第167話 対ミッドガルド対策会議

 とりあえず水浸しになった部屋を呼び寄せた奴隷の女性達に掃除させ、改めて仕切り直しとなった。  

 押し掛ける形で、予定外の急遽の参加となったオケアノス王国の〈女王〉と〈公爵〉の為の席も用意された。


 シャチ型の公爵の席は普通の椅子であったが、〈女王〉の『席』は本人の希望により、中が水で満たされた直径が2メートル以上、深さも1メートル以上ある大きなかめが用意され、その中に入って上半身だけを縁に出しての参加となった。


 仕切り直しに当たって、互いの自己紹介だけは済ませておいた。ロイドはこの『対談』の最終的な参加メンバーを頭の中で整理しておく。




 まず自分達ラークシャサ王国からは、〈王〉の金城、そしてカブト虫の〈公爵〉のギリウス・キンズバーグ、〈子爵〉の自分ロイド・チュールだ。


 バフタン王国からは、〈王〉の梅木、そして獅子の〈公爵〉シュテファン・アイゼンシュタット、〈伯爵〉ヴォルフ・マードックの3名。


 アストラン王国からは、〈王〉の吉川、クロコダイルの〈公爵〉ヒルベルト・アラニス、〈侯爵〉アレクセイ・ナザロフの3名。


 そして飛び入り参加のオケアノス王国から、〈女王〉の浅井、シャチの〈公爵〉セドニアス・ラングの2名。


 以上の計11名がこの『対談』の参加者だ。




「さて、あんた達に任せてると話が進まないから、ここは私が進行役を努めさせてもらうわ。異存は無いわよね?」


 本来呼ばれていない押し掛けの立場であるにも関わらず、さもそれが当然のように宣言するオケアノス〈女王〉――浅井に、金城が低い声音で話しかける。


「……浅井。シュンから聞いたぞ。お前が吾の『秘密』を暴露したと……。吾がこの場でお前の首を捩じ切らんでいる理由があれば是非伺いたいものよな」


 その言葉にセドニアスが腰を浮かしかけるが、浅井は手で制した。そしてクスッと笑う。


「あら? あの時はあなただって私を酷い言葉で、それも公衆の面前で悪罵したじゃない。あれで私クラス中の笑い者になったのよ? 耐え難い屈辱だったわ。そのお返しをしただけよ。しかも私はあくまであのグループ内でしか言わなかった。クラス中に暴露しなかった事をむしろ感謝して欲しいわね」


「ぬ……」


「ふふ……ねぇ? あの時あなたは酷い言葉で私を罵ったけど、今の私はどうかしら? やはり『見るに堪えない汚物』なのかしら?」


「……!」


 浅井が自分の乳房を揉みしだき、その美貌と共に見せつけるように突き出すと、金城が息を呑むような気配を見せた。浅井は笑みを深くする。


「うふふ……その顔じゃ表情は解らないけど、それでも私には解るわ。今の私の姿を見た瞬間、あなたの中にあった私への怒りは形骸化したという事が。『女』って自分に向けられる視線の種類には敏感なのよ? 例えそれがあなたみたいな蟲の怪物の視線であってもね。ムッツリスケベなのは相変わらずのようねぇ?」


「ぬ……ぐ……くそ! 勝手にするがいい!」


 金城が腕と触腕を組んでそっぽを向く。どうやら2人の間での問題は決着が付いたらしい。今頃金城は表情の出ない蟲の顔である事を感謝しているのかも知れない。


「ふふ、そうさせてもらうわ。あなた達もそれでいいわね?」


 水を向けられたもう2人の〈王〉、梅木と吉川だが、梅木は忌々しげに舌打ちしただけで何も言わなかった。


 一方で吉川は、それはもうあからさまに浅井の顔や胸をガン見していた。


「……吉川?」


「ん? おぉ、わりぃわりぃ。へっ! 俺は別に構わねぇぜ? つーか、未だにおめぇが浅井ってのが信じられねぇぜ。まあさっきの金城とのやり取り聞く限りじゃ信じるしかねぇようだが」


「そういう事よ。あなた達と同じように私も生まれ変わったの。今の私こそが本当の私よ。……さて、皆の同意も得られたようだから『本題』に入りましょうか」



 浅井が場を取りまとめる。



「……あなた達が聞いてるか解らないけど、先日私の守護神であったハデス様が滅ぼされたわ」


「「……!」」


 〈王〉達の息を呑むような気配。守護神に関しては〈王〉達が言っているだけで、直接相対した事のないロイド達にはピンと来なかったが彼等の反応を見る限り相当な重大事項のようだ。


「やはり事実であったか……。となるとラーヴァナ様の仰っていた事にも真実味が出てくるな」


 金城が腕を組みながら唸る。


「しかし本当なのかよ? その……ロキ、神がそれに関わってた可能性があるってのは?」


「現状ではなんとも言えんな。だがその可能性は高いと見ていいだろう。フォーティアとテンパランシアの2柱だけでハデス神を滅ぼしたとは到底信じられんというのがセト様のお考えだ」


 梅木も金城に同意する。


「私も全く同じ意見よ。そしてそんな大胆な行動を仕出かした以上、ロキがこのまま何も仕掛けてこないというのはあり得ないわ」


「で、あろうな。だからこそ我等にこうして自衛・・の為に一時的に団結するよう、神託が下されたのだからな」


「自衛、か。本当に松岡が仕掛けてくると思うか?」


 梅木の問いに金城はその蜘蛛のような頭を振る。


「来る、と吾は考えている。この6年、松岡は奴にしては不自然なほどに静かだった。まるで何かをひたすらに待ち続けていたような……」


「な、何かって何だよ?」


「解らん。吾は一度だけ松岡に会った事があるが、何を考えているのか全く解らん奴になっていた。表面上はかつての松岡と何も変わらないように見えたが、吾には解った。あれは何か……全く別の物を見据えているような……そんな狂気とも言えん得体の知れぬ物を感じた。以前の松岡は、悪く言えばもっと単純で……あのような目をする男では断じて無かったのだがな……」


「…………」

 金城の独白に吉川も押し黙る。


「ふん、それだけあの倉庫跡での出来事がショックだったんじゃないのか? セト様から聞いたが松岡の奴、死ぬ前にシュンに相当無様に命乞いしたらしいぞ?」


 その梅木の言葉を聞いた吉川が、自らの不安を払拭するかのように引き攣った笑い声を上げる。


「へ……へへ、マジかよ、そりゃ。ダッセェ奴だな! 松岡の野郎も所詮その程度って訳だな。あいつ等が何企んでるか知らねぇが、こうして俺等が曲がりなりにもつるんじまった以上、もうあいつに勝ち目はねぇだろ? 何も恐れる必要なんかねぇぜ!」


「そう上手く行けばいいけどね」


 浅井が文字通り水を差した。


「あん? 何だよ、浅井。お前も松岡の事恐れてんのか? てか、お前等って一応小学校の時からのダチなんだよな? お前から松岡に話し合いとか出来ねぇのかよ?」


「言われるまでもなく、とっくにやってみたわよ。門前払いで一切の対話を拒否されたけどね。だからこうしてここに来たって訳」


 浅井が自嘲気味な様子で肩を竦める。


「何か企んでるのは間違いないわ。そしてロキ神の性質からしても、私達がこうして団結するという事態も想定しているはず。何の勝算も無いとは思えないわ」

 

「ふん……となれば奴の企みをむざむざ待ってやる理由はどこにもあるまい。幸い『神』からの許可は出ている……と言うより『ルール』を破ったのは向こうが先だ。奴等が何かするより早く、こちらから攻め込んで完膚なきまでに叩き潰してやればいい」


 強気な発言は梅木だ。その身体からは既に凄まじい闘気が立ち昇っている。ほっとけばこのままミッドガルド王国に突入していきそうな勢いだ。


「それすらも予測して待ち構えているかも知れんだろう? 何の備えも無しに相手のホームグラウンドに飛び込むのは蛮勇と言う物だ」


「だったらどうしろってんだ!? 攻めるのも危険、待ってるのも松岡が何か仕掛けてくるかも知れなくて危険、と来ちゃどうしようもねぇだろうが! そんな事言ってたら何も出来ねぇぜ!?」


「そう……なのよねぇ。現状は八方塞がり。何かロキや英樹の裏を掻けるような一手があればねぇ……」


 浅井が物憂げな表情になる。その絶世の美貌はそんな表情も様になっていた。



「あの……」



 基本的に〈王〉達のみで進行している『会議』に割り込む声が……。



 挙手をして意図的に注目を集めるのは……ロイドであった。キンズバーグが焦ったように制止しようとする。


「ば、馬鹿者! 男……子爵風情が〈王〉達の思索を邪魔するでない!」


「いや、構わぬ。どの道行き詰っておるしな。ロイドよ、何か意見なり考えなりがあるなら遠慮せずに申してみよ」


 金城の許可を得てロイドが居住まいを正す。


「ありがとうございます、陛下。それでは失礼致します。ミッドガルド王国の裏をかく一手……僭越ながらそれは一つしかないと愚考致します」


「あら……それは是非お聞かせ願いたいわね」


 浅井の視線が鋭くなる。ロイドは頭を下げる。


「はい……。お話を聞く限り、ミッドガルド王国の〈王〉は、この三国……いえ、オケアノス王国を含めた四国の同盟すら予測して対策を立てているかも知れないとの事。ならば……連中の予測していない戦力を増強してやれば良いのです」


 静かに告げるロイドに早速疑問の声が。


「はあ? お前何言ってんだ? 既に俺等が全員集まってんのに、これ以上どこにそんな戦力があるんだよ?」


 吉川だ。この場にいる半数程の者達は吉川と同じように疑問符を浮かべている。だが残りの半数はこれだけでロイドの意図を察した様子であった。


「なるほど……ここで絡めてくるか」


 ヴォルフが感心したように頷く。


「ヴォルフ。お前には奴が何を言っているのか心当たりがあるのか?」

「ええ、まあ……」


 獅子公爵のシュテファンからの問いに、ヴォルフは咳払いして発言する。


「陛下を始め〈王〉の皆様方には少々受け入れがたい話かも知れませぬが……皆様に匹敵する、いや、一度は皆様に勝利すらしている強大な力の持ち主がいる事をお忘れですか?」


「……!」


 驚いたように目を剥いたのは梅木と吉川の2人だけだ。金城と浅井は既にロイド達の発言の意図を読み取っていたらしく、低く唸りながら考え込む姿勢になる。


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