第95話 厳しい採点
大会まではまだ日があるとの事で、レベッカはその間を体力の回復とコンディションの調整、そして勘を取り戻す為の訓練に費やした。訓練の相手はロイド自身が務めてくれた。彼によると小屋主である〈貴族〉自身が剣闘士を鍛え上げる事は珍しくないと言う。
「間違いなくイエヴァも、キーンが手ずから訓練している筈だよ。勿論チャンピオンのフラカニャーナも、ね……」
フラカニャーナの小屋主は、この街の領主でもある〈侯爵〉らしい。〈貴族〉を相手に日々過酷な訓練に勤しむ女剣闘士達……。
(なるほど。確かにある意味では戦士隊よりも強い……。進化種相手の戦いにも慣れていると言えるかも知れんな)
先日フラカニャーナに、剣闘士ごときという発言を『
(我らには我らの誇りというものがある!)
民衆を守る為に、常に命がけで戦ってきた事は確かなのだ。それをただ目の前の相手を倒せばいいだけの剣闘士達に、「遊び」などと言わせはしない。激情を胸にロイドに向き合うレベッカ。いつものビキニアーマー姿で、その手にはロイドが取り戻してくてくれた愛用の剣と盾を握り、油断なく構える。
「さ、いつでもいいよ?」
場所は家の裏庭に当たる広いスペース。ロイドは自然体で余裕のある態度だ。レベッカはカッとなる。
「いくぞっ!」
激情を力に換えて、全力で斬りかかる。ロイドからは事前に一切の手加減は無用と念を押されている。現在のレベッカの全力を知りたいのだそうだ。正面から斬り下ろされる剣をロイドは最小限の動きのみで躱す。
「ぬ……くそ!」
今度は横薙ぎに斬り払うがそれも一歩引いて躱される。ならばと次は剣を真っ直ぐに突き出す。それを躱した瞬間を狙って左手に持った盾によるバッシュを叩き付ける。いや、叩きつけようとした。
「狙いがあからさま過ぎだよ。30点」
「なっ……!?」
盾を動かそうとした瞬間に、今まで後ろに引くだけだったロイドが逆に距離を詰めてきた。バッシュを放とうとした腕を押さえられてしまい不発に終わる。
「くそ……!」
咄嗟に右手の剣を振りかぶるがそれも押さえられる。
「相手が得意な間合いを考えようよ。20点」
「……ッ!」
気が付いた時には視界が反転し、レベッカの身体は宙を舞っていた。どうやら背負投げを喰らったらしい、というのが背中から地面に叩き付けられた時にようやく解った。
「がはっ……!」
衝撃で肺から空気が漏れ出る。苦痛に呻く。揺れる視界の中、ロイドの呆れたような声が聞こえる。
「当たり前だけど闘技では相手は起きるまで待ってくれないよ? 寝ている暇はないと思うよ。まあ武器を手放さなかったのは及第点だね」
「く……」
多少ふらつきながらも急いで身を起こすレベッカ。ロイドは攻撃せずに待っていた。
「さあ、まさか今のが君の全力じゃないよね? 遠慮はいらないよ。僕の事をクィンダムに侵攻してきた憎き進化種だと思って、君の持てる全てを出し切るんだ」
「く……言われずとも!」
気合を入れ直して再び全力で攻め掛かるレベッカだが、やはり全ての攻撃が紙一重で余裕を持って躱される。それはまるでバフタン王国でのヴォルフとの戦いを再現しているかのようだった。
「駄目駄目。剣が正直過ぎる。30点」「うぁ!?」
躱された瞬間に足を引っ掛けられて無様に転倒するレベッカ。
「目線が丸わかり。表情にも出過ぎる。20点」「がっ……!」
フェイントをあっさり見破られ、再び投げ飛ばされる。
「激昂しやすいのは君の悪い癖だね。10点」「ぐふっ……!」
焦りと屈辱から攻撃が単調になった所を、腹に掌底を受ける。
「進化種ではない君達は、力や速さに限界がある。『目』を磨くんだ。相手の動きの一手先を読むんだ」
その日はほぼ一日『稽古』に費やされた。散々に打たれ、投げられ、転ばされ、ふっ飛ばされたレベッカは、満身創痍といった
一度たりとも攻撃を喰らう事の無かったロイドは、息一つ乱さずに余裕のある態度で、そんな彼女を見下ろしていた。レベッカは間違いなく全力で攻めかかっていた。最初は多少の遠慮もあったかも知れないが、途中からは完全に本気でロイドを殺すつもりで攻撃していた。その結果がこれだ。
相手はあくまで〈貴族〉としては最下級の〈男爵〉であるはずなのに……。しかも剣闘用の稽古なので当然だが、ロイドは一度も魔法を使わなかったにも関わらずだ。
「うん、平均で100点満点中20点か……。まあ、これなら
地獄のような『稽古』の終了を告げられ、レベッカの中にまず広がったのは……深い安堵であった。そして一瞬の後には、そんな自分に激しい怒りを感じた。
(くそぉ……。この私が、なんてザマだ)
戦士長として数多くの部下を指導・特訓し、部下達から尊敬と畏敬の目を向けられる環境に慣れていたレベッカにとって、自分がまるで入隊1日目の出来の悪い新人のように一方的に
目を潤ませて必死に涙を堪えているレベッカを気の毒そうに見ていたロイドだが、頭を振って意図的に厳しい声を出す。
「嫌になったかい? でもフラカニャーナは勿論、イエヴァだってこれより厳しい特訓をしているかもね?」
「……!!」
その言葉に目を見開くレベッカ。そうだ。自分が倒すべき……目標とするのはあくまで彼女達であってロイドではない。彼女達に勝つ事によって自分はクィンダムへと帰還できるのだ。あの独房にぶち込まれていた時、自分は何を誓った?
(そうだ……絶対に諦めない! 石に齧り付いてでも、生き延びてやるんだ!)
疲労と痛みで悲鳴を上げる身体に鞭打ってフラフラと立ち上がるレベッカ。その手には剣と盾が握られたままだ。先程まで泣きそうに潤んでいた瞳は、今は闘志に燃えてロイドを睨み据えていた。その様子を見て取ったロイドは頷いた。
「うん、よく立てたね。それでこそ僕が見込んだ戦士だ。でも今日はもう稽古は終わりだ。しっかりと休む事もまた修行の内だ。きちんと食べる事もね。……さあ、そういう訳で今からまた食堂付きの浴場に行くよ。勿論この前糞尿を撒き散らしちゃった所とは別の浴場にね」
****
翌日。ロイドの家の客室で目を覚ましたレベッカは、昨日の『稽古』による肉体の疲労やダメージが殆ど残っていない事に驚いた。そして昨日寝る前にロイドから魔力による回復を施されたのを思い出した。
収容所の独房に入れられる前に、神力を吸収する装置によって神力を根こそぎ吸い尽くされた今のレベッカは、魔力による回復を受ける事が出来た。少し複雑な思いもあったが背に腹は変えられない。
再び2人で外食して朝食を摂った後は、家に戻ってロイドからの『講義』を受けた。昨日の稽古での反省点や問題点などを指摘され、その上での対策を講じていく。また同じ人間の剣闘士相手の戦いにおける心得も教えられる。
昼を過ぎたら再び地獄の『稽古』の始まりだ。朝の『講義』を思い出しながら、彼女なりに戦術を組み立てて挑む。
「相手の動きを予測するんだ。一手二手先を読むんだ。表情や目線が解らない僕ら〈節足種〉の動きを予測できるようになったら、他の進化種相手なら……ましてや同じ人間相手なんて情報の塊だ。どんな攻撃だって予測できるようになる」
そう言っていたロイドの言葉を頭の中で反芻させる。ロイドの目は複眼なので視線による予測は不可能だ。顔の僅かな向きの変化、肩や体幹の筋肉の僅かな予兆。そして足の運びの向きなど身体全体を俯瞰したような視野を心掛ける。どんな些細な変化や兆候も見逃さないように注意する。
最初の内はそれに意識を集中させすぎて肝心の自分の動きが疎かになってしまい、ロイドから痛みを伴う厳しい「ダメ出し」を受け続けた。しかしそろそろ夕方に差し掛かろうか、という頃になってくると徐々にだが、ロイドの動きに集中しつつ、自らの身体も動かせるようになってきた。
「ふぅ……。よし、今日はここまでにしよう」
そう言ってロイドが『稽古』の終了を告げた時には、やはりレベッカは昨日と同じく満身創痍で地面に大の字で倒れて、肩で大きく息を吐いて喘いでいた。一見昨日と何も変わっていないように見える。だが……
「今日は一度だけだけど、僕の攻撃を先読みして封じる事に成功したね。今日の平均は100点中25点だ」
……平均が5点上がったらしい。喜ぶべきなのか悔しがるべきなのか、判断に困るレベッカであった。そんな彼女の様子を見てロイドは苦笑する。
「僕の採点は厳しいよ? 自分と互角で満点という基準だからね。でもだからこそ、平均が50点を越えたら……君はフラカニャーナに勝てる。それは保証するよ」
「……!」
それはつまりロイドから見て、フラカニャーナの平均が50点という事か。女戦士としては最高峰とも思われるフラカニャーナでも、〈男爵〉の半分……。しかも「互角」というのは恐らく魔法や眷属を用いない、近接戦闘のみでの話だろう。レベッカは改めて進化種の、〈貴族〉の高すぎる壁を認識した。
相手がシュンだったので弱く感じられたが、実際にはあのゾーマもこのくらいの強さがあった筈だ。レグバやヴォルフはそれ以上だろう。ましてや〈王〉に至っては言わずもがなという奴だ。これらの敵を撃破してきたシュンの過酷な戦いぶりが改めて実感できた。同時に自らの無力さとふがいなさも……
(だがそれは今嘆く事ではない!)
レベッカの今の目標はあくまで闘技大会での優勝だ。それ以外の雑念は目標遂行の妨げになるので、一旦脇に置いておく。今は歯を食いしばって耐える時だ。自分の糧となるのであれば、どんな事でも貪欲に吸収してやるつもりだった。
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