なんか村長になったらしいんだけど…… その2

 俺を訪ねてやってきたイースさん。

 そのイースさんに対して敵意むき出し状態のエカテリナ。


 今の俺は、そんな二人の間……エカテリナに抱きかかえられて、その豊満な胸の狭間に頭が挟み込まれている状態……って、お、俺自身の状態は今は置いておくとして、そんな一触即発の状態のまっただ中にあるわけなんだ。


「あ、あ~、エカテリナ、この人はだな……」


 俺が説明しようとしたんだけど、そんな俺に対して軽く目配せしてくるイースさん。

 ……ん? 私に任せてってことか?

 そんな意図を感じた俺は、一旦口を閉じた。

 それを確認すると、イースさんは改めてエカテリナへ視線を向けていく。


「こんにちは。私は、あなたの素敵な旦那様に内政プレーのことを色々教えて頂いているイース・クラウドっていいます。本当にお似合いの二人ですね。拝見していて惚れ惚れしてしまいます」


 にっこり笑いながら……なんていうか、歯の浮くような美辞麗句を並べてくるイースさん。

 ……っていうか、そんな見え見えのご機嫌取りが、エカテリナに通用するとは……


「あ、あなた見る目があるじゃない。そうなのよ、私と旦那様は出会うべくして出会ったというか、旦那様を選んだ私の目に狂いは無かったっていうか……」


 イースさんの言葉を聞いたエカテリナってば、見るからに機嫌がよくなって……俺を抱きしめている腕の強さも若干緩んでいた……って、おいおい通用してるじゃないか、イースさんのご機嫌取り……


 よく考えたら、イースさんは職場で人事を担当しているわけだし、相手を見極めた上での対応にも長けていて当然だよな。


 そんなイースさんの対応のおかげで、一瞬にしてイースさんへの敵対心を緩めていったエカテリナ。

 そんなエカテリナの様子を伺いながら終始笑顔のイースさん。


「……エカテリナさんの旦那様には、内政関係のプレーに関して色々教えて頂いていまして。本当にすごいですよね、まだプレーをはじめてそんなに時間が経っていないのに、色々なことを発見されていて」

「ま、まぁね。そりゃ、私の旦那様ですもの、それぐらい出来て当たり前っていうか……」


 俺の事を褒められて、どんどん機嫌がよくなっていくエカテリナ。

 

「……それでですね、そんなすごいエカテリナさんの旦那様に、私も色々教えて頂けたらと思っているのですが……ご許可頂けますか? フリフリさんの素敵な奥様?」

「ま、まぁ、そうね……そこまで言われたら、私も断れないっていうか……素敵な奥様ですもの、えぇ、許可いたしますわ。えぇ、素敵な奥様ですもの」


 ……って、おいおい


 いくら人事を担当しているからといって、ここまでくるとほとんど催眠術のレベルじゃないか……っていうか、エカテリナはエカテリナで簡単に籠絡されすぎっていうか……

 とはいえ、これもゲームの中だからってのもあるかもしれないな。

 あくまでゲームの中だから素をさらけ出せるって、やっぱあると思うし。

 まぁ、でも、リアルで知り合いとはいえ、小鳥遊と東雲課長ってば、ほとんど接点がないしなぁ……どっちかっていうと、東雲課長も小鳥遊の事が苦手みたいだし。

 そんな事を考えながら、二人の様子を交互に見つめていた俺……


◇◇


 イースさんのファインプレーのおかげで、エカテリナもイースさんが俺と話をしても、最初の時のように露骨に敵意とツンデレを剥き出しにすることはなくなった。

 あぁ、でもツンデレの方は常時発動してますけどね。


「……と、いうわけで、エカテリナが空き屋になっていたここの農家を全部買い取ってくれたんですけど、その結果、エカテリナの旦那である俺がこの村の村長になっていたんですよ」

「はぁ……そ、そんなことが出来たんですねぇ」


 俺の説明を聞きながら、村の情報ステータスを確認しているイースさんは目を丸くしていた。


「……検証しようにも、村の農家を全部買い取れるだけのお金を所有しているプレイヤーはそんなにいませんし、そもそも、そんなお金があったらほとんどのプレーヤーはモンスター討伐用の装備の購入に回すのが普通といいますか……そもそも、プレイヤーの所有権が全て切れている村がこんなに都合良く見つかるなんて……」

「ホントそうなんですよ。エカテリナのおかげで……」


 イースさんと会話を交わしていた俺は、なんか妙な気持ちに襲われていた。


 ……まてよ……エカテリナがこのディルセイバークエストのトッププレイヤーの一人で、結構なゲーム内通貨を所有していて……俺のためにその通貨を使ってこの村の農家を全部買い占めるくらいのことを平気でしてしまいそうだっていうのは、普段のエカテリナの俺に対する態度を見て入ればすぐわかる事なんだが……それを踏まえた上で、プレイヤーの所有件が全て切れている村を見つけておいて、そこに俺達を案内した……とは、考えられないか?


 ここで俺は、ファムへ視線を向けた。


 ファムは、畑を耕している仲間キャラ達の間を行き来しながらあれこれ指導をしていたんだけど……以前、エカテリナも言っていたように、NPCでありながら『運営の人がテストプレーしている』って疑惑が拭えないファムさんだけに、村を買い占めそうなプレイヤーであるエカテリナと、その配偶者で内政を楽しもうとしている俺をわざとこの村に誘導した……と、思えなくもないというか……


「……フリフリさん? どうかなさいました?」

「え? あ、あぁ、悪い……ちょっと考え事をしていて……」


 そうだな……とりあえずファムさんが俺達に悪意を抱いているとは思えないというか、むしろ内政中心にプレーしようとしている俺が楽しめるようにお手伝いをしてくれているとしか思えないわけだし……ひょっとしたら、テストプレーに付き合わされているのかもしれないけど、今はそれにのっからせてもらいつつ、ゲームを楽しませてもらうとするか……


 そう思った俺は、ファムや村の事などは一度おいておくことにして、俺話しかけようとしているイースさんへと向き直った。


「イースさん、俺に何か用事ですか?」

「すいません、ファムさんとお話しているところにお邪魔してしまいまして。今、少しよろしいですか?」

「いえいえ、大したことじゃありませんので……で、何か用事ですか?」

「あ、はい……今、エカテリナ奥様ともお話をさせていただいていたのですが、私をこの村の空き屋に住まわせてもらえないかと思いまして……」

「え? こ、このメタポンタ村にですか?」

「はい、このメタポンタ村には、まだ居住者が決まっていない家が残っているではないですか。調べてみたら、この村の村長であるフリフリさんと賃貸契約を結ぶことでプレイヤーである私も、この村の空き屋に住むことが出来るみたいなんですよ」


 ちょ、ちょっと待って……


 イースさんってば、俺がファムさんの事をあれこれ思案している間に、そこまで調べちゃったの?

 抜け目がないというか、無駄がないというか……さすがはやり手の東雲……って、いかんいかん、ゲームの中で職場の事を持ち出しちゃいけないな。


「そうですね……俺としても、内政プレーの先輩であるイースさんが村の中で暮らしてくださるのなら、色々教えて頂けてありがたいですし、むしろこちらからお願いしたいっていうか……あ、でも、エカテリナが……」


 俺が、心配そうな表情をエカテリナへ向けていくと……


「ま、まぁ、いいんじゃないかしら、私と旦那様の新婚生活を応援してくれるっていうんだし……か、勘違いしないでよね! べべべ別に旦那様との新婚生活を楽しみにしているとか、それを邪魔する奴は許さないとか、そんなことは思っていないんだからね!」


 腕組し、顔を真っ赤にしながらそっぽを向いているエカテリナ。

 ……うん、もう、ポロッカのガッツポーズ並に、すっかりお馴染みになったエカテリナのツンデレ仕草なんだけど……しかし、イースさんってば、エカテリナの性格をすっかり把握して、しっかり手のひらの上で転がしているっていうか……


 まぁでも……現実世界の小鳥遊は、コミュ障をこじらせていて他人とまともに会話が出来ないから、その性格を把握するのが、そもそもすごく難しいんだけど……このゲーム世界の中のエカテリナは、リアルでないからか、すごく雄弁で感情もダダ漏れまくっている。そのおかげで、すごく相手をしやすいっていうか……俺自身、エカテリナのことを知っているからこそ職場の小鳥遊のことを理解出来ている面もあるくらいだしな。

 ……ただ、まぁ、かなりツンデレ過ぎな気がしないでもないというか……


 エカテリナの許可も得られたので、俺はイースさんと空き屋の賃貸契約を結んだ。


 イースさんが家を選び、俺に対して

『この家をお借りしたいです』

 って、宣言すると、

『賃貸契約』

 って書かれたウインドウが表示された。

 そのウインドウの中には、契約期間と家賃を決める項目があった。


 期間に関しては、選択項目の中にあった、


『どちらかが契約解除を申し出て、それを双方が許諾するまで』


 っていうのを選択した。

 家賃に関しては、俺的にも内政プレーの先輩であるイースさんがすぐ側にいて、今後もあれこれ教えてもらえることのメリットの方が大きいと感じていたので無料でもよかったんだけど、プレイヤー相手に無料設定が出来なくなっていたのと、


「いえいえ、そうはいきません。そこはケジメとして支払わせて頂きたいですし、それにもし今後プレイヤーを迎え入れることがあった場合、家賃を取りにくくなってしまうでしょう?」


 イースさんの申し出もあって、この世界の宿屋の1泊の相場であるゲーム内通貨10ゴールドを毎日支払ってもらうことにした。


「しかし、イースさんは本当に細かなことにまで気が回るんですね、すごく助かりますよ。これからもよろしくお願いしますね」


 契約締結ってウインドウが表示されている中、俺は笑顔で右手を差し出した。


「い、いえ……むしろ私の方がいつも助けて頂いているのですから、これくらい当然のことで……」


 って、イースさんってば、なんか会社のことを持ち出してないか? 的な言葉を口にしている気がしないでもないんだけど……まぁ、そこに関してはあえてスルーしておくとして……


 俺の手を握り返してくれたイースさんに、にっこり笑顔を向けていった。

 俺に対してイースさんも笑顔を返してくれているんだけど……その笑顔がすごく可愛かったもんだから、ちょっと見惚れてしまったっていうか……職場での東雲は、こんな笑顔見せたことないっていうか……


「……じー……なんかちょっと変なムードを感じるんですけど?」


 って、すかさず俺を後方からジト目で見つめてくるエカテリナって……なんか、色々大変なことになっていきそうな気がしないでもないというか……

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