第206話 急転直下

 ニブルヘイムの上空で、途方もなく強大な魔力が幾度となくぶつかり合う。その度に大気が震え、魔素が拡散し、大地を揺るがせる。


「ぬぅぅん!!」

「く……!」


 松岡の剛剣が唸り、舜は辛うじてそれを躱す。更に追撃しようとする松岡だが、そこに金城の放った魔法攻撃が叩きつけられ、松岡の動きを妨害する。


「ち……!」


 動きが止まった所に、地上から梅木が物凄い豪速球で投石攻撃。それは狙い過たず、動きの止まっていた松岡の翼を撃ち抜いた。


「……ッ!」

「おらぁっ!」


 更に駄目押しとばかりに吉川が連続して火球を撃ち込んでくる。松岡は咄嗟に盾でガードするが、着弾した火球は激しい爆炎を生じ、松岡の視界を著しく遮る。


「松岡ぁぁっ!!」


 怯んだ白騎士に、漆黒の翼と甲冑の堕天使がサーベルを構えて迫る。松岡が苦し紛れに振るった剣を掻い潜り、舜は兜と鎧の隙間……首筋にサーベルを突き刺した!



「がふっ!?」


「うおおぉぉおぉぉぉぉぉっ!!」



 首を刺し貫いただけでも十分致命傷だが、舜は更に追撃でサーベルを伝って松岡の体内に、絶対零度の氷嵐の魔法を発動する。


「――――ッ!!!!」


 体内のあらゆる器官という器官を停止、破壊された松岡は、ほぼ即死に近い状態で地面に墜落する……直前で、再びその身体が強烈に発光し、数瞬後にはそれまで受けた傷など無かったかのように完全復活していた。



「おいおいおい……あれでもくたばんねぇとか嘘だろ……」


 吉川が驚きを通り越して呆れたような調子で呟く。


「むぅ……よもやこれ程とは……」


 金城もまた呻く。既にありとあらゆる方法を試した。だがその度に松岡は何事も無かったように復活し、こちらだけが一方的に消耗する状態が続いている。


 舜は歯噛みする。



(くそ……どうしたらいいんだ。このまま戦い続けていても、同じ事の繰り返しだ……!)



 いや、繰り返しならまだいい。こちらが消耗する分だけ状況はどんどん悪くなっていく。一見、一方的に攻め立てているようでその実、追い詰められているのは舜達の方であった。 


「く、へへ……今更後悔しても遅ぇぞ、って言ったよなぁ? 俺様の力を見誤ったのが運の尽きって訳だ」


 松岡の剣が発光し始める。また光刃の魔法を放つ気だ。それを見た舜や吉川達は一様に警戒する。と、その時……




 遥か眼下……それもニブルヘイムの街から離れた雪原地帯で、大規模な魔力と魔力のぶつかり合いを感知した。同時に爆炎や爆雷などの光が明滅し、凄まじい轟音が舜のいる中空にまで響いてくる。


「あれは……!?」


「……3国連合による総攻撃が始まっているようだな。いや、浅井やその側近たちも混じっているはずだから、正確には4国連合という事になるが」


「……! 浅井も……!?」


 金城の言葉に目を見開く。どうやら思っていた以上に規模が大きい戦いが始まっているようだ。いや、これはもう『戦争』と言った方が正しいか。


「ああ……そうみてぇだな。レオナルドを始め、ウチの主だった〈貴族〉が軒並み迎撃に出てるようだ」


 松岡が一旦光刃を収めて、意外な程静かな口調で喋った。


「ケケッ! てめぇんとこは1国だけだろうが!? こっちは3、いや4国の連合軍だぜ!? もうてめぇの国は終わりだぜ!」


 吉川が殊更挑発的な口調で煽る。舜も内心では吉川と同じような事を思った。勿論レオナルドのような〈公爵〉も防衛に出てきているのだろうが、恐らく〈公爵〉がいるのは連合軍の方も同じだろう。


 単純に物量差でミッドガルド側に勝ち目は無いように思える。しかし松岡はそれが解っているはずなのに一切動揺らしきものがない。


「……もうじきだな」

「何……?」


 松岡の呟きを金城が耳聡く聞きつけた時だった。




(シュン……。シュン! 聞こえますか!? シュン!!)




 突如、舜の頭の中に逼迫した女性の声が鳴り響く。随分久しぶりに聞いた気がするこの声は……


「え、フォ、フォーティア様!?」


 思わず念話ではなく声に出してしまっていたが、それに自分自身で気付いていなかった。近くにいた吉川と金城が訝しむように舜を見やる。



(シュン、良かった……! シュン、詳しい事を説明している時間はありません! 今すぐ矛を収めて戦いを止めて下さい! 他の〈王〉達にも戦争を止めるように言って下さい!)



「え……た、戦いを止める? それは一体……?」


(……ッ! 信徒達の奮戦のお陰で姉様達が復活し、ロキ以外の邪神は全て滅びました! しかしそれは最初からロキの掌の上だったのです!)


「な、何だって!? じゃ、邪神が滅びた!?」

 

「……ッ!?」「ああっ!?」


 金城と吉川がギョッとした風になる。どうやらレベッカや莱香達が頑張ってくれたようで、見事〈要石〉を破壊する事に成功したのだろう。だが邪神が滅びたのはいい事のはずだ。


 それが何故フォーティアは逼迫した様子で、この戦いを止めるように求めているのだろうか。舜には状況がさっぱり飲み込めなかった。



「おい、舜! どういう事だ!? 説明しやがれ!」


「い、いや、俺にも何が何だか……」


 吉川が詰め寄ってくるが、勿論舜にも説明など出来ない。


(フォーティア様! どういう事ですか!? 解るように説明して下さい!)


(シュン! ロキの目的は――――くっ! ロ、ロキ!? 邪魔を――)


(――!? フォーティア様? フォーティア様!!)


 フォーティアの念話が何か・・に妨害されるように唐突に途切れた。慌てて交信を求めるが、不通の電話のように梨の礫であった。



「くっくっく……焦ってるようだなぁ、シュン? どうやら事はロキ様の思惑通りに進んでるようだ」


 舜の様子を面白がるような松岡の声。


「……松岡。貴様、何を知っている? ロキ神の思惑だと?」


 金城が極力冷静な調子で問い掛ける。


「ああ、そうだな……。もう構わねぇだろ。どうせなら梅木の奴にも聞かせてやるよ。付いてきな」


 それだけ言うと、こちらの反応を待たずに地上へと降りていく松岡。何かの罠かと一瞬疑うが、そもそも有利であった松岡にそれをする理由が無い。


 舜としても今のフォーティアの念話の件があるので無視できない。



「……俺は行くよ。さっきのフォーティア様は明らかに逼迫してた。松岡のハッタリという可能性は無いと思う」


「ふむ……守護神が滅びたという言葉も気になるな。良かろう。一旦お前達に付き合ってやる」


 金城が頷く。


「ち……確かに気になって戦いに集中できねぇしな」


 吉川も同意を示した。


 3人は松岡の後を追うように地上へと向かっていった。


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