第50話 鍵

 そして4人は神殿で早めの夕食を摂り、そのまま奥の応接室を借り切った。全員が席に着くと、リズベットが口を開く。



「さて……お話しというのは他でもありません。シュン様の事です。……実は皆さんが戦いに赴いている間に、フォーティア様からの『神託』を賜ったのです」



「…………!」


 舜が息を呑む。今の状況を解決する手がかりを求めて、フォーティアにコンタクトを取りたかった舜だが、どうやら以前念話という形で話が出来たのは、舜が神化種ディヤウスとなっていたからだったようで、あれ以来どうやってもコンタクトが取れなかったのだ。


「な、内容は!?」


「残念ながら『神託』は会話ではなく一方的なメッセージのような物で、抽象的な内容になってしまうのですが……」


 と前置きした上で、



「どうやらフォーティア様も今のシュン様の状態……つまり女体化し魔法が使えない状態を憂いていらっしゃるようです。その状態を解く『鍵』となるものをこのイシュタールに送り込んだ、との事なのです」



「鍵?」


「はい……。それがどんな物なのかは解りませんが、その『鍵』を保護するように、という内容だったのです」


「保護? つまりそれは人間、或いは何らかの生き物という事か?」


 レベッカからの質問に、リズベットも眉根を寄せる。



「……解らないのです。先程も言ったように、神託は抽象的な内容である事が多いので……」


「ふぅん。まあいいわ。それで、その鍵とやらが送り込まれた場所はどこなの? 余程辺鄙な場所でなければ、案内出来ると思うけど?」



 ロアンナの言葉に、今度は恐縮したように肩を縮めるリズベット。



「そ、それが……具体的な場所の指定は無かったのです。何らかの邪な妨害を受けたとだけ……」


「はあ? 何よそれ? 『鍵』が何なのかも、どこに現れるかも解らないのに、どうやって探せって言うの?」


「そ、それは……ですから、こうやって皆さんにご相談を……」


「話にならないわね。用件がそれだけなら、私はここで失礼して、アラルの街に戻らせてもらうわ。狩りで忙しいのよ」


 そう言って席を立ちあがりかけたロアンナに、レベッカから鋭い声が飛ぶ。



「おい! 何だその言い草は! お前、シュンの事が心配じゃないのか!?」


「あなたに言われるまでもなく心配してるわよ。でもそれとこれとは別でしょ? こんな雲を掴むような話に時間を無駄にするよりも、要石の情報を探ってた方が余程建設的でしょう?」




「言い方というものがあるだろう! 何故そうやって挑発的な物言いをするっ!?」


「申し訳なさそうに言えば、その鍵の在り処が解るの? 私は無駄な事はしない主義なのよ」


「貴様……どうやら私の買いかぶりだったようだな。見損なったぞ!」


「ふん。別にあなたに認めて欲しい訳じゃないわ。どうぞ見損なってもらって結構よ」


「貴様……!」



 売り言葉に買い言葉で、徐々にヒートアップしてくる2人。リズベットも、自分があやふやな神託を伝えてしまったという自覚があるので、強く出れないようだ。このまま殴り合いの喧嘩にでも発展しそうな雰囲気に舜は――――




「2人共、落ち着いて下さいっ!」




 ダンッ! と、テーブルを叩いて大きな音を響かせる。



「……ッ!!」

 言い争っていた2人は勿論、リズベットまで目を丸くして舜の方を見やる。



「ロアンナさん。要は『鍵』の在り処の当たりが付けば良いんですよね?」

「え、ええ、まあ……」


 若干気圧されたようにロアンナが答える。



「……リズベットさん。ミリアリアさんによると、今の俺の神力はリズベットさんと同等か或いはそれ以上らしいんです」


「は、はい……。ミリアからそのように聞いていますが……」


 舜が何を言いたいのか解らず、戸惑ったように答えるリズベット。



「後、これは確認なんですけど、この間の遠征のようにリズベットさんが不在の時は、王都にいる神官達が神力を合わせて索敵を行うそうですね? 何人もの神官の神力を束ねてリズベットさんと同等の索敵を可能にすると……」



「そ、それも……はい、その通りです、が……」


「だったら……俺とリズベットさんの神力を束ねたら、どのくらいの範囲、精度の索敵が可能になるんですか?」



「……!」

 3人が虚を突かれたような表情になる。



「ま、まさか、お前、索敵でその『鍵』を探そうと言うのか?」


 代表してレベッカが聞いてくる。



「何も手がかりがないのなら、これが一番確実な方法の筈です」


「無茶よ! そもそも索敵で探し出せる類いの物かも解らないのに……!」


 ロアンナが悲鳴のような声を上げる。



「……俺はフォーティア様を信じます。今の俺の状態を見越した上で送り込んだと言うなら、今の俺でも探し出せるという事の筈なんです」



「…………!」


 自分達が信仰している神を信じると言われては、それ以上の事は言えない。何よりも絶対引く気はないという舜の固い決意に満ちた表情に、ロアンナも黙り込む。



「……そうですね。現状、他に方法はありませんし、シュン様と、そしてフォーティア様を信じましょう」


「リズベットさん、ありがとうございます」


リズベットの言葉に、安堵したように頷く舜であった。








「では……シュン様。私の手を取って頂いても宜しいですか?」

「こうですか?」


 テーブルの上に差し出されたリズベットの手を握る舜。



「はい。索敵のやり方はもうご存知ですね? では、構いませんのでシュン様の神力を全開にして、可能な限り範囲を広げて索敵を行って下さい。私がそれを補助し、より精度を高めていきます」



 要するに舜が、広げられるだけ網を広げて投じ、それをリズベットが選り分けていくという訳だ。舜は神力はあっても、まだまだ精度的には甘い所があるので、妥当な役割分担と言えた。


「解りました。それでは、宜しくお願いします」


 そう言うと舜は、リズベットの手を握ったまま、目を閉じて意識を集中させる。ミリアリアに教わり、今まで訓練してきた呼吸を意識し、神力を全開にする。すると――




 カタカタッと何かが揺れる音がする。レベッカ達が視線を向けると、テーブルや戸棚の上の調度品が小刻みに揺れ動いていた。いや、それだけではない――――



「こ、これは!?」「う、うそ、何て膨大な神力……」



 レベッカ達の驚く声がする。




 ――部屋全体が揺れていた。まるで小規模の地震でも発生したかのようだ。レベッカ達は慌てて、調度品が落ちて割れないように押さえにいく。


 だが既に舜とリズベットの2人は、そのような外部の雑音から切り離された状態となっており、ただ一心不乱に意識を集中させていた。





 舜はまるで自分が揺蕩たゆたう雲になったかのような感覚に陥っていた。先に行った局所的な索敵など比較にならないような……自分の意識がどこまでも薄く広く引き伸ばされていくような感覚。


 自分という「個」が希薄になり、霧散してしまうかのような恐怖を感じた。


(こ、怖い……! 何も見えない、聞こえない……! 自分が、解らなくなっていく……!)


 その感覚は、舜にあの自殺直後の虚無の世界を思い起こさせ、激しい恐怖からパニックに陥りかける。だが……



(大丈夫です……。私の声に意識を集中させて下さい)


(……リズベットさん!)



 その慈愛に溢れた優し気な声が、舜を正気に引き戻す。


(私がサポートします。シュン様はご自身の感覚のままに、索敵の範囲を広げて下さい)


(! はい、ありがとうございます……!)


 リズベットが支えてくれている、という安心感が、舜に能力の限界まで索敵の範囲を広げさせていた。




 舜がまず捉えたのは、無数の無害な反応。この神膜中に点在している。


(これは……この国の女性達だな……)


 この反応を記憶し、とりあえず除外する。更に範囲を拡大させていく。そして訪れる強烈な違和感。


(う……! これは……魔素か?)


 神膜の外にまで索敵の範囲が広がったのだ。舜の感覚に次々と「異物」が引っ掛かる。――進化種だ。魔獣の反応もあった。

 いきなり魔力と反発する神力の波動を浴びた進化種達は、誰もが強烈な違和感に戸惑い、また敵意と警戒をむき出しにしている。



(進化種……。勿論、こいつらも違う……)



 進化種の反応に構わず、更に網の目を張り巡らせる舜。しかしそれ以外の反応を拾う事は出来ない。


(駄目なのか……)


 諦めかけたその時、舜の感覚に別の反応が引っ掛かった。それは明らかに進化種ではない別の何か。



(これは……女性? いや、でもこの感覚は……)



 神力を通して得られる感覚は、「それ」が女性であると告げていた。しかしクィンダムに住まう女性や、レベッカ達戦士や神官、または進化種の王国に捕えられている奴隷の女性……。そのどれとも異なる反応であった。



(何だろう……何だか、懐かしいような、不思議な感覚……。これは……この感覚は、憶えが……!)







「――――ッ!!」


 声にならない叫びを上げて、舜は覚醒する。解ったのだ。いや、正確には思い出したのだ。



(そんな、まさか!? ありえない……! でも、これは、確かに……!)



「シュン様!? ど、どうなさったのですか!? まさか……見つけられたのですか!?」


 同時にトランス状態から覚醒したリズベットが、舜の様子を見てやや慌て気味に質問してくる。その言葉にレベッカ達も、ギョッとしたように舜を見る。


 それには答えず、舜はロアンナの方を向く。


「……ロアンナさん。今すぐ案内して頂きたい場所があります」



「え? い、いいけど、一体どこに……?」

「場所はバフタン王国の辺境……。アアル渓谷です」



 舜は焦燥に満ちた表情で、しかしはっきりとそう告げたのであった……。


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