違う、そうじゃない その1

「おじいちゃんがどうかしたのか?」


 俺が聞き返すと、小鳥遊は、


「……あ、あの……ま、前に住んでいたマンションに、わ、私の様子を見に来てくれたらしいんです……それで、私が引っ越ししたと聞いたらしくて……」


 あぁ、そっか……引っ越ししてまだ数日だしな。

 身内の人にも連絡してなかったんだろう。

 ……まぁ、引っ越し先が上司の部屋で、そこでルームシェアしています……とは、ちょっと言えないだろうし……やっぱ早めに引っ越し先を見つけてやらないとな……


「……そ、それで……今、住んでいる場所を教えろ、って……あの、どうしましょう……」

「は!?」


 俺の顔を見つめている小鳥遊。

 そんな小鳥遊の前で、目が点になっている俺。


「……小鳥遊……それって、お前のおじいさんが様子を見にくるかもしてないってことだよな?」

 

 俺の言葉に、小さく頷く小鳥遊。


 ……う~ん……俺がそのおじいさんの立場だったら、心配して今どうしているか確認するよな、絶対に……


 ……とはいえ


「俺の家で仮住まいしているって連絡しとけ」

「……あ、あの……いいの?」

「あぁ、かまわん。お前にこの部屋でのルームシェアを提案したのは俺なんだし、その責任はきちんととらないとな」


 俺がそう言うと、小鳥遊は何故か顔を赤くしながらうつむいた。

 しばらくそのまま固まっていたんだけど、ほどなくしてスマホを操作しはじめた。

 多分、おじいさんに返信をしているんだろう。


「……あの……お爺ちゃんに連絡しました」

「あぁ、お疲れさん」


 俺の顔を見上げていた小鳥遊なんだけど、しばらくすると俺の胸に背中を預けてきた。

 この体制になられると、胸元が丸見えになるから目のやり場に困ってしまうんだけど……しかし、ホント小鳥遊ってば、胸がでかいよなぁ……


「……あ、あの……」

「ん? どうかしたか?」

「……そ、その……武藤さん……私……」


 ピンポーン


 話をしかけた小鳥遊の言葉を遮るように、インターホンが鳴った。

 壁の時計をみたら……おいおい、真夜中じゃないか……


 まぁ、こんな時間に部屋に来るのって、隣の部屋の古村さんしかいないんだけどね。

 しかし、いつもはノックのはずなのに……


 若干の違和感を感じながらも、玄関へ移動していく俺。

 小鳥遊は、いつものように自室へ移動していった。


 ピンポーン

 ピンポーン


「はいはい、今開けるから……ったく、いい加減部屋を片づけて……」


 ドアを開ける俺。

 その向こうには、古村さん……ではなく……別の誰かが立っていた。


「……えっと、どちら様ですか?」


 面くらいながらも、どうにか言葉を口にした俺なんだけど、相手の人はそんな俺を見つめながらワナワナと体を震わせはじめた。


「……ひよりんの新居に……なぜ男がおる……」

「……は? ……ひよりん?」


 呆気にとられている俺の胸ぐらを、その相手が掴んで来た。

 相手はじいさんなんだけど……このじいさん結構ぶっとい腕をしていて、身長も俺と同じくらいあるみたいだ。

 そんな事を考えている俺の胸ぐらを掴んだまま、自分の顔の方へ引き寄せる謎のじいさん。


「しらばっくれるんじゃないわ! ワシの可愛い孫娘の新居に転がり込みおって! 貴様、覚悟は出来ておるのじゃろうな!」


 覚悟云々はともかくとしてだな……孫娘ってことは……


「あんた、ひょっとして小鳥遊のおじいさんなのか?」

「ひょっとしなくても、ワシや、ひよりんのじいさんに決まっておるわい!」


 俺の言葉に、怒声を返してくる小鳥遊のじいさんなんだけど……いや、今深夜だし……このままだと、警察に通報されてもおかしくない。


「とにかく、中に入ってください、事情を説明しますんで。それに、こんな時間に大声を出されたら、近所迷惑です」

「う、うむ……た、確かにそれもそうじゃな……」


 最初は激高していた様子の小鳥遊のじいさんなんだけど、近所迷惑ってフレーズを聞いて我に返ったんだろう。どうにか俺の胸ぐらから手を離して、部屋の中へ入ってきた。


「……ふむ、部屋の中は綺麗にしておるようじゃな……さすがはひよりんじゃ」


 廊下を歩きながら、うんうんと頷いている小鳥遊のじいさん。

 確かにこんな時間に怒鳴り込んでくるのは常識外れだと思うんだが……それも、孫娘である小鳥遊の事を心配するがあまりの行動なんだろう。


 リビングに移動すると、じいさんの声を聞きつけたらしい小鳥遊が、リビングに姿を現していた。

 すると、小鳥遊の姿を確認した小鳥遊のじいさんは、


「ひ、ひ、ひ、ひより~~~~~~~ん! じいちゃん心配したんじゃぞぉぉぉぉぉぉぉ」


 いきなり号泣しながら小鳥遊に向かって猛ダッシュしていった。

 その体を思いっきり抱きしめ、高々と持ち上げていく。


「うむうむ、元気そうで何よりじゃわい! じいちゃん、マジで心配したんじゃぞ」

「あ、あの……ご、ごめんなさい……」

「いやいや、謝る必要などないわい。ひよりんが無事なら、ワシはそれで満足じゃからな」


 小鳥遊に対してデレデレな表情を浮かべている小鳥遊のじいさんなんだけど……さっきまでのドスの効いた声とは裏腹に、すっごい猫撫で声になっていて、そのギャップがすごいっていうか……


「それよりも……じゃな」


 そんな事を考えていた俺へ視線を向ける小鳥遊のじいさん。


「ひよりんよ、お前の部屋に巣くっておるこの害虫なんじゃが、追い出せばいいのじゃな? なぁに、答えは聞いておらん」


 って、小鳥遊を降ろしたじいさんってば、ゴキゴキ指の関節を鳴らしながら俺に向かって来てるんだけど……

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