第111話 いきなりの遭遇

 「境目」を抜けて森に入ると、そこはもう魔素の満ちる進化種の領域だ。自分の身体に魔力が充填されていくのが解る。舜は強化魔法の度合いを上げて、超感覚と併用する事で一気に森を駆け抜けた。


 森を抜けた先に広がるのは広大な砂漠地帯だ。徐々に草木が少なくなっていく。遮る物のない砂漠は自身の立ち位置を曖昧にさせ、感覚を狂わせる。舜は進化種と同様に魔素での自給自足が可能なので、最悪野垂れ死にする心配は少ないが、それでも広大な砂漠に自分1人がポツンと佇んでいる情景は、何とも言いようのない不安感を抱かせるものだった。


「…………」

 舜はふうっと一息吐くと、魔力探知を発動させる。それも可能な限りの広範囲で発動する。すると……



(ん? これは……進化種か。それもかなり強力な奴だな。上位の〈貴族〉か何かかな。でも、他にも何か……これは、人間?)



 その強力な進化種と思われる反応の他にも、同じ場所に微弱な反応を感知する。それも複数……恐らく4人だ。魔力を感じないので進化種や魔獣ではない。



(〈貴族〉が奴隷の女性を連れているのかな? 何故こんな「境目」からそう離れていない辺境に……? とりあえず当てもないし、様子を見に行ってみよう)



 〈貴族〉と思しき魔力反応を目印に、その場所へと向かう舜。やがて遠目にそのポイントを視認できる位置まで到達した。


 感覚強化で、視力を極限まで上げて偵察する。そこには蟷螂かまきりと人間を掛け合わせてような進化種がいた。恐らくあれが〈貴族〉なのだろう。その周りに4人の女性達がいた。これが微弱な反応の正体だ。


 女性達は全員後ろ手に縛られ、首から手綱を引かれて、蟷螂人に引っ立てられている所だった。その女性達は奇妙な事に奴隷用の貫頭衣ではなく、それぞれデザインは異なるものの、皆露出度の高い鎧姿であった。そして舜は、その内の1人の鎧に見覚えがある事に気付いた。



(え……まさか、そんな……。あれは……レ、レベッカ、さん……?)



 何という奇跡だろうか。何か手がかりでも得られればいい、と思っていたレベッカ本人がまさかこんな所にいるとは。



(ごめん、クリスタさん。奇跡は早速使い切っちゃったみたいだ。他の女性達は何だろう? いや、考えてる場合じゃない。今は正に千載一隅のチャンスって奴だよな)



 レベッカ達は明らかにその意思を無視して、無理矢理連行されている様子だ。周囲には彼女達の物だろう武器が散乱しており、争った形跡がある。ならばやる事は一つだ。

 舜は手を突き出し、その先に魔力を集中させる。不意打ちで倒せればそれに越した事はない。


「はっ!!」


 蟷螂人に狙いを定めて、熱線の魔法を放つ。すると蟷螂人は直前で気付いたらしく、危うげながら熱線を回避した。



(くそ、外した……! 流石に〈市民〉のようには行かないか……)



 こうなれば隠れている意味は無い。舜はその場を飛び出すと、強化魔法を使って一気に距離を縮めていく。近付くにつれてそこにいる人間達の輪郭がはっきりと解るようになった。やはりその見覚えのある白銀のビキニアーマー姿の女性は、紛れもなくレベッカ・シェリダン本人であった。


 レベッカの方も舜に気付いたらしく、その目が驚きに見開かれる。



「あ、ああ……信じられん。こ、これは夢か? 私は……夢を見ているのか? ほ、本当にお前なのか……?」



 目の前の現実を……舜の姿を、信じられない物を見る様な目で見つめながらの言葉であった。舜は進化種の奴隷とされていたであろうレベッカの過酷な日々を想像した。そして自分が倒れた事で、どれだけレベッカを不安にさせていただろうかも。



「……レベッカさん。長く待たせてしまって、本当にすみませんでした。今助けますから、もう少しだけ待っていて下さいね」


「……ッ!」


 舜の声を聞いたレベッカの、その瞳から涙がこぼれ落ちる。他の女性達がそんなレベッカの様子を見て驚いたように、後ろ手に縛られた不自由な体勢のまま彼女に寄り添う。女性達との関係性が良く解らないが、どうやらレベッカとは友好的な間柄のようだ。


 とりあえず彼女達の方は大丈夫そうだ。舜は目の前の「問題」に意識を集中させる。






「〈御使い〉……。馬鹿な、復活したと言うのか?」



 蟷螂人が流暢な言葉で喋る。やはり〈貴族〉で間違いないようだ。



「……あんたが誰かは知らないし、レベッカさん達とどういう関係なのかも興味は無い。俺の要求は一つだ。今すぐレベッカさん達を解放して立ち去れ。そうすればこれ以上誰も傷つかずに済む」



 舜の目的は進化種の殲滅という訳ではない。戦闘を回避できるならそれに越した事はない。そう思っての提案だったのだが……



「この……小娘・・が! 私はヴァーリンの街を治める〈侯爵〉ギルサンダー・ダービーだぞ!? その見逃してやると言わんばかりの上から目線の態度、気に食わんなぁっ!」



 怒気と共に、蟷螂人――ギルサンダー侯爵から放たれる魔力が爆発的に膨れ上がる。



「お前のような小娘が他国の〈王〉を下したなど、信じられるものか! どうせ何かの偶然の結果だろう!? 私にはそんな小細工は通用せん。今ここでお前を討ち取ってやれば、先の失態に余りある大手柄だ。いや……私の妾にしてやるのも悪くはないなぁ」



 身勝手な妄想を膨らませたギルサンダーが、好色な視線を舜に向けてくる。



「…………ふぅ。そういうつもりなら仕方ないね。退かないんなら、力づくで排除するまでだ。」



 舜の手には既に魔力のサーベルが握られていた。レベッカ達を助ける為なら、戦闘を厭うつもりはない。



「ほざけ、小娘がっ!」



 ギルサンダーが両手に魔力の剣を作り出して跳びかかってきた。更に両の肩口の鋭利な鎌が首をもたげる。二刀流ならぬ四刀流という訳だ。あの熱線の魔法の精度を見たからだろう。口ではああ言いながらも、最初から全力で仕留めにきている。


「ふっ!!」


 舜はそれに対して、打ち合いではなく回避を選択する。こちらはサーベル一本なのだ。下手に打ち合っても勝ち目はない。左右から斬撃が迫る。それを回避すると、その隙を突くようにして二振りの鎌がこちらの首を狩るような軌道で迫る。鎌の攻撃を躱せば、今度は剣による斬撃が……


 四刀流は伊達ではない。その全てが互いの隙を補うようにして、かつこちらの急所を的確に狙ってくるのだ。文字通り絶え間なく繰り出される四つの剣閃は、相手に反撃の暇を与えない。事実舜も躱すのに手一杯で中々反撃できない。



「ふはは! 何が〈御使い〉だ! このまま、なます斬りにしてやるわ!」



 反撃できない舜に対して調子に乗ったギルサンダーは、増々攻撃の速度を上げてくる。流石に〈侯爵〉級ともなってくると、舜の超感覚でも目で追うのがやっとという所だ。4方向からの連撃に身体の反応が追い付かず、手や足などに攻撃が掠り始める。鈍い痛みと微かな痺れを感じるが、意図的に意識の外に締め出す。


 ひたすら相手の攻撃だけに集中して躱し続ける。舜は向こうで縛られたまま固唾を飲んで戦いを見つめているレベッカから、クィンダムでの訓練中に受けた教えを思い出していた。じっと耐え抜き「その時」を待ち続ける。


 掠りはしているものの、中々致命傷を与えられない事に、徐々にギルサンダーが苛立ち始める。そして苛立ちは判断力を低下させ、焦燥を生む。勝負を急いだギルサンダーが二振りの剣と鎌を一斉に振りかぶって、全方位からの同時攻撃を行おうとする。それはほんの僅かな、ましてや強化魔法を使用している〈貴族〉の、1秒の半分にも満たないような隙とも言えないような、ほんの僅かな空隙。


 しかしレベッカからの教えを忠実に守って「その時」を待ち構えていた舜にとっては、致命的な隙となり得た。


(今っ!!)


 考えるより先に身体が動いていた。引き絞っていたサーベルが弾丸のように撃ち出される!

 

 強化魔法を全開にした舜の一撃は、目で追えるような速度ではなく――――



「……が……あ?」



 ――サーベルはギルサンダーの喉元を貫いて、首の後ろ側まで突き出ていた。ギルサンダーの動きが完全に止まる。舜はそのままサーベルを横にスライドさせて、ギルサンダーの首半分を抉るように切り裂いた。


「……!! ……!」


 ギルサンダーが声にならない呻きを上げる。口や傷口から大量の体液を吹き出すと、そのまま倒れ込んで動かなくなった。



 ……ヴァーリンの闘技場を裏から支配し続けてきた悪徳侯爵の最後であった。


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