第156話 意外な即戦力

 舜は莱香の小隊を離れて、他の小隊の様子も見て回った。フラカニャーナの所は相変わらずで、まさか初日からいきなりハードトレーニングとは思ってもいなかった隊員達が、それでも頑張って取り組んでいた。フラカニャーナの小隊は元鍛冶屋や建築、農業関係など、とにかく筋力と体力重視で集められているので何とか付いていけているようだ。


 フラカニャーナは見た目からして物凄く強そうだし実際その身体能力も化け物じみているので、彼女の実力に異を唱えるような命知らずがいるはずもなく、隊長としての統率に関しては何も問題は無さそうだった。




 クリスタ小隊は斥候や奇襲などの隠密行動を得意とする部隊を目指すようだ。性格的に物静かな女性や集中力が高い、視力や聴力などの感覚が優れていると見込まれた女性などが集っていた。


 クリスタが実際に隊員達の前で気配を消す実演をしてみせると、皆一様に驚愕していた。その上で正面からの戦闘だけではない、隠密の重要性などを説明すると、感心したように頷いている者が殆どだった。上手く興味を引けているようだ。


 クリスタもその技術、実力ともに折り紙付きで、また性格も年長者の貫禄十分な為、特に大きな問題は無さそうだった。




 イエヴァの小隊は槍や剣など武器での戦闘技術が高い者を中心に集められていた。その為必然的にロージーと同じく元衛兵という女性が殆どであった。ロージーは特に神術の適性が高かった為に莱香の小隊に回されたのだ。


 クィンダムの衛兵達は基本的に槍を標準装備としているので、小隊メンバーも殆どが槍使いであったが、1人だけ剣を使う女性がいた。


 8人の中で一人だけ元衛兵ではない女性で、何と今の鳥獣種ビースティアンが支配するバフタン王国の前身となった国で騎士見習いの立場にあったそうで、幼少の頃から剣術の訓練を受けてきたとの事だ。


 そして何と、ロアンナと同じく独学で神術まで習得済みであると言うのだ。それが本当なら間違いなく即戦力である。


 で、この女性が、やはり小隊長に任命されたイエヴァの実力が知りたいと模擬戦を提案してきたのだ。



「あなた……カタリナ、で良かった? 剣の腕に自信があって神術まで使えるのに、前の戦士隊に所属していなかった理由は?」


 イエヴァの問いに、騎士見習いの女性――カタリナは少し言いづらそうな様子になる。


「それは……つい半年程前まで鳥獣種どもの奴隷だったので……。あの〈狩人〉ロアンナ様と、そこの〈御使い〉様に助けて頂いたんです。それから今までは、以前の勘を取り戻す為の自主訓練に費やしていました。神術もその間に修行しました」


「え……!?」


 急に自分の話題になり驚く舜。ロアンナと一緒に助けた奴隷となると、心当たりは一つしかない。そう言われてよく見ると、どことなく見覚えがある顔なのに気付いた。


「あ……もしかして、あの黒炎馬の時の!?」


「はい。その節は本当にありがとうございました。ようやくあの時の恩返しをさせて頂く事が出来るようになりました」



(うわ……懐かしい!)


 それは舜がこのイシュタールに来て間もない頃の話だ。莱香に至ってはまだ来てすらいなかった。時間的には半年程度だが、その間に色々濃い体験をしているのでずっと昔のような錯覚に陥っていた。



 カタリナは舜に頭を下げてからイエヴァの方に向き直る。 



「如何でしょう? 勿論私は先程の衛兵のように相手の実力を見誤ったりはしていません。あなたが我々の上に立つに足る実力の持ち主である事は理解しています。むしろ今の・・私がどの程度あなたに食い下がれるか・・・・・・・試してみたいんです。あなたにとってもメリットは充分あると考えますが?」



 先の莱香の例からも明らかなように、デモンストレーションは新しい隊員達の心を掴むのに一番手っ取り早い手段だ。ここでイエヴァの実力を隊員達に示しておく意義は大きい。イエヴァも少し考えた後、顔を上げて頷いた。


「……解った。その勝負、受けて立つ」


 カタリナは見ただけでイエヴァの実力をある程度感じられるくらいには使えるようだ。無いとは思うが、万が一負けたりしたらイエヴァの威信は地に墜ちる。そうなればこの後の部隊の運用にも支障が出てしまう。だがここはやはり受けておくべきだろう。何事も最初が肝心である。


 練兵場の隅に場が設けられ、イエヴァとカタリナがそれぞれ武器を構えて向き合う。互いに障壁が使えるので、敢えて武器は刃引きもされていないそれぞれの得意武器のままだ。



「――行きます!」



 最初に仕掛けたのはカタリナだ。彼女の得物は刀身の長い……いわゆる長剣ロングソードという奴だ。レベッカの使う小剣よりリーチが長く中距離向けだ。


 その踏み込みの鋭さは明らかに先程見たロージーを上回っている。横薙ぎに振るわれるその剣速も、もしかしたらミリアリア以上かも知れない。騎士としての訓練を受けてきたというのは嘘ではなさそうだ。


 イエヴァがその一撃を危なげなく槍斧ハルバートの柄で受けると、それを予期していたようにカタリナの剣がひるがえり、今度は正面から突きが迫る。イエヴァがそれを弾くと、何とカタリナはその勢いを殺さずに体当たりを仕掛けてくる。


 すると今度はイエヴァがそれを予想していたように後ろへ跳びつつ、ハルバートを回転させて石突きの部分を下から突き上げる。


「……!」


 追撃しようとしていたカタリナが思わず足を止めて身を逸らしてそれを回避すると、距離を取ったイエヴァが槍の穂先で連続突きを放つ。凄まじい速度で繰り出される連続突きにカタリナは一転して防戦一方になる。あのイエヴァの突きをある程度捌けているだけでも大したものだが。


「く……!」


 カタリナは歯噛みしつつ必死で捌き続けるが、このままではマズいと思ったのだろう、イエヴァが突きから槍を引き戻す瞬間を狙って強引に前に出る。そしてイエヴァが次の突きを放つ前に、長剣を彼女に向かって振り下ろす。だが……


「――!?」


 イエヴァの姿がまるで掻き消えるようにカタリナの視界から外れる。最小限の動作でカタリナの剣を横に逸れて躱したイエヴァは、その勢いを利用して柄を振り回す。弧を描くように迫った斧の刃は、乾坤一擲の反撃を躱されて体勢の崩れていたカタリナの脇腹に直撃する!


「あっ……!」


 見ていた新隊員の誰かが発した叫び。痛打の衝撃で吹き飛ばされたカタリナだが、脇腹を押さえつつ立ち上がった。確かに刃が当たったはずだが、切り裂かれている様子はない。神術が使えるというのも本当だったようだ。



「……完敗です。でもお陰で自分の今の実力を知る事が出来ました。最後のは誘い・・でしたよね? 焦って引っ掛かってしまうとは、やはり私はまだまだ未熟なようです」


 剣を収めて素直に頭を下げるカタリナ。イエヴァも矛を収めて頷く。


「そうね。……でもあなたの実力はヴァーリンの剣闘士達にも劣っていない。神術も使えるし、あなたは充分優れた剣士。私も、良い刺激になる。私も、あなた達もこれからもっと強くなっていく」


「……ッ! そう、ですね。これから宜しくお願いします、イエヴァ小隊長」


 2人の戦士は互いの実力を認め合って握手する。同じ小隊の隊員達だけでなく、いつの間にか物見高く集まっていた他の小隊のメンバー達からも惜しみない称賛の拍手が送られる。


 その後再び散っていく他の小隊とは逆に、同じ小隊の隊員達は皆イエヴァの周りに集まり、カタリナを称賛したり、自分も強くなりたいと意気込んだりしていた。



 イエヴァも上手く隊員達の心を掴む事が出来たようだ。

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