第189話 堕天使、敗北


(やった……!)


 喜び勇んだ舜は更に追撃の魔法を加えるべく魔力を練り上げる。だが……


「――おらぁぁぁっ!!」

「……!」


 炸裂した電撃から立ち上もる爆炎を突き破って白い巨体が現れる。白く輝く甲冑には傷らしい傷も見当たらず、相も変わらず磨き抜かれた静謐さを保っていた。



「今度はこっちの番だなぁ!」



「――っぇい!!!」


 まだ距離が離れているにも関わらず、松岡が舜に対して剣を振り下ろす。剣が纏っていた光がその軌跡に沿って、まるで刃のように射出・・された!


(なっ――!?)


 舜は慌てて回避しようとしたが、初見の魔法だった事、そして文字通り光の速さで迫る刃に対して反応が遅れた。


 光の刃は舜の身体を斜めに両断した!


「……ッ!」


 やられた! と思い自らの身体が真っ二つに分れる様を想像した舜だったが、何故か光の刃が通ったはずの身体には傷一つ付いていなかった。


(……? 何だ? 不発? いや、でも………………うっ!?)


 一瞬戸惑った舜だったが、次の瞬間とてつもない激痛が身体を支配した。それはまるで鋭い刃物で身体を斬られたような……



「う……ぐぁぁぁぁっぁぁぁぁっ!!?」



 激痛に悶える舜。身体にはどこも傷を負っていないのにこの痛み。舜は激痛に苦しみながらも、この痛みがたった今身体を通り抜けた光の刃が当たった場所だと気付いた。


(ぐぅ……! ま、まさか……)


 舜が愕然とした目を向けると、その苦しむ様を眺めていたらしい松岡が笑った。


「くく……いいザマだな、シュン。俺のこの光刃の魔法は、相手の身体じゃなくて精神を傷つける魔法なのさ」


「せ……精神……?」


「ホントに斬られたみたいな痛みだったろ? こいつで首を斬ったらどうなるか試してみるか?」


「……く!」


 松岡が再び剣に光を纏わせたのを見て、舜は歯ぎしりしながらも急いで結界を張り巡らせる。後手に回るのは不本意だが背に腹は代えられない。


 だが松岡はお構いなしに今度は薙ぎ払うような軌道で光刃を放ってきた。光の軌跡は舜の結界に弾かれ…………ずに、素通りした!


「……ッ!?」


 反射的に身体が逸れた事で首を通過するのは避けられたが、胸の辺りを上下に両断する軌道で光刃が通過した。


「ぎ……ッ! ぁ……!!」


 脳が焼き切れるような激痛に支配され、一瞬声が発せなくなった。相変わらず身体には傷一つ付いていない。しかしこの痛みは紛れもなく『本物』だ。


「精神に作用するなんてまどろっこしい効果の代わりに、こいつは結界じゃ防げねぇのさ。尤も身体を傷つけないって特性は、少なくともこの状況では便利だよな。何せこの後、お前の事を頂く・・つもりなんだからよ」


「……!」


 兜のバイザー越しに確かに好色な視線を感じ取って、舜の全身に再び怖気が走る。



 そうだ。戦闘に気を取られて忘れていたが、もしこの戦いに負けると待っているのは、恥辱と苦痛の生き地獄だ。色々な意味で絶対に負ける訳には行かないのだ。



「う……おぉぉぉぉぉっ!!」



 気合で強引に苦痛を押し殺して魔力を全開にすると、舜は両手にサーベルを作り出した二刀流で、敢えて自分から松岡に斬りかかる。


 結界でも防げないあの光刃の魔法を連発されるのは極めてマズい。あんな物を何発も喰らったら、冗談抜きにショック死しかねない。


 であるなら対策は一つだ。即ち魔法を使わせない接近戦しかない。先程の攻防から判断するに、それでも分がいいとは言えないが、他に選択肢は無かった。


 右手のサーベルで連続突きを仕掛け、その隙を突いて左手のサーベルで急所を狙う……。



「は……ははははっ! いいぜ、シュン! 中々いい! もっと俺を楽しませろよ!」


「く……!」



 だが松岡はその全ての攻撃を、自らの剣と盾を巧みに操って捌き切った。神化種になったからといって技術まで上がる訳では無い。しかし松岡の動きは明らかに素人の力任せによるものではなかった。


「はっ、驚いたか? 俺達はこの世界にきて5年以上は経ってるんだぜ? その間ただ女抱いてるだけだと思ってたのか? こちとら国中の〈貴族〉共を相手に戦闘訓練は飽きるくらいに積んでんだよ!」


「……!」


 魔力や身体能力は勿論、技術でも上回られてしまえば、最早舜に勝ち目は無かった。


「おらっ!」

「が……!」


 舜の攻撃を逸らした隙を突いて、松岡のシールドアタック。まともに食らった舜は苦痛に呻き硬直してしまう。そこに追い打ちを掛けるように距離を離した松岡から、光刃の魔法が叩き込まれる!


「……ッぁ!!!」


 為す術も無く光の軌跡に頭頂から股間まで一刀両断された舜は、一瞬だが完全に意識が飛んでしまい、遥か下の地面に向かって落下する。


「あがっ!?」


 高所から石畳に叩きつけられた衝撃で息を吹き返す舜。街の広場のような場所だ。



 街の上空での白と黒の異形の天使同士の戦いは、ニブルヘイム中の住民達に目撃されており、広場を取り巻くように野次馬が集まって来ていた。大半が〈市民〉のようだが、中には〈貴族〉と思しき者や奴隷の女性の姿まであった。


「へへへ、お前の敗北と隷属を知らしめるには絶好の舞台だな」


 6枚の翼をはためかせて悠然と広場に降り立った松岡が、周囲を見渡しながら言った。


「ぐ……うぅ……」


 舜は必死に起き上がろうとするが、松岡から受けたダメージと落下の衝撃によって身体が思うように動かない。松岡がそんな舜の肩を足で踏みつける。


「がぁ……!?」


「無駄に足掻くんじゃねぇよ。もう勝負は付いた。お前の負けだ。こっからは調教・・の時間だ」


「……ッ!?」


 思わず目を剥いた舜の視界を、松岡が剣に纏わせた白い光が覆い尽くした。


「ま、まさか……」


「そのまさかだ。さあ……何回目・・・で音を上げるかなぁ?」


「や、やめ――」


 舜が言い掛けた時には、松岡が突きつけた剣から光刃が放たれていた。光はそのまま舜の心臓がある辺りに吸い込まれる!



「ぎっ……! あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」 



 絶叫。恥も外聞もなく泣き叫んだ。心臓を貫かれるという、生きている間には絶対に体験する事はないであろう痛みを強制的に体験させられているのだ。


 ギャラリー達は苦しみ悶える妖艶な女堕天使の姿に一様に興奮して、中にはその場でズボンの中に手を入れて扱いて・・・いる者もいた。奴隷の女性達は痛ましそうに目を逸らして耳を塞いでいる。


「はははは! いいザマだな、おい!? おら、まだまだ行くぜ!」


 哄笑と共に松岡が更なる光刃を繰り出してくる。それは胴体を輪切りにした。


「あぎゃあぁぁっ!!」


「次は両腕だ!」「がああぁぁぁっ!?」


「そら! 両脚もだ!」「……ッ! ……!!」


 一太刀ごとに舜の身体がバネ仕掛けのように飛び跳ねる。痛みだけが支配し他に何も考えられない。


「くくく……達磨だるまになった気分はどうだよ? さぁて、それじゃいよいよ最初の宣言通り……首、いっとくか?」


「――ッ!?」


 焦点の合わなくなっていた舜の反転した瞳が、これ以上ないくらいに見開かれる。涎が垂れて半開きになっていた口からうわ言のように声が漏れる。


「あ……あぁ……い、いや……やめて」


 弱弱しい悲鳴。その外見の通りの暴力に怯える女性のような声を上げて縮こまる。そこには最早〈神化種〉としての威厳など欠片も存在していなかった。


 だが松岡は容赦なく光を纏った剣を振り上げる。


「へへへ、やめて欲しかったら、何を言えば良いかは解ってるよなぁ?」


「……!」


 服従の言葉。だがそれを口にしてしまったら、大切な何かが折れて二度と修復できない……。そんな確信がある。


 躊躇する舜に松岡が嗜虐的に嗤う。


「ああ、別にいいんだぜ? そんじゃ首を切り落とされる感触、存分に味わってくれや」


「ひっ――!?」


 容赦なく剣を振り下ろそうとする松岡の姿に、遂に舜は陥落・・した。


「た、助けて……ふ、服従、しますから……」


「……あん? 何て言ったんだ? ここにいる奴等全員に聞こえるように言えよ」 



「……ッ! お、俺の負けです! 従います! だ、だから、命だけは助けて下さい! 何でもしますからっ!!」



 悲鳴に近い叫び声で服従の言葉を口にする舜。それは決定的な一言だった。松岡がゆっくりと剣を下ろす。



「く……くくく……遂に、言わせてやったぜ。長かったぜ、この6年間……。お前は今日から俺専用の奴隷だ。いいな?」


「…………」


 舜がショックから黙っていると、松岡がその長い紫髪を掴み上げた。


「あぅ……!」


「いいなって聞いてんだよ。返事は?」


「ぅ……は、はい……」


 松岡が髪を離すと、舜は力なく四つ這いの姿勢になった。その舜の目の前に松岡の武骨な鉄靴に覆われた足が差し出される。


「舐めろ」


「……え?」


「え、じゃねぇよ。俺の靴を舐めろって言ってんだよ」


 松岡の剣に再び光が纏わされていくのを見た舜は恐怖に支配されて、慌てて松岡の足の前に這いつくばった。ゆっくりとその頭が松岡の靴に近付いていく。そして……



「く……はは……ははははははは!! 最高だぜ、シュン! ようやくお前を屈服させる事が出来た! ただ殺すだけじゃ飽きたらねぇ。これからじっくりと俺の復讐を完遂させて貰うぜ、はははは!!」



 衆人環視の中屈辱の行為を強要されている舜を見下ろしながら、神聖なる騎士の姿をした松岡は堪え切れないように哄笑を上げ続けるのだった……

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