第74話 高度一千メートルの戦い

 その局所的な威力は、小型の核爆弾にも匹敵する程だ。それだけの魔力を込めた。だが火柱が拡散し、爆煙が晴れた時そこには――



「……ふむ。流石に大した威力だ。多少・・とは言え、今の俺にダメージを与えるとは」


「なっ……」



 表皮が多少焼け焦げた程度、と言った体の梅木が、両腕の防御態勢を解いて上空の舜を見上げてきた。回避能力が低い分、尋常でない程の防御力を持っているようだ。


(く、なら……!)


 こちらは梅木の手が届かない高さにいるのだ。全くの無傷ではないようだし、倒れるまで何度でも魔法をぶち込んでやるまでだ。





「強化魔法しか使えん俺は、遠距離攻撃が出来ない……と、まさか思っているのか?」


「ッ!?」




 こちらの思考を読んだかのような梅木の台詞に、一瞬動揺する。



「出来ないのではない……。初戦では使う必要がなかった・・・・・・・・・だけだ」


 そう言って梅木は地面に手を伸ばすと、散乱している岩・・・・・・・を手に取って鷲掴みにした。今の梅木が鷲掴みにする岩……それはもう、巨岩と言っていいサイズであった。


「……ッ!」

 それを見た舜は、自分がとんでもない思い違いをしていた事を悟った。何故弓や魔法だけが遠距離攻撃の手段などと思い込んでいたのだろう。人間には……最も原始的かつ手軽な遠距離攻撃の手段があるではないか。



「ぬぅぅんっ!」



 梅木が左右の手に持った巨岩の内一つを舜に向かって投じてくる。舜の全身がすっぽり収まってしまいそうなサイズの岩が、唸りを上げながら物凄い速度で飛来する。まともに当たったら一溜まりもない。

 慌てて結界を張って防ぐ。ゾッとするような衝撃が結界越しに伝わる。砕け散った岩の破片が、舜の視界を遮る。と、視界が晴れた時には既に、次の岩が危険な距離まで迫っている事に気付いた。


「……くっ!」


 回避する間もなく再び結界に衝突。その衝撃で結界が完全に砕け散った!


「なっ……!?」


 間髪を入れず梅木から次弾が打ち込まれる。今度は巨岩ではなく……梅木の握力で粉々になった岩の破片が、散弾のように飛び散りながら高速で飛来した。

 超特大のショットガンを撃たれたようなものだ。広範囲、超速で打ち込まれる散弾の全てを躱す事は出来ず、翼を撃ち抜かれてしまう。


「あぐぅ!」


 悲痛な叫びを上げながら、大地へ落下する舜。高所からの落下のダメージは魔力の障壁で軽減するが、翼に受けた痛手は大きい。しばらくは飛べそうにない。どの道あんな攻撃を繰り返されたら、空中にいるのは危険だ。


 何とか起き上がった舜だが、梅木は既に地響きを立てながら間近まで迫ってきていた。




「ハハハハハッ、無様だな! 翼をもがれた気分はどうだっ!?」

「くそ……!」




 毒づきながらも魔力を練り上げ、迫りくる梅木に向かって氷嵐の魔法を叩きつける。極低温の猛吹雪が舞い、梅木の身体が、周囲の空気が凍り付く。凍り付いた足元が大地に張り付き、動きを阻害する。梅木の突進の速度が鈍る。だが……


「かあぁぁぁぁっ!!」


 張り付く氷を強引に引き剥がし、前進する梅木。所々獣毛と共に皮膚が剥がれ痛々しい傷痕となるが、お構いなしに舜に肉薄する。


「……ッ!」

 舜はその執念に呑まれたかのように、一瞬硬直した。その隙を逃さず迫る梅木の巨大な掌。魔法を放った直後という事もあって、躱しきれずに、遂にその手が舜の身体を捕らえた! 身体ごと巨大な手に握られ、上空へ持ち上げられる舜。





「ク、ハハハ! 遂に捕らえたぞ! もう逃がさんぞ!?」




 歓喜の声と共に、舜を握った手に、握力が込められ始める。


「ぐ……うぅ……! ぐあぁぁっ!」


 徐々に身体を締め付ける圧力が強まる感触に、抑えきれない苦鳴が舜の口から漏れ出る。その声を聞いた梅木の獣の顔が、残忍に歪められる。



「苦しいか? 苦しいだろう!? 今すぐその不快な変身を解いて、俺に許しを乞え。俺の物になると誓え! そうすれば命だけは助けてやるぞ?」



 この期に及んで、未練がましくそんな事を言ってくる梅木に対して、舜は苦し気ながらも、心底から軽蔑したような視線と声を投げかけてやる。



「はっ……! ダサい上に、女々しくて……気色悪い奴だな……童貞くん?」


「……ッ!! それが返事か! いいだろう! 望み通り原型を留めぬ肉塊に変えてくれるわっ!」



 怒りの声と共に、急激に強まる握力。舜は魔力の障壁を全開にして必死に耐える。そして同時に……



「ぐぅ……! さ、さっき……翼をもがれたって言ったな……? もがれてなんて、いないさ……」


「なにぃ?」



 訝しむような梅木の声。と、同時に違和感も感じたようだ。




「……何だ、これは?」




 周囲に沢山の岩や瓦礫が浮かんでいた・・・・・・。小さい物ほど高く浮かんでいるが、かなり巨大な岩も僅かに宙に浮いていた。地鳴りのような音が鳴り響く。そして……震動。大地が、揺れている。

 大量の土砂を巻き上げながら、彼らの立っている周辺の大地が盛り上がる。浮かんでいた岩はどんどん上空へと舞い上がっていく。




「な、何だ、これは!? ま、まさか、シュン。お前の仕業か!?」


 梅木の動揺したような声に構わず、ひたすら練り上げた魔力を周辺の大地に拡散していく。



「はあぁぁぁぁぁ…………!」



 そして梅木の巨体が……数十トンはあろうかという馬鹿げた重量の梅木の身体が、徐々に浮かび上がり始めた。


「き、貴様、これはまさか……!」


 何かに気付いたような梅木の声。




 今、舜が懸命に操っているのは……重力だ。周辺の重力に干渉し、局所的な疑似無重力状態を作り出しているのだ。流石に完全な無重力とは行かない為、体重をゼロにする事は出来ないが、あの梅木の巨体が風に乗って浮かび上がる程に軽くなっている。


 重力と同時に魔力で風をも操り、周辺の岩や土砂ごと梅木を天高く舞い上がらせていく。10メートルを超える巨人が宙に浮かんでいく様は、現実離れした冗談のような光景であった。


 舜も梅木も、その体内を循環する膨大な魔力によって、突然の重力変化による影響から守られているが、体外の事象に関してはどうにもならない。いや、これが例えばあのドラゴン吉川であったなら自らも重力に干渉し、舜の魔力を相殺できただろう。強化魔法一辺倒の梅木の、弱点が露呈した瞬間であった。



「どうだ、梅木! これが……俺の『翼』だっ!」

「シュンンンンッ! やめろ! やめろぉ!」



 焦る梅木が、舜を握る手に更なる力を込める。最早魔力の障壁が無かったら、一瞬で握り潰されている程の圧迫だ。


「ぐ、うぅっ!! 誰が……やめ、るかぁっ!!」


 重力操作に加え、風を操り、更には障壁を全開で張り巡らせる。その全てが膨大な魔力を、加速度的に消費していく。流石の神化種状態の舜をしても、意識が飛ぶ寸前であった。

 そして2人は最終的に、風に乗って地上数百メートルという高さまで上昇していた。大陸の広範囲が一望できる程の高さだ。そこで舜は……重力操作を解除した!




「うお……おおぉぉぉおおぉぉっ!!」




 梅木の咆哮。百トン以上の重量が本来の重さを取り戻し、物理法則に従って凄まじい勢いで落下していく。その手に握られたままの舜は、落下地点がずれないように、魔力を限界まで振り絞って風圧による微調整を行う。


「……!」


 墜落が免れないと悟った梅木は、強化魔法を全開にして落下の衝撃に備える。そして…………





 ――――ズドォォォォォ……ンッ!!





 広範囲に鳴り響く轟音。そして発生する衝撃によって、周辺に散乱していたオブジェクトは残らず吹き飛ばされた。




「…………」


 すり鉢状になった「爆心地」の中心には、梅木の巨体が横たわっていた。あれだけの高度から落下して原型を留めているのは流石だが、手や足が捻じれて変な方向に折れ曲がっていた。何せ数十トンはあろうかという超重量級だ。それが地上一千メートル近い高度から一気に落下したのだから、その衝撃たるや想像を絶する物だったろう。


 ゴハッ! とその口から、大量の体液がこぼれ出る。……驚いた事にまだ生きていた。しかしそれでも最早戦える状態ではないようだ。苦し気に呻くだけで、動く気配はない。


 舜は落下時の衝撃で梅木の手から弾き飛ばされ、周辺の岩や土砂と共に吹き飛んでいた。大量の魔力の消費、梅木の握撃によるダメージ、そして共に落下した際の衝撃、吹き飛ばされ身体中を打ち付けた痛み……。有り体に言ってボロボロであった。翼は千切れ、折れ曲がり、黒光りしていた甲冑はくすんで傷だらけになっていた。美しい紫の長髪も、見るも無残にボサボサだ。しかし……生きている。そして苦心しながらも何とか身を起こし、立ち上がる。


「……ッ」


 舜は梅木に近づく。梅木はうわ言のように何か呟いているだけで、こちらを認識している様子が無かった。余りのダメージに意識が半分飛んでいるようだ。




 今なら殺せる。舜は必死に周辺の魔素から魔力を掻き集めて、巨大な槍を形成する。こいつを梅木の心臓に突き立ててやれば、それで終わりだ。舜の悪夢は終わるのだ。


 梅木の胴体に登り、心臓の位置に立つと、槍を大きく振りかぶる。このまま槍を突き立てれば全てが終わる……そう思うと同時に、そうすんなりと行く筈がない、という確信にも似た思いがあった。




 そしてやはり……そういう悪い予感に限って現実となるものだ。一気に振り下ろした筈の槍が、突然消失する。


「!?」


 槍だけが突然消えたので、身体はその勢いのままつんのめる。と、同時に地面から……丁度梅木の背中で隠れている辺りから、無数の白い柔毛のような物が生え出してきた。そして瞬く間に梅木の巨体を覆い包む。舜は慌てて飛び退いた。




(これは……やはり、あの時と同じ……!)




 見た目は違うが、この現象そのものには覚えがあった。そしてその確信を肯定するかのように、どこからともなくあのしわがれた老人の声が響いた。



『ひょっひょっひょ……すまんのう、〈御使い〉よ。今、均衡が崩れるのはちと都合が悪いでの。こやつは回収させてもらうぞい。……何、この場はお前さんの勝ちじゃ。今は大人しく引き下がるから安心せい。この様子だと、こやつもしばらくは使い物にならんじゃろうしな……』



 その言葉と共に地面に巨大な「穴」が開き、白い柔毛に包まれた梅木の巨体が吸い込まれていく。そして梅木がその中に埋没すると、「穴」は小さくなっていき、やがて完全に消失した。




(……フォーティア様?)


(ご、ごめんなさい、シュン。まだまだ要石は数多く残っているから、私は限定的にしか動けないの。あなたへの直接的な干渉を防ぐだけで精一杯だったのよ……)


(……はぁ。そうですね。向こうの勢力は強いみたいだし、ある程度は仕方ないですよね。とりあえず、余計な横槍を入れられなかっただけ、良かったと思っておきます。ありがとうございました、フォーティア様)


(シュン……)


(逃げられてしまった以上は仕方ありません。……俺はこれから莱香達の所へ戻るつもりです。この前は聞きそびれてしまったんですけど、神膜に入っても大丈夫ですよね?)


(ええ。あれは私も想定外だったわ。だからこそライカを呼び寄せたのだけど……。ライカと触れ合って男に戻った時点で、問題なくなっている筈よ。ただし、その神化種状態は解けてしまうだろうけど……)


(それはむしろ良い事ですよ。この姿のままじゃ日常生活に支障がありますからね)


(そうね。ただ注意して。あなたはまだ神化種の力を自在にコントロール出来ている訳じゃない……。どういう条件で再び神化種になれるかは不明のままよ)


 確かにその通りだ。しかし過去2回の変身を鑑みれば、ある程度の条件は類推できる。舜は余り悲観していなかった。



(きっと何とかなりますよ。……! 莱香達が見えてきました。それじゃ変身が解けたら、またしばらくお別れですね)


 念話の最中にも移動――翼が折れて飛べないので、強化魔法で走っている――を続けていた舜は、小さく莱香達の姿を認めた。特に変わりはないようで安心した。クリスタは無事に回復できただろうか。


(ええ……。また何か必要な事があれば、信徒を通じて『神託』で知らせるわ。……色々と苦労を掛けてしまってごめんなさい)


 それを最後に念話は途切れた。

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