第162話 出立
「シュン、詳しい話はレベッカ達から聞いたわ。……行くのね?」
「はい……。済みませんが俺がいない間の事、宜しく頼みます。久しぶりに会ったロアンナさんに即こんな事を頼むのも気が引けるんですが……」
「馬鹿ね。あなたはそんな事気にしなくていいのよ。こっちの事は私達に任せておきなさい。あなたはあなたの役目を全うするのよ」
「ロアンナさん、ありがとうございます」
王都イナンナの城門前。ミッドガルド王国へと出立する舜への見送りに、主だったメンバーが集っていた。その中には定期的な『狩り』から戻ってきたばかりのロアンナの姿もあった。
彼女は本人の意向もあって正式には戦士隊に所属していないが、その技術を惜しんだレベッカに懇願され、オブザーバーという形で戦士隊に関わる事となった。
今まで通りに『狩り』は許容されているが、こうして定期的にイナンナに戻ってきて、戦士隊にレンジャーとしての様々な知識や技術を教授する、いわば非常勤の外部講師のような役割を担っている。
舜の出立に間に合った事もあって、こうして見送りのメンバーに参加してくれたのだった。後ろから莱香がおずおずと進み出てくる。
「舜……お願い。絶対に無事に戻ってきて。それと……出来ればだけど松岡君とは一度よく冷静に話し合ってみて。きっと何か大きな誤解があったのよ。だから……お願い」
「莱香……それは向こう次第だし、確約は出来ない。でも善処はすると約束するよ」
「舜、ありがとう……。うん、それだけで充分よ。きっと無事に戻ってきてね」
莱香が遠慮がちに俯くと、それを見かねたレベッカが莱香の肩を叩く。
「おい、暗い顔をするな、ライカ。そんな辛気臭い顔をしていてはシュンも安心して出掛けられんぞ? シュン! 私から言う事は特に何もない。私はお前を信じているからな!」
「レベッカさん……。ふふ、ありがとうございます。俺もその期待に応えなくちゃなりませんね」
「……ッ! う、うむ! そういう事だ! 胸を張って行ってこい!」
そうして恋人3人と別れを惜しんでいると、そこにまるで割り込むように入ってくる影が一つ……。
「シュン……様。無事の帰りを心よりお待ちしております」
ミリアリアだ。隊長であるレベッカも無視して、ひたすらに舜だけを見据えている。
「ミ、ミリア、リア……さん。い、行ってきます。留守の間は宜しく頼みます……」
舜はこの場で何か変な事を言い出さないか、若干気が気でなかったが、幸いそこは分別があるようで余計な事を口走ったりはしなかった。だが隠しようも無いその表情は、完全に愛しい者を見る女性のそれであった。
「ふふ、はい。万事お任せくださいませ」
そしてその声音も……。レベッカが呆気に取られたように問い掛ける。
「お、おい、ミリアリア?」
「何ですか、隊長?」
「あ……い、いや、何でもない。うん」
レベッカの方に向き直ったミリアリアの顔と声は既に
「あー……おほん! そ、それじゃあそろそろ出発しようと思います」
微妙な空気になりかけていた場を誤魔化すように舜が咳払いする。リズベットとルチアもやってくる。リズベットは場の空気に気付いたのか少し居心地悪そうにしていたが、舜に言葉を掛ける為に敢えてそれを無視した。
「シュ、シュン様。我々一同シュン様の無事を祈っております。どうかお気をつけて……」
「ありがとうございます、リズベットさん。行ってきます」
舜はそう言うと手に持っていた袋を掲げた。そしてルチアの方を見た。
「ルチア様、以前お見せ出来なかった俺の〈
「う、うむ。早くやってみせてくれ……!」
ルチアは大人の女達の微妙な空気には全く気付かず、興奮で鼻息を荒くしていた。
舜が手に持っている袋には、オケアノス王国からせしめてきた大量の貨幣……ゲールが詰まっている。ゲールには魔力が込められており、これを利用する事で神膜内であっても神化種への変身を(一時的にだが)可能とするのだ。
そして神化種の魔力を用いて一気に、〈魔人種〉の使者が待つ神膜の境目まで飛行していく事になる。一切の油断はなしだ。最初の使者に会う段階から神化種に変身し、どんな不測の事態にも対応できるよう万全の態勢で臨むつもりだ。
「行きます……!」
袋の中のゲールの魔力を一気に解放する。一つ一つはそれ程でも無いが、これだけ大量のゲールの魔力を同時に解放すれば、瞬間的に莫大な魔力が発生する。そう、それこそ神化種への変身を可能とする程の――
舜の身体が赤紫の球状の光に包まれる。
「おぉ……!」
ルチアの驚愕の声。そして間髪を入れずに発生する光の爆発。その場にいた全ての女性達が眩しさから思わず手を掲げて光を遮る。光が収まった時、そこには――
「お、おぉ……こ、これが……これが〈神化種〉……」
「ふうぅぅぅぅ……」
深く大きく息を吐く……絶世の美貌を持つ、1人の
漆黒の堕天使。それはまさに舜の神化種としての姿に他ならなかった。
ルチアだけでなく、随行してきた他の神官達や新生戦士隊の隊員達も軒並み目を丸くして絶句していた。彼女らは当然、神化種の姿自体見るのが初めてであったのだ。
「ほ、本当に……お主なんじゃな、シュン?」
やや自信なさげなルチアの確認に舜は苦笑しながら頷く。その声も高く澄んだ、そして硬質な女声であった。
「はい。この度フォーティア様より〈ルシフェル〉という名前を頂きました」
「〈ルシフェル〉……。妾達にはどういう意味を持つ名か解らんが、不思議としっくり来るのう……」
この名前自体はゲームや漫画などで舜でも見た事があった。かつて神に仕える天使でありながら神に反逆した罪で、地獄に落とされた堕天使の名前だ。
(いや……堕天使って言っても見た目がそれっぽいってだけだし、神に反逆した天使の名前を神が名付けちゃうってどうなの?)
そう思わないでもなかったが、フォーティアとテンパランシアがやけにノリノリで名付けてきたので、突っ込むのも野暮かと思って結局そのまま拝命した形だ。
「それじゃ皆、そろそろ行きます」
「うむ! 可能な限り良い成果を期待しておるが、決して無理はするでないぞ!」
そのルチアの言葉を背に、舜は翼をはためかせて、それに魔力を上乗せする事で大空へと舞い上がった。進化種の領域に入れば基本魔素による自給自足が可能なので、物資の類いは一切持っていない。身軽な物だ。
最後にもう一度莱香やレベッカ達の方を見下ろして、彼女らと目線で頷き合うと、後は北に進路を向けて真っ直ぐに飛び出していった。いざミッドガルド王国へ、そして
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