いや、ちょっと待ってくださいよ その2

 先日、小鳥遊を連れて来た定食屋へ再びやって来た俺。


「どこか行きたい店とか、食べたい物とかあるか?」

 って聞いたら、

「……あ、あの定食屋さんがいい、です」

 って言ったんで、連れて来てやったわけなんだが……


 いやさ、『俺も一緒に連れてってくださいよ』とか言われないのは、このご時世だからなのか、俺の人徳が足りないからなのか……って、会社を出るとき思ったけどさ……


「すいませんね、私までご一緒させていただいちゃって」


 俺の前で笑顔で座っているのは、東雲さんだった。


 会社を出る際にばったり出くわした東雲さんに、

『お昼ご飯ですか? なんならご一緒します?』

 って、社交辞令的に挨拶したら、

『あら、じゃあご一緒させてもらおうかしら』

 って、返事が返ってくるなんて、夢にも思わないじゃない、普通。

 

 たださ……俺以外のヤツを相手にしたらコミュニケーションがいまいちうまくとれない小鳥遊が気まずいじゃないかと思ったんだけど……俺の隣に座っている小鳥遊はびっくりするくらい普通にしていた。

 それがあまりにも意外だったもんだから、ちょっと挙動不審になっていると、東雲さんが俺に視線を向けてきた。


「武藤さん、どうかしましたか?」

「あ、あぁ、いや……大したことじゃないんですけどね……」


 そこで、小鳥遊へチラッと視線を向けた俺。


「あぁ、小鳥遊さんですか? ……そうですね、ここは個室ですし言ってもいいのかしら?」

「え? あ、はい……」


 そんな俺の横で、東雲さんと小鳥遊が会話を交わしているんだけど……え? なんでだ? この2人ってそんなに交流してた様子はなかったっていうか、小鳥遊が俺以外の会社の人間と親しくしているのを見た事がないんだが……

 そんな事を考えている俺の前で、東雲さんは、


「小鳥遊さんことエカテリナさんと私、イースは、ディルセイバークエストの中でフレンド登録していて情報交換させてもらっているんです」

「……です」

「……は?」


 二人の言葉に、思わず口をあんぐりさせてしまった俺。


「え? ……で、でも東雲さんって、最近忙しくてほとんどINしてなかったんじゃ……」

「それは、武藤さんがINしている時間帯にIN出来ていないだけですよ。私は深夜の時間にINしていますので」

「あ、あぁ、そっか……そういえばプライベートメールが来てましたっけ」

「そうなんです……それで、今の私ってフリフリ村長さんの村に住まわせてもらっているじゃないですか……そこにエカテリナさんがやってきて……」


 東雲さんがクスクス笑いながら言葉を続けようとすると、


「あわわ……だ、だめ……」


 小鳥遊が首を左右に振りながら東雲さんに向かって手を伸ばしていった。

 察するに……イースさんの家に押しかけたエカテリナが、

『私がフリフリの奥さんなんだからね!』

 とかなんとか言いながらあれこれやりとりをしているうちにお互いの中の人の事がわかったってところか? まぁ、何しろゲームの中のエカテリナってば、すっごく独占欲が強いっていうか、俺に対するツンデレ度合いが半端ないからなぁ……勢い余って余計なことを口走ったのかもしれないな。

 まぁ、でも、ゲームの中とはいえ結婚したってことをそこまで大切に思ってくれているってことなんだろうし、俺としては、むしろありがたく思っている。

 ゲームの中とはいえ、こんなおっさんを、そんな風に思ってくれているんだもんな。


 小鳥遊が嫌がったのを受けて、東雲さんも、


「この件は小鳥遊さんの許可が出るまでお預けってことで」


 そう言って笑った。

 小鳥遊がそれを受けて安堵のため息を漏らしたところで、ちょうど料理が届いたので、俺達は食事をすることにした。


◇◇


 同じ会社の知り合い同士で、ディルセイバークエストのプレイヤーが3人揃ったもんだから食事中の会話はゲームの話題が中心になった。


 東雲さんから、

『村で起きたことなんかをプライベートメールで教えてもらえたら嬉しいです。それで、それをサイトにアップさせていただけたら』

 って依頼されたので、

『えぇ、いいですよ。お安い御用です』

 って返事をしておいた。

 

 ファムさんこと、古村さんの事は……まだ、詳細がわかっていないので、あえて話題にはしなかった。

 ……しかし、今朝一本早い電車に乗ったのに、それに飛び乗って来たってことは、俺のことを早くから待ってたってことだよな……なんか、ストーキングされてるみたいで、ちょっとアレなんだが……

 とはいえ、ゲーム会社で毎日遅くまで仕事をしているみたいだし、あんまり無理はしてほしくないな……ゲームの中のファムさんとしても、これからも仲良くさせてもらいたいし。


 東雲さんがいたせいか、小鳥遊が会話に参加することはあまりなかったんだけど、表情は落ち着いていたっていうか、最初に出会った時みたいに怯えたような表情をしていなかったので、まぁ、問題はなかったんだろう。俺が馬鹿話をしたらクスリと笑ってたしな。


 食事を終えた俺達は、1階のレジへ移動していった。


「あ、お二人の邪魔をしちゃったんですから、お詫びに私が支払いを……」

 

 そう言って、俺が持っている伝票に手を伸ばす東雲さん。

 ……だけど、


「いえいえ、ここは年長のおっさんに良い格好させてくださいよ。彼女もいないし結婚の予定もないもんだから、金だけはそれなりに持ってますんでね」


 笑顔を浮かべながら、伝票と一緒に万札をレジに置いた俺。

 冗談めかしていったけど……思いっきり事実なもんだから、あんまり笑えないんだけどな。


「わかりました。では、大人しく奢られますね、ごちそう様です」

「……です」


 にっこり微笑みながら頭を下げる東雲さん。

 その横で、小鳥遊も慌てて頭を下げてくれた。

 

 東雲さんは当然として、小鳥遊もコミュ障なりに挨拶とか頑張ってくれてるんだよな。


 ……そっか……彼女いないんだ……


「……ん? 今、誰か何か言ったか?」

「いえいえいえ、何も言ってませんよ」

「……よ」


 俺の言葉を受けて、揃って首を左右に振っている東雲さんと小鳥遊。

 なんか、ちょっと挙動不審な気がしないでもなかったんだけど……2人が否定しているので、それ以上詮索はしなかったんだけど……


◇◇

 

 午後もつつがなく仕事をこなした俺。


 終業時間になると、いつものように慌ただしく帰り支度を整えた小鳥遊が、部屋の中に向かってぺこりと頭を下げてから帰っていった。

 以前なら、頭を下げることもなく部屋を後にしていただけに、大きな進歩だよな。

 それに、小鳥遊は終業時間がくるまで絶対に帰り支度をはじめないんだ。

 他の女子社員の中には、終業10分前になるとトイレにいって化粧直しとかしてるヤツもいるんだけど……まぁ、仕事をきちんとしてくれているから咎める気もないんだけど、小鳥遊はそれ以上にきっちりしているから、社会人としてもしっかりしていると思っている。

 まぁ、世間ずれしていないからかもしれないけど、こういったいいところはしっかりと褒めて延ばしてやりたいな……そんな事を考えながら駅に向かっていたら……


「あは、おかえりなさ~い」

 

 って、笑顔の古村さんが俺の隣に駆け寄ってきた。

 ……しまった……小鳥遊のことでほっこりしてたもんだから、古村さんの事をすっかり忘れてた……

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