこそ」


 俺と東雲課長は、握手を交わした。

 まさか、東雲課長と一緒に仕事が出来ることになるとはなぁ。


 会社の中には、

『一回り以上も年下の女に顎で使われるとはな』

 って、陰口を言ってるヤツらがいるのも知らないわけじゃない。

 とはいえ、東雲課長が実力で今の地位を確立したのは事実だしな。

 確かに、学歴やコネもあったかもしれないが、彼女が役職に見合っただけの成果を残し続けているからこそ、こうして出世しているのもまた事実なわけだ。

 俺の会社は、昇進に関してはシビアな分、結果を出せばリターンもでかいからな。


 そんな東雲課長に抜擢されたわけだ。


 彼女を失望させないためにも、俺も頑張らないとな。


 廊下を歩きながらそんな事を考えていると、


 クイッ


 後方から袖を引っ張られた。

 振り返ると、そこに小鳥遊の姿があった。

 

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