第124話 対話の余地

 舜の方から出来る報告もそう多い訳ではない。既に〈王〉達が舜と同じ異世界から来た人間達だ、というのはレベッカ達を通して皆も知る所だ。後は神化種の事も報告した。自らが漆黒の堕天使へと変身した事。〈王〉達もドラゴン、べヒモス、アバドンなどの神話上の怪物となった事。それらとの死闘。



「ううむ、神化種、か……。何とも現実離れした……まさに神話の戦いよな。しかし何と言うか、こう……話を聞いているだけでもワクワクしてくるものがあるのう! いや、勿論不謹慎なのは解っておるのじゃが、叶う事ならその戦い、直に見てみたかったものじゃな!」



 レベッカの報告の時とはまた違った種類の興奮で顔を赤くするルチアの様子に、舜も苦笑する。



「シュンよ。お主の神化種の姿だけでも、ここで見せて貰う訳には行かぬのか? ここにいる皆が一度は見ておるのに、妾だけ仲間はずれなのは面白くないのう」


「み、見せられるものなら見せるのもやぶさかではないんですが……生憎膨大な魔力を消費しますので、神膜内ではちょっと……」 



 舜がそう答えると、ルチアは露骨に残念そうな様子を見せる。リズベットが慌てて取り為した。



「陛下はまさにこの神膜を形成しているお方ですから、そこは仕方ないかと……。しかしそのような神話の怪物すら阻む神膜を張り続けておられる陛下こそが、最も偉大なお方であられるのは間違いないかと」


「む……ふふん、そうじゃろ、そうじゃろ? もっと妾に感謝せい!」



 根が単純なのか、あっさりと乗せられて上機嫌になっているルチア。おほん! と咳ばらいをすると、今度はレベッカに問い掛ける。



「レベッカよ。よく考えたらお主はシュンと共に、3人もの〈王〉に直接相対しておるという事になるな。お主から見て〈王〉とはどんな人物じゃった? 話し合いの余地がある存在なのかのう?」



 水を向けられたレベッカは少し考え込むような素振りになった。そう言われて舜もその事実に思い至った。


 レベッカは吉川、梅木、金城と、今までに舜が戦ってきた3人全員と相対している。全く歯は立たなかったものの、全員に戦いも挑んでその強さを肌で実感してもいる。よく考えたらこれはクィンダムに於いては、相当に貴重な体験の持ち主と言っていいだろう。



「私が体験してきた限りでは……まず強さですが、これはもう我々にどうこう出来る次元ではありません。神化種の事は勿論ですが、それ以前の素の状態でも〈貴族〉以上の、次元の違う戦闘能力を保持しています。彼等とまともに戦えるのは、シュンただ1人でしょう」


「…………」


 それが過去の苦い体験を通しての、彼女の結論であった。人間がどれほどの才能に恵まれて鍛え続けたとしても、あのレベルに到達する事は不可能だ。レベッカとてそれを認められない程、視野狭窄に陥っている訳ではない。だが……



「その性質、人間性となると……一考の余地があると私は考えています。アストラン王国の〈王〉は……性格的にはただ粗暴なだけの破落戸ごろつきという印象を受けました。ただ目先の快楽に忠実な性格のようでしたから、そこを上手く刺激できれば、まだ対話の余地はあるように見受けられます」


「なるほどのう……」



 ルチアが頷く。舜は、あの短い邂逅にしては随分と的を得た人物評に驚く。



「次にバフタン王国の〈王〉ですが……あれは駄目です。恐らく対話の余地は皆無でしょう」


「そ、そうなのか?」



 莱香やクリスタもしきりに頷いているのを見て、ルチアが驚く。



「部下の進化種達にはそれなりに鷹揚なようですが、あれは私達女性を完全に「物」として見ています。恐らく碌に人格すら認めていないでしょう。クィンダムが『女の国』である限り……あの〈王〉とは決して相容れないと思われます」


「何と……そんな奴が……」



 ルチアは慄いている。梅木と相対した恐怖はその場にいた者にしか解らないが、ルチアやイエヴァ達にも相当にヤバい奴だという事だけは伝わったようだ。



「最後に……ラークシャサ王国の〈王〉ですが、この3人の中で最も話し合いの余地があるのは、間違いなくかの〈王〉でしょう」


「つい先日、この国に『侵攻』を仕掛けてきた奴じゃぞ!? それが最も話し合いの余地があると申すか?」


「……『侵攻』は恐らく条件さえ整えば、どの国でも行ってきた可能性が高いと考えられます。その一事だけで、かの〈王〉が残虐だと言い切る事は出来ないと考えます」


「む……」


「知略や戦術眼に長け、また民と同じ娯楽を楽しみ、部下を公平に扱い、その願いを聞き入れる度量もある……。そして当時奴隷だった私に対しても対等の目線で話をしてきました。……私の目には、王としての器を持った人物だと感じられました」



 やはりレベッカは金城と直接言葉を交わした際に、何らかの感銘を受けていたようだ。以前にも金城は人質を取ったりしない等、その心理をある程度理解しているかのような発言をしていた。


 起死回生の挑発が成功したから勝てたものの、もし失敗していたら舜は負けていたのだ。レベッカが褒め称える姿に、舜は男としても金城に負けたような気になって、少し悔しい思いを抱いたのは余談である。



「ふぅむ……。お主がそこまで言うからには相応の人物なのじゃろうな。それは我らにとっては朗報と言えるやも知れぬな」


「はい、陛下。ただ……」


「ん? 何じゃ、他に気になる事が?」


「はい……。かの〈王〉はしがらみ・・・・があると言っていました。だから退く事は出来ないのだと……」


「〈王〉がしがらみじゃと? それは一体……」



 レベッカが舜の方を見る。レベッカが何を言いたいのか察した舜は後を引き継ぐ。



「各国の〈王〉には、そのバックにそれぞれ異なる邪神のような存在が付いています。進化種が執拗にクィンダムに攻めてくるのは、本人達の意思も勿論あるでしょうが、大元がこの邪神達の思惑なんです」


「な……じゃ、邪神じゃと!?」


「ええ。フォーティア様以外の3柱の女神は、この邪神達に封じられているようなんです。諸悪の根源と言えるこの邪神達をどうにかしない限り、クィンダムに本当の意味で平和が訪れる事は無いでしょう」


「……!」



 ルチアが驚愕に目を見開いて絶句する。その気持ちは舜にも良く解る。いきなり邪神がどうこうと言われても、人間である自分達に一体何が出来ると言うのか……。確かに直接的には何も出来はしない。だが間接的・・・にはやれる事もある。



「丁度良い場面ですので、この場を借りて皆さんにお知らせしておきたい事があります。……次なる要石の所在が解りました」


「要石……!」



 その単語に反応したのは、かつてアストラン王国への遠征に同行した3人だ。またルチアも苦い顔をしていた。要石から噴き出す魔素の圧力で死に掛けたのは記憶に新しい。



「フォーティア様によると、その要石は妹神である、節制の女神テンパランシア様の封印の楔になっているとの事。即ちこれを破壊する事で、相対的に邪神の勢力を弱める事が可能になります。もし邪神の影響を完全に取り除く事が出来たなら、或いは〈王〉達との対話も叶うかも知れません」


「…………」



 皆、急に壮大になった話のスケールに圧倒されているようだった。だが〈王〉との対話という言葉に、ルチアがハッと正気を取り戻す。



「そ、それで、その要石はどこに……?」 


「……オケアノス王国。〈海洋種〉の領域です」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る