第135話 謎の助っ人

 こうして遂に7体の変異体を全滅させる事が出来た。これで今回の『侵攻』は一応防げたと言う形になる。リズベットは奮闘してくれた3人の戦士に深く感謝しながら 彼女らを治療して回った。神力を注入するだけでは応急処置が関の山なので、本格的な治療をする為には最寄りの街まで戻らなくてはならない。


 重体だったフラカニャーナとイエヴァも神力を吸収する事で何とか意識は取り戻したものの、痛々しい傷や失った血はそのままで、とても戦えるような状態ではなかった。だがもう戦闘は終わったのだ。後はゆっくり治療していけばいい。



「皆さん……本当に、お疲れ様でした。皆さんの偉業によってこのクィンダムは無事守られました。ありがとうございました」



 リズベットは未だに座り込んだままの3人に深々と頭を下げた。



「はは……いいって事さ。あたしは戦うしか能がないからね。お役に立てて良かったよ」



 フラカニャーナの応えにもいつもの覇気はない。この灼熱人をして相当に消耗しているのだ。隣で頷くイエヴァも一見無表情だが、その裏には疲労が色濃かった。



「レベッカ達の居場所を守れて良かった」


「本当にその通りですわね……。さあ、早く街に戻りません事? 私、今なら丸3日は眠れそうな気分ですわ」



 イエヴァの言葉に同意しながらも、ジリオラが本当に限界そうな口調で訴えた。リズベットが微笑みながら頷いた。



「ええ、ここでの戦いは無事終了しました。それではゆっくりで構いませんから、最寄りの街まで戻りましょうか」



 そうして女達が勝利の余韻に浸りながらも、ようやく重い腰を上げた時だった。





 何かが飛来してくるような音。


「っ! 危ないっ!」


 4人の中では比較的消耗の少なかったリズベットがそれに気付き、咄嗟に障壁を展開して他の3人を庇うように前に飛び出した。



「う! ああぁぁっ!」



 飛来してきた……巨大な火球・・・・・と衝突し、ようやく多少回復してきた神力を根こそぎ削られて吹き飛ばされるリズベット。


「ッ! お、おい……!」

「何が……!?」


 突然の事態にフラカニャーナとイエヴァが狼狽える。常の状態であればむしろリズベットより早く事態に気付き迎撃体制を取っていただろうが、如何せん2人共半死半生といった有様であり、かつ戦いは完全に終わったと思って気を抜いていた為に咄嗟には対処できなかった。ジリオラは勿論である。



「あ……あ……そ、そんな……」



 ジリオラが火球が飛んできた方向を見やって、絶望の呻きを上げる。フラカニャーナ達もその視線を追って、やはりその顔が絶望に染まる。


 彼女達の見据える先からは……5人の海洋種の姿。体色や体格からして全員が変異体だ。つい先程彼女達が死力を尽くして、満身創痍となりながら倒したのとほぼ同数の変異体が出現したのである。


 対してこちらは怪我は勿論、体力すら碌に回復できていないのだ。状況はほぼ詰みと言って良かった。



「ケッ! コンナ女共ニヤラレルナンテ情ケネェ奴等ダ! 遊ビ過ギタミテェダナ」


 真っ黒い甲殻の海老人が吐き捨てると、隣りにいた逆に真っ白い鱗の魚人が嗤う。


「ヘヘ、マア良イジャネェカ。オ陰デ後詰メ・・・ニ回サレテタ俺達ニオ鉢ガ回ッテ来タンダカラヨ!」


 すると黒海老人も下卑た笑い声を上げる。


「ハハハ、確カニナ! コノ女共、マトメテ俺達ガ頂コウゼ」


 他の3人の変異体も同意するように嗤った。彼等は目の前のフラカニャーナ達を既に「戦いの相手」として見做していなかった。


 それも当然だろう。ただでさえ女性を見下している連中なのに、今の彼女達の満身創痍ぶりを見ればそもそも戦いにすらならないには明らかだ。恐らくやって来た変異体が5人どころか1人でも勝ち目は無かっただろう。



「……イエヴァ。あんたはその2人を連れて逃げな。あたしが時間を稼ぐ」


 フラカニャーナは既に覚悟を決めているようだった。静かな口調でイエヴァを促すが、彼女は首を横に振った。


「無理。恐らく数秒持たない。私達も神機に乗れる状態じゃない」


 つまり誰もここから逃げる事はできないという事だ。フラカニャーナは肩をすくめる。


「それもそうか。じゃあ覚悟を決めな」

「もう決めてる」


 そんな2人のやり取りにジリオラと、起き上がってきたリズベットも加わった。


「私達がそう安い女ではないという事を、あの下衆共に思い知らせて差し上げますわ」


「ええ……私も覚悟を決めました。ですがただではやられません。せめて一矢は報いてみせます」


 彼女達の闘志にフラカニャーナも口の端を吊り上げる。



「はっ! 良い覚悟だね! ……じゃあ最後の徒花と行くかい」



 その言葉に全員が頷いて武器を構える。と言っても負傷が酷く、まともに構えすら取れない状態であったが。


 進化種達がそんな彼女達を見てゲラゲラと嗤う。



「オイオイ、コイツラ頭オカシイノカヨ!」


「イヤ、却ッテ面白ソウダゼ。ヘヘヘ、犯リ放題ダゼコリャ」


「オ、俺ハアノ巨乳ヲ貰ウゼ」


「俺ハアノデカイ奴ガイイ。アアイウ奴ノ方ガ締マリ・・・ガイインダヨナ」


「……オ前イイ趣味シテルナ」



 まるで卑猥な雑談でもしているかのような雰囲気。そこに「戦闘前」の緊張感など微塵もなかった。好き勝手な言われように女達が歯噛みする。


「……耳が腐る。先に行く」


 そう言ってイエヴァが先陣を切ろうとした時―― 





 ……一条の電撃が変異体の1人を貫いた!



「ウギャアアアァァァッ!」



 予想だにしていなかった事態に、何の備えもしていなかったその変異体は一瞬で黒焦げになり感電死した。驚き慌てる進化種達。予期していなかったのは女性達も同じだ。全員がギョッとしたように立ち竦む。


 今の電撃は明らかに魔法だ。そして女性は魔法を使えない。クィンダムで魔法を使える者は〈御使い〉たるシュンただ1人の筈だ。


「ま、まさか、シュン様が!?」


 リズベットが慌てたように電撃の飛んできた方向に視線を向けて……絶句した。フラカニャーナ達3人も「ソレ」を見て目を剥く。



「な、なあ……もしかしてだけど、あいつってまさか……」



 女性達、そして変異体達の視線の先には……2人の進化種・・・がいた。1人は全身が金色に輝く奇妙なかえる人であり、そしてもう1人は……コブラと人間が融合したような進化種であった。


 縦長の不気味な目と凶悪そうな細く鋭い牙。頭から背中にかけては特徴的なフード状の皮膚が広がっている。全身は茶色っぽい鱗で覆われ、上半身は両腕を備えた人間体で、下半身は尾と融合した蛇状となっている。


 リズベットが以前に見たレグバとは同じ蛇人ではあっても、種類が異なっているようだ。当然どちらも〈爬虫種〉だ。そして爬虫種の〈市民〉は蜥蜴とかげ人か蛙人しかいない筈である。つまりこのコブラ人は――



 変異体の1人から驚愕の声が上がる。



「ナ……バ、馬鹿ナ……何故、〈貴族〉ガココニ!?」

「……!!」



 自らの予想を肯定されて、特にリズベットが大きく息を呑んだ。 その驚きも当然である。何故ならこの場所は多少辺境とは言え、完全に神膜内であるのだから。「境目」ですらない。つまり〈貴族〉が入って来れるはずがないのだ。



「ふぅ……介入するべきか迷っていたが、流石に進んで死地へと向かう勇敢な美女達を見捨てるというのも寝覚めが悪いのでね。無粋だとは思ったが助太刀させて頂こう」



 その流暢な発音もまさしく〈貴族〉の証左だ。だがややキザったらしいその台詞の内容は、女性達の目を丸くさせるものだった。 



「ク、クソ! 〈貴族〉ガココニ入ッテ来レル筈ガネェ! ハッタリニ決マッテル! オ前ラ、アノ野郎ヲブチ殺セッ!」



 黒海老人の指示を受けた2人の変異体が、コブラ人に向かって殺到する。青い蟹人と赤い殻の貝人だ。どちらも〈商人〉のようだ。その間に後方に控えた白魚人が魔法を放つ準備をしている。こいつは〈僧侶〉らしい。


 コブラ人はお供の金蛙人を後ろに下がらせると魔力の武器を作り出した。それは柄の両側から刃の部分が伸びている、いわゆる両刃剣と呼ばれる類いの珍しい武器だった。使いこなせれば絶大な強さを発揮するが、それには相当の習熟が必要となる。果たしてこのコブラ人は……


 2人の〈商人〉が放った牽制の魔法を難なく結界で遮断する。青蟹人が先陣を切って襲ってくる。青蟹人が大きな剣を振りかぶった瞬間流れる様な動作で一瞬にして接近したコブラ人が、脇腹から剣を突き入れた。


「アィ……?」


 何が起こったかも解らない内に急所を貫かれた青蟹人が絶命する。見ていた女性達にも殆ど動きが見えなかった程の早業だ。慌てた赤貝人が作り出した槍で間合いを取って突きを放つ。強化魔法を併用したその突きは凄まじいまでの速度を伴っていたが、コブラ人は苦も無くそれを躱す。そして持っていた両刃剣の柄を回転させると、それに合わせて二振りの刃がまるで風車のように回転し赤貝人の槍を柄の部分から細切れに裁断してしまった。


「馬鹿ナ……!」


 咄嗟に後方に飛び退って距離を取ろうとした赤貝人の喉元に、コブラ人の投げつけた両刃剣の刃先がめり込む。


「ゴェ……!」


 魔力の武器でやはり急所を貫かれた赤貝人がうめき声と共に絶命する。2人の〈商人〉を事も無げに片付けてしまった。通常の〈市民〉なら兎も角、相手は変異体だと言うのに……! リズベット達は最早驚きで言葉も無い。


 そこに白魚人の放った巨大な火球が炸裂する。コブラ人をすっぽり収めてしまう位の巨大な火球だった。轟音。そして巻き上がる爆炎。だが煙が晴れた時、そこには結界を張ってノーダメージのコブラ人の姿があった。


「お返しだ。何、礼はいらない」


 コブラ人の手には巨大な……雷球が発生していた。雷球の魔法はかつてシュンがアストラン王国の〈王〉にダメージを与えていた事からも解るように、かなり高位の攻撃魔法だ。熱線の魔法などと同じく〈市民〉には絶対使えない魔法なのだ。


「ふんっ!」


 投げつけるように放たれた雷球は、凄まじいスピードで白魚人に迫る。躱しきれないと判断した白魚人は咄嗟に結界を張るが、雷球と衝突した結界は脆くも突き破られた。


「ギャアアアアァッ!」


 その衝撃で雷球が破裂し、放電による二次被害が白魚人の身体を包み込み、断末魔の悲鳴と共にあっという間にその身体を炭に変えた。



「クソ! クソガ! 本当ニ〈貴族〉ダッテノカ!? 一体ドウヤッテ……!」


「それをわざわざ教えてやる義理はないと思うがね? さて、まだやる気かな?」



 地団駄を踏む黒海老人に向かって余裕の様子を見せるコブラ人。



「畜生! コレハ想定外モイイ所ダゼ! 覚エテヤガレ、テメェラ!」



 相手の実力を感じ取ったらしい黒海老人は、負け惜しみの台詞と共に身を翻して撤収していった。 

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