第96話 最終試験
翌日以降も『稽古』は続いた。最早数えるのも億劫になる位散々に打ちのめされ、「ダメ出し」を食らい続けてきたレベッカだが、日が経過する毎に、徐々にだが「点数」が上がってきた。
「元々基礎は出来ているからね。身体も反射神経もしっかりと鍛えられてる。後は『目』を養っていくだけだから、必要なのは慣れだけだ」
というのがロイドの弁だ。
そしていよいよ大会が近づき、『稽古』の最終日となった。これ以降は大会に差し障りがある為、コンディションの調整のみに費やされる。
「……いくぞ!」
初日と同じ掛け声で望む最終稽古。レベッカは接近すると同時に盾による打撃を仕掛ける。ロイドがそれを半歩引いて躱す。と同時にレベッカもロイドと同じ軌道で半歩踏み出して剣を突き出す。
「……!」
一瞬驚いた様子のロイドだが、その追撃も難なく躱すと今度は逆に距離を詰めてくる。
「させんっ!」
だがその動きを予測いていたレベッカは、後方へ跳びつつ牽制の一撃を放って距離を保つ。密着されればロイドの独壇場だ。愛用の剣と盾の得意な間合いを意識し、常にその間合いを維持できるよう心掛ける。
ロイドがどんどん踏み込んで連撃を放ってくる。レベッカはその度に後退を余儀なくされながらも、常に間合いを保ち続ける。ロイドは連撃を仕掛けながら、レベッカを壁際に追い込もうと巧みな位置取りをしてくる。そうはさせじとレベッカもロイドの連撃に対処しつつ、自らの立ち位置を意識し続ける。
神経をすり減らす心理戦と、体力を消耗させる実際の戦闘が並行して行われる。だがレベッカは耐え続ける。最初から狙っていた「とある地点」までロイドを気付かれず誘導する事。それに全神経を集中させる。それでいて決してそれを悟らせないように、目線や表情だけでなく、身体全体の動きに僅かでも違和感を抱かせないようにする。
ロイドの攻撃を捌きながら更にそれらにも神経を割かねばならない状況に、レベッカの精神は急激に摩耗していく。永遠にも思える、それでいて実際の時間は10秒かそこらだろう時が過ぎ、遂に「その時」が訪れた。
裏庭の一角、地面から僅かに岩が突き出している場所……。戦闘を続けながらロイドに気付かれず、遂にその地点までの誘導に成功したレベッカ。
踏み込んできたロイドの足先がその岩の先端に僅かに掛かる。
「――――!」
それは停滞とも言えないような僅かな間隙。ロイドの流れるような動作が一瞬、ほんの一瞬だけぎこちなくなる。しかしその一瞬は、レベッカが待ちに待ち続けた一瞬であった。
(――ここだぁっ!!)
踏み込んだレベッカは、回避されにくいバッシュを叩き付ける。盾の面積を存分に利用した「面」の圧力がロイドに迫る! …………と、思った瞬間には下から凄まじい衝撃を受けて盾が跳ね上げられる。
「……ッ!!」
盾を持っていた左腕ごと跳ね上げられ、レベッカの胴体ががら空きになる。下からの蹴り上げで盾を弾かれたのだとレベッカが理解した瞬間には――
「うーん、惜しい! 40点!」「がはぁっ!?」
腹にロイドの掌底を受けて、遥か後方へふっ飛ばされていた。地面を転がりながら仰向けの体勢で倒れ込むレベッカ。
「途中までいい線いってたんだけど、最後に安全策でバッシュを選択したのは悪手だったね。あれは確かに躱されにくいけど、同時に自分の視界も覆われて、敵の動きに対処しずらくなるという難点もあるんだよ。僕の下からの蹴りが見えなかっただろ?」
「……!」
苦痛に呻きながらも、ロイドからの指摘を反芻する。
「でもそれ以外の動きはかなり良かったよ。特にあの岩が突き出ている地点までの誘導は、僕も
ロイドが嬉しそうに評する。レベッカとしては乾坤一擲の一撃すら通じなかったショックはかなりの物であったが、批評される屈辱を力に換えて、足をふらつかせながらも何とか立ち上がる。そのレベッカの姿にロイドは大きく頷く。
「うん、いいね、その調子だ! さあ、今日は『最終試験』だ。時間はまだたっぷりある。夕刻までに僕に50点を付けさせてくれ!」
「う、おおぉぉぉっ!!」
雄叫びと共に、剣と盾を構えてロイドに突撃する。今日こそはロイドに一撃を当ててやる。自分の事を認めさせてやる! その強い想いを武器にして、レベッカは『最終試験』に臨んでいった…………
****
「はぁ……はぁ……ぜぇ……ぜぇ……」
そして夕刻。『最終試験』が終了した。レベッカは……これまでと全く同じように身体中打ち身だらけの汗まみれで、大の字に地面に倒れ伏していた。そして無傷のロイドが余裕を持ってそれを見下ろしているという構図も、それまでと全く同じであった。
結局……稽古初日から今日に至るまで、一撃も入れる事が出来なかった。ただひたすらに打たれ、投げられ、「ダメ出し」を食らい続けただけであった。レベッカの瞳から、遂に堪えきれずに悔し涙がこぼれ落ちる。
そんな彼女の様子を眺めつつ、ロイドから『最終評価』が下される。
「最終日。君の評価は…………45点だ」
「……!?」
前日までの評価が「35点」であった。平均点が一気に10点も上がった事になる。
「な、何故……?」
結局いつもと同じように打ちのめされただけだった。レベッカ自身にも何が違うのか解らないくらいだ。ロイドが苦笑する。
「まあ常に僕だけを相手にしてきたから解りにくいのも無理ないさ。あくまで僕の主観だけど……初日に比べて君は格段に『やりにくい相手』になったよ。結果だけ見れば同じだけど……そこに至るまでの僕の労力が段違いだ」
ロイドは肩をすくめる。
「何度か魔法を使いたい衝動に駆られたよ。位置取りに関してもそうだけど、君の動きを先読みするのにもかなりの神経を使わされた。僕の誘いにも中々乗ってこなくなったしね。表情は出ないけど、僕も今日はかなり疲れたよ、正直」
「……!」
「疲れた」。それは辛口のロイドとしては最大級の賛辞と言えるかも知れない。レベッカの瞳に僅かだが活力が戻ってくる。
「勿論50点まで行ければそれに越した事は無かったけど……45点は充分『合格』ラインだ。君が持てる全てを出し切れば、フラカニャーナ相手でも充分勝機はある。おめでとう、レベッカ。君は無事『卒業』だ」
「あ……」
「合格」「卒業」。それらの言葉がレベッカの中に浸透するまで、しばしの時間が掛かった。そして浸透すると同時に、レベッカの瞳から再び涙がこぼれ落ちてくる。しかしその涙は先程までの悔し涙とは違う……感極まった際に自然と湧き出る涙であった。
悔しかった。情けなかった。しかしそれ以上に、嬉しかった。
レベッカはここに来て物心ついてから初めて「指導」を受け、「稽古」を付けてもらい、「評価」を得る為に努力し……そして、認めてもらったのであった。
「う……グスッ……ヒグッ……!」
気付いたら恥も外聞もなく、すすり泣いていた。ロイドが手を差し出してくる。
「さあ、稽古は今日で終わりだ。よく頑張ったね。後は大会までじっくり身体を休めよう。立てるかい?」
「あ、ああ……」
何とか涙を引っ込めたレベッカは、ロイドの手を取って立ち上がる。そしてダメージから思わず崩折れそうになってしまう。
「まだ辛そうだね。それじゃあ、ちょっと失礼」
「!? お、おい、これは……!」
ロイドは流れるような動作でレベッカの身体を横抱きに抱える。この体勢は……いわゆるお姫様抱っこという奴だった。
「今日は食事はなしでこのまま休んでいいよ。まだ歩くのも辛いだろう? ベッドまで運ぶよ」
「……ッ!!」
お姫様抱っこでベッドまで運ばれる……。レベッカとて女だ。まだ少女の頃にはその手の妄想をした事もある。それがまさか今になって、しかも恐ろしい外見の蠅男にされる事になるとは夢にも思わなかった。
(こ、これは……実際にやられると、途轍もなく恥ずかしいな……!)
だが少なくともレベッカの頭には照れや恥ずかしさだけがあり、ロイドの外見に対する嫌悪感などは一切湧かなかった。恥ずかしくはあったが、実際に疲労とダメージで身体が禄に動かないのも確かなので、大人しくされるがままにお姫様抱っこで運ばれていく。
やがて客室に着いたロイドは、ベッドの上にそっとレベッカを降ろした。
「今まで手荒な事をしてきて済まなかったね。君は打てば響くといった感じで、とても優秀な『生徒』だったから、僕もつい稽古に熱が入ってしまってね。その甲斐があったといいけど……」
『生徒』……。その言葉に再びレベッカは感極まったように震える。
「ロイド殿……」
「ん?」
「その……ありがとう。礼を言わせてくれ。あなたは……厳しくも、良き『先生』だった。あなたに教わった事……一つとして無駄にはしない。結果にて応えると約束しよう」
「……ッ!」
ロイドが驚いたようにその身を
「レベッカ……ありがとう。……お休み」
そのままレベッカの返事を聞かずに、廊下へと姿を消していった…………
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