第205話 踊る神々の饗宴
そこは人知の及ばない遥か天界の領域。今ここで再び強大な力と力がぶつかり合っていた。
白と黒の波動が幾度となくぶつかり合い、その度に空間を幻想的に染め上げる。しかしやはりと言うか……次第に黒が白を押し始め、やがて白い波動は泡沫のように弾け飛んだ。
「う……くぅ……!」
「ね、姉様……」
黒い波動に撃たれて傷つきながら倒れ伏すのは……女神フォーティアとテンパランシアの姉妹神だ。
「ファハハ……いい様だな、女神達よ。意識体ならば兎も角、
「く……!」
歯噛みするフォーティア。彼女らの前に悠然と降り立つのは、この世界に侵略してきた邪神の1柱……テスカトリポカであった。
「しかし解せんな……。本当にお前達がハデスを滅したのか? 到底信じられんな」
テスカトリポカの背後から無数の触手が這い出る。テスカトリポカの意識体だ。
「まあ良い。いずれにせよ同じ事だ。今度こそお前達の力を根こそぎ吸収してくれよう」
「ひっ!?」
テンパランシアが押し殺したような悲鳴を上げる。うねるような黒光りする触手の束が姉妹に向かって殺到する。姉妹は思わず身を固くして互いに抱き締め合うが――
「――はい、そこまで」
「……!」
場違いに明るい
「ロキ……。遂に馬脚を現したな」
「!?」
だがテスカトリポカに動揺は見られなかった。ロキの更に背後に無数の剣山が生じる。
「……!!」
剣山は一斉にロキに切っ先を向けて刀身を伸ばしてきた。ロキが咄嗟に飛び退って躱す。
「へ、へ……やっぱりハデスを滅ぼしたのはおめぇかよ。これで心置きなく粛清してやれるなぁ?」
空間をこじ開けるようにして現れたのは、粗暴な口調の邪神……ラーヴァナであった。
「ふーん、なるほど……。逆に僕を釣り出したって訳? セトのお爺ちゃんの策略かな? そう言えば姿が見えないようだけど?」
「へっ! 不意さえ突かれなけりゃ、てめぇを正面から叩き潰すのなんざ訳ねぇんだよ! 俺達だけで充分って事に気付けよ」
嘲笑うラーヴァナにテスカトリポカも同調する。
「そういう事だ。既に下界でも3国連合による、お主の領域への総攻撃が始まっている。……残念だ、ロキよ」
テスカトリポカは既にフォーティア達に脅威は無いと判断して、ロキに対して魔力と殺気を膨れ上がらせる。
そして始まる邪神同士の潰し合い。強烈な魔力が縦横無尽に飛び交うが、やはり2対1のハンデが大きいのかロキが次第に追い詰められてきた。
「ふへへ、いいザマだぜ、ロキよぉ。おめぇがハデスにしたように、塵一つ残さず消滅させてやるぜ」
勝利を確信したラーヴァナが嗜虐的に嗤う。流石に厳しい表情になっていたロキだが、その時ふと何かに気付いたように顔を上げ、そしてニンマリと笑った。
「ふーん、やるもんだねぇ? まさか〈御使い〉無しで、本当に〈要石〉を破壊できると思わなかったよ」
「何……〈要石〉だと? お主……」
テスカトリポカがその様子に訝しむような声を上げたその瞬間――
――パアァァァンッ!!!
何かが弾けるような音と共に強烈な光が発生する。
「む……!?」「何だぁ!?」
邪神達はその光から顔を背けるように遠ざかる。だが対照的にフォーティアとテンパランシアの姉妹神は、信じられないような思いでその光を食い入るように見つめた。
「こ、これは、まさか……?」
「……サピエンチア姉様!?」
その強烈な光が収まった時、そこには怜悧な雰囲気の1柱の女神が佇んでいた。
「……フォーティア、テンパランシア。よく私がいない間持ち堪えてくれました。しかし……」
姉妹神の長女サピエンチアは、冷たい瞳で妹達を睥睨する。
「フォーティア。あなたが安易に〈御使い〉に頼ったせいでそれを奴等に模倣され、結果イシュタールは取り返しが付かない程に混迷を極めてしまいました」
「う……」
フォーティアが俯く。それは言い訳のしようのない失態であった。邪神達もまた異世界から人間の魂を召喚できるなどとは思いもよらなかったのだ。結果〈王〉という、とんでもない化け物達を作り出してしまった。
「……と思っていたのですが、あの〈王〉という存在は、怪物となった男達をその強大な力で組織的に統制するという意味では、むしろプラスに働いた面もあるようです」
「え……!?」
フォーティアが今度は思わずといった風に顔を上げる。しかしその時にはサピエンチアは厳しい表情で敵を見据えていた。
「とは言え、今はそれらの是非を詮議する時ではないようですね」
その視線の先では2柱の邪神……テスカトリポカとラーヴァナが、強大な魔力を発散させながら迫って来ていた。
「ふむ、サピエンチアか。これが貴様の企みであったというなら浅はかというしかないぞ、ロキよ?」
テスカトリポカが意識体の触手群を伸ばしてくる。ラーヴァナはロキを牽制している。
「はっ!」
サピエンチアが素早く障壁を張り巡らせる。触手は障壁と拮抗して押し合いになる。
「フォーティア! テンパランシア!」
「……! は、はい!」
姉神からの指示で弾かれたように立ち上がった姉妹は、テスカトリポカに神術で攻撃を仕掛ける。サピエンチアと拮抗しているテスカトリポカにそれを防ぐ手段は無い。そう思われたが……
「……だから浅はかだと言うのだ」
「ッ!?」
左右からテスカトリポカに攻撃を仕掛けようとしていたフォーティアとテンパランシアが、突如現れた……
「く……これは!?」
姉妹がもがくが、柔毛はまるで絡みつくようにまったく解けなかった。
「ひょっひょっひょ……またこの感触を味わえるとはのう」
耳障りな笑い声と共に姿を現したのは……最後の邪神、セトであった。
「おのれ……やはりお前もいたのですか……!」
サピエンチアが障壁を張りながら歯噛みする。セトが嗤う。
「当然じゃ。ロキの奴めが何か企んどる事は明らかじゃったからのう。敢えて泳がせておいたんじゃよ」
「そういう事だ、サピエンチアよ。お前が復活した事は驚いたが、大勢を覆す程ではない。お前達姉妹は4柱揃わねば真の力を発揮できんのだからな」
「く……!」
テスカトリポカの言葉にサピエンチアが再び呻く。確かに末の妹神ユスティジアが未だに封印されたままでは、力で対抗する事は不可能だ。
「ははは! 残念だったなぁ、ロキ? てめぇの小賢しい企みはここで終いだ。俺達を裏切った事を後悔しながら消滅しな!」
ラーヴァナが嗤いながらロキに対して剣山を突き出そうとするが、ロキは薄笑いを浮かべたままだ。
「てめぇ、何笑って――」
「……そう。姉妹神は4柱揃わないと真価を発揮できない。で、最後のユスティジアだけど……不意打ちで
「ああ? 誰って、そりゃ……」
「……! ロキ、貴様まさか……?」
テスカトリポカが何かに気付いたようにロキの方を振り返る。ロキが増々笑みを深くした。
「あはっ! 遅いよ、気付くの」
ロキが手を翳すと空間に新たな穴が出現し、そこから光と共に……
「ユ、ユスティ、ジア……?」
サピエンチアの呆然とした声。勿論フォーティア達も唖然としている。光と共に現れたのは紛れもなく、やや幼い容姿の4姉妹の末妹ユスティジアであった。
「あなた……いつの間に――」
「ごめんなさい、お姉様! 私、この男に『監禁』されてたんですぅ!」
「な……!?」
ロキを指差して喚くユスティジア。再び唖然とする姉神達。
「時が来たら解放してやるからって言われて……すごい強力な結界が張られてて脱出できなかったんですぅ!!」
「む、む……ロキよ。お主が度々『野暮用』があるからと姿を消していたのは……」
それを聞いたセトが唸る。ロキが肩を竦めた。
「勿論、この子を閉じ込めてる結界の修復の為だよ。ちっとも大人しくしてくれないから、閉じ込めておくのも一苦労だったよ」
「……ッ!」
セトの顔が引き攣る。つまりロキは最初からこの展開への筋道が出来ていたのだ。
「さあ、ユスティジア! 今は先にやる事があるんじゃないかな!?」
「……! うぅ……! こいつの言う通りにするのは癪だけど……お姉様達を助けなきゃ!」
ユスティジアは決心すると、サピエンチア、フォーティアとテンパランシアにそれぞれ光の帯を飛ばした。その光の帯は4姉妹の間を連結された。
「……っ。とりあえず詮議は後です! フォーティア、テンパランシア……! 行きますよ!」
「は、はい! お姉様!」
光の帯によって連結された事で4姉妹の身体が途轍もない光に包まれる。同時にフォーティア達を拘束していた柔毛も弾け飛ぶ。
「むむ……!」
「セト老よ。ここで退いても我等に帰る場所は無い。ならば選択の余地はあるまい」
テスカトリポカが厳しい表情でセトを促す。
「は、ははは! 面白れぇ! こうなったら正面から叩き潰してやらぁ! 今度は封印なんざ生ぬるい真似はしねぇ。跡形もなく喰らい尽くしてやるぜぇ!」
ラーヴァナが真っ先に全ての剣山を4女神に向けて殺到させる。
「む……ええい! 仕方あるまい! こうなれば殺るか殺られるかじゃ!」
セトも更に大量の柔毛を出現させて4姉妹に伸ばしていく。勿論テスカトリポカも空間全体を覆い尽くす程の大量の触手群を一気に叩きつける。
因みにロキは
3柱の邪神の強大な魔力が女神達を圧し潰さんと圧力を強めてくる。下界が丸ごと消滅するかのような途方もない魔力の奔流だ。女神達が単体でこれを受けていたら、抵抗の暇すらなく文字通り一瞬で消滅していた事だろう。だが……
「ぬぅ……馬鹿な……!」
4姉妹を中心とした光のドームは、外側からの邪神の圧力を跳ね除けてどんどん大きくなっていく。やがてそれはこの空間全体を光で塗り潰す程に肥大化した。当然、3柱の邪神達を巻き込んで……!
「ひょっひょっひょ……獅子身中の虫を見抜けなかった時点で、この結末は決まっておった訳じゃな……」
「ぬぅぅぅぅ……! あり得ねぇ! シーター……! もう少しで、今度こそお前を俺のモノに……」
「おぉ……ケツァルコアトルよ……。残念だ。お主との決着、あのような形では……」
膨大な光の奔流に巻き込まれた邪神達は一溜まりもなく、3者3様の断末魔を残してこの世界から跡形もなく消滅した。
やがて光が収まると、そこには4柱の姉妹神の姿だけがあった。
「ふぅ……終わった、ようですね……」
サピエンチアがホッと息を吐く。フォーティアとテンパランシアも虚脱したようにその場にへたり込んでしまう。
「ね、姉様! 会いたかった! 心配かけてごめんなさい!」
そんな姉達にユスティジアが抱き着く。
「ユスティジア……いいんですよ。あなたが無事で本当に良かった」
「姉様……!」
サピエンチアの言葉に、ユスティジアは増々感極まって抱き着く。
「ふふふ……いやー、感動的な場面だね」
だがそこに水を差すような少年の声と乾いた拍手の音が響く。
「……! ロキ……あなたが何を企んでいたにせよ、これで終わりです。私達が4柱揃ったからには、もうお前達の思い通りにはなりません」
フォーティアが立ち上がって、姉妹達を庇うように前に進み出る。ロキが肩を竦める。
「別にいいよ。前に言ったでしょ? もう僕がこの世界に直接手を出す事はないってね」
「…………」
「と言うより、もう僕がやるべき事は全部終わってるのさ。後は下界にいる彼等が勝手に盛り上げてくれるよ」
「あ、あなたは……。あなたの目的は一体何なのですか!?」
フォーティアはワナワナと震えながら絞り出すような声でロキに問い掛ける。またはぐらかされると思いきや、ロキはニィッと口の端を吊り上げて笑った。
「そうだね。もう仕込みは済んだし、教えてあげるよ。僕の本当の目的。それは…………」
そしてロキの口から語られる真相。フォーティアのみならず姉妹達全員の目が驚愕に見開かれる。
今、イシュタールを巡る運命の戦いは最終局面を迎えようとしていた……
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