第39話 待ち受ける者

 帰路の途中で舜は気になっていた事を尋ねる。


「あの……それで俺はこれからどうすればいいんでしょうか。その……こんな姿で」

 女性達が一斉に舜を見やる。


「…………」


 今の舜は、女性になってしまった事は勿論、外見的にも異様な色合いの髪に、不気味な反転した黒目。そして何より真っ黒い大きな翼が背中から生えている。

 このまま王都へ帰れば、間違いなく大騒ぎになる。元々、覚醒した舜の力は隠す方向で考えていたが、この外見は隠しようがない。


「フォーティア様は何と?」


 リズベットの問いかけに舜は困ったように頭を掻く。




「それが……交信していられる時間は僅かだったみたいで、もう何も聞こえないんです」


「そうですか……。神託と同じようなものですね。だとすると次に交信できるのは、しばらく先になってしまうでしょうね……」


 リズベットはそのまま考え込むような姿勢になってしまう。




「どうするの? まさか野宿してもらう訳にも行かないでしょう?」


「…………」

 ロアンナに問われ、レベッカも思案顔になる。



(え……まさか俺、本当に野宿しなきゃいけないの?)


 強大な力を持ったせいで怖れられ、排斥される可能性も考慮はしていたが、このパターンは予測していなかった。

 思わぬ展開に舜が焦っていると、やがてレベッカがきっぱりと言い放った。



「よし! このまま一緒に行こう!」


「レ、レベッカさん……。いいんですか? どんな目で見られるか……」


「構わん! 私とリズはクィンダムの重鎮と言っていい立場だし、ロアンナもそれなりに名の通った存在だ。この3人がお前を保証すれば、誰も文句は言えんさ。もし何かつまらん事を言う奴がいたら、私が黙らせてやる」


「その通りですわ。シュン様のお立場は我々が守ります。今まで守られっぱなしだったのですから、せめてこのくらいはさせて下さいませ」


 リズベットも、レベッカの意見に同調する。



「あらぁ? 本当に野宿するなら、私が面倒見てあげようと思ってたのに残念ねぇ……て、冗談よ。そんなに睨まないで頂戴。勿論私も出来る限りの協力はするわよ」


 ロアンナが冗談めかして言うが、レベッカに睨まれると、肩をすくめて協力を約束してくれる。




「み、皆さん……。本当にありがとうございます。前にも言いましたけど、皆さんが普段通りに接してくれるだけで俺……」


 思わず涙ぐみそうになる舜だったが、レベッカが背中を叩く。




「胸を張れ! 堂々としていろ! お前は紛れもなく我々の……クィンダムの危機を救ってくれた救世主だ! 誰に恥じる所もない!」


「レベッカさん……。は、はい! ありがとうございます!」


「うふふ、それにシュン? 忘れてないわよね? 報酬の話。乳基石の塊、でっかいのを用意して貰うわよ?」


「は、はい。それは勿論……」






 そうしてしばらく進んでいると、やがて「境目」に入ったのが解った。

 3人が皆一様にホッとした表情を浮かべて、深呼吸するように空気を身体に取り入れていた。


「ああ……解ります。神気がこの身を満たしていくのが……」


 リズベットがうっとりとしたような声を出す。



「うむ。どうやら神膜は無事……つまり陛下もご無事という事だな。まずは一安心という所か」


「いつも狩りから帰ってきた時は、この瞬間が堪らないのよねぇ。完全に神膜内に入れば、もっと気持ちいいわよ? それこそ病みつきになっちゃうくらいにはね……」


 レベッカとロアンナも、嬉しそうな様子で、その顔には久しぶりに笑顔が戻っていた。




 舜も笑顔を浮かべようとした所で、ハタと重要な問題に気付いた。国民に受け入れられるとか、それ以前の問題だ。


「あの……今気付いたんですけど、俺って神膜内に入れるんでしょうか……?」


 3人の動きが止まる。




 上位の進化種ほど神気は猛毒となる。それこそ入った瞬間に死に至る程に……。〈貴族〉以上なら確実、ましてやそれが〈王〉級の進化種……神化種であったならどうなるか。

 ただ舜は完全な進化種という訳ではない。それは女性の姿をしている事からも明らかだ。神膜内に入ったからと言って、必ず死ぬとは限らない、が……



「……試してみるって訳には……行かないわよね、やっぱり」


 レベッカに再び睨まれたロアンナが、軽口を引っ込める。



 実は進化種は飲食をしなくても、魔素を取り込む事で、生存していく事は可能なのである。だがそれは点滴のような物で、食欲などの欲求が満たされる事はない。

 だから進化種達は、奴隷の女性達の手足を貪り喰らい、魔法で再生させてはまた貪り喰う、という悪魔の饗宴を行う事が度々ある。


 舜も境目に留まっていれば、最低限生きていく事は可能だ。獣のような、もしくは原始人のような生活を送る羽目になるが……。


「そもそも、その姿から元に戻る事は出来んのか?」


「わ、解らないんです。フォーティア様とは交信出来ませんし、やり方は勿論、戻れるのかどうかすら……」


 レベッカが考え込むような姿勢を取る。やがて顔を上げると真っ直ぐに舜の方を見た。



「……お前はどうしたい? 我々には決められん。お前の意志を尊重したい。勿論ここに残る事を選んだ場合も、可能な限りの便宜を図る事を約束しよう」


「俺は…………」






 そして舜は進む事を決めた。自暴自棄になった訳ではない。女神フォーティアを信じたのだ。流石に神気を吸ったら死ぬ、などと言う事ならば、警告くらいはあった筈だ。

 そう思って進んでいたのだが……


「うっ!?」


 舜は唐突に違和感を覚えた。「境目」が終わった……神膜内に入ったのだ。

 と同時に、ドクンッと心臓が跳ねるのを感じた。


「か……あ……!?」


 苦しい。強い眩暈のような感覚に襲われ、立っていられなくなる。膝を着いて四つ這いになる。


「シュン!? おい、しっかりしろ!?」「シュン様!? ああ、やっぱりお連れするべきではッ!」


 レベッカ達が周りで騒いでいたが、取り合う余裕が無かった。



「が、ああぁぁぁっ!」


 舜の身体が光に包まれる。そして、その光が目も眩むような閃光と共に、拡散する。

 思わず目を伏せていたレベッカ達は、閃光が収まると共に、視線を戻した。



「こ、これは……」「……シュン様?」「元に……戻った、の?」





 ――そこには、「元の姿に戻った」舜がいた。


「……ふう、何だ、結局取り越し苦労だったわね。そうよね。女の姿してたんだし、神気が毒になる筈ないわよね」


「ええ……! フォーティア様がそのような差配ミスをする筈がありません。流石はフォーティア様です!」


 リズベットとロアンナが、無邪気に喜んでいる。




 だがレベッカは、舜の様子がおかしい事に気付いた。


「おい? シュン? シュン!? どうした? どこか悪いのか?」


 その言葉に、リズベット達も驚いて舜の方を注目する。



 いかなる原理か、纏っていた漆黒の甲冑は消え去り、舜の服装は元のボロボロにされた服に戻っていた。

 その破れた服の隙間から、「元の舜にありえない物」が垣間見えた。それは……胸に付いた二つの豊かなふくらみであった。 



「お、おい……。シュン、お前、それ……」



 胸だけではない。元から華奢な体格であったが、それに加えて全体的に丸みを帯びた女性らしいフォルムに変化しており、破れたズボンから覗く脚も、なまめかしく肉感的な曲線を描いていた。


「…………」

 舜は呆然と、自分の変化した肉体を眺めていた。



「……ま、まあ、その、別に、いいんじゃないかしら? 君、元からその……可愛いし、少なくとも全然違和感は無いわよ? うん」


 ロアンナが必死にフォローしてくれる。



「そ、そうですよ! だ、大丈夫です、シュン様! と、殿方の感覚がどのような物か存じませんが、女の身体と言うのも決して悪くは……」


 焦って的外れな慰めを言うリズベット。



「シュン……。こっちを見ろ! どうした? 女の身体に変わってしまったというのは確かに衝撃だろうが、どうもそれだけではないようだな?」


 顔を上げてレベッカと目を合わせる舜。



 確かにレベッカの言う通り、女の身体になってしまった事は驚きではあるが、実は衝撃はそれ程でも無かった。

 いきなり女体化していたら、それは大層な衝撃を受けただろうが、そもそも神化種になった時点で、女性化していたのだ。違和感は意外な程少なかった。

 問題はそんな事・・・・では無かった。


「魔力が……」


 舜は呆然とした表情のままで言った。



「魔力が無くなっちゃいました……。魔法が、全く使えなくなってしまったんです……」



「な……」 

 レベッカ達が目を見開く。




「何だってぇぇぇぇっ!?」




            ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 そこはクィンダムから遠く離れた、北方にある極寒の大地。凍てつく風と、降り積もる雪に閉ざされ、ここで暮らす者はおろか、近付く生物すら滅多にいないような、過酷な環境であった。


 その極寒の地に一つの都市があった。その都市だけはまるで周囲の環境から切り離されたかのように、吹雪も吹いていなければ、積雪すら殆ど無かった。

 膨大な魔力による結界で、都市を丸ごと包み込んでいるのだ。


 しかしその穏やかな環境とは裏腹に、その都市は暗く淀み、街の至る所に血痕や、飛び散った内臓、人体の一部などが散乱していた。

 あちこちから男達の哄笑や狂騒、そして女達の悲鳴や苦鳴が鳴り響いている。


 ここはミッドガルド王国。〈魔人種ディアボロス〉が支配する王国。その「首都」であるニブルヘイムでは、この日も陰惨な宴が、街の至る所で催されていた。


 その狂気の街の中心部にある王城。その玉座に1人の男が座していた。男の肌は黒一色で、その筋肉質な肉体を豪奢な衣装で包んでいた。そして短く刈り込まれた金色の髪から突き出る、2本の角。


 〈魔人種〉は、比較的元の人間男性の形質を残した外見をしているが、異様な色合いの髪や瞳、そして肌を持っているのが普通だ。そして共通の特徴として、必ず頭に1本から3本の角を有している。

 この男も魔人種としての特徴を兼ね備えているが、黒い肌というのは魔人種の中でも、この男のみの特徴であった。


 男は玉座に座ったまま、片肘を着いて眠っているかのように目を閉じていたが、やがてゆっくりとその目を開いた。

 髪と同じ金色に輝く瞳であった。


「……ふん。吉川の馬鹿め。まあ、あいつじゃそんなもんか……。それにしてもシュンの奴、ようやくこの世界に来やがったか。待ちくたびれたぜ……」


 男が不敵に口の端を吊り上げる。その隙間からは、人間にはあり得ない程の鋭い牙が覗いていた。



「吉川なんぞにやられなくて良かったぜ。お前だけは俺がこの手で殺してやらなきゃ、気が済まねぇからな……。ああ、解ってますよ、ロキ様……。俺もすぐに突っ掛けたりする気はありませんよ。これは『ゲーム』みたいなもんですからね。あいつがラスボス・・・・の俺の所まで辿り着けるか、じっくりと楽しませて貰いますよ……」



 唐突に始まった何者かとの会話を終えると、男はゆっくりと玉座から立ち上がる。開いている窓へと歩み寄る。窓から外を見やると、そこからは狂気の街ニブルヘイムの街並みが、そしてその遥か先にはクィンダムが……。



「ク、ククク……。シュンよぉ。間違っても他の奴等・・・・なんぞにやられたりするんじゃねぇぞ。お前を殺すのはこの俺……松岡英樹なんだからなぁ?」



 そう言って男――松岡は、いずれ訪れるであろう至福の時を想像して、堪えきれないような哄笑を上げ続けるのだった……。




              ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 二章に続く…………  

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