第37話 超常の決戦

 沼地に辿り着くと、厳重な結界を張った吉川が待ち構えていた。


「来たな……。見せてやるぜ。進化種じゃねぇ、神化種としての俺の本当の力を……!」


 大気が震える。地面が揺れる。吉川の元に膨大な魔力が集積されていくのが解る。


「カアァァァアァァァッ……」


 唸りながら魔力を集める吉川の周囲に、赤紫の球状の光が形成される。それは舜の時のそれと全く同じ現象であった。



「……ッアァァァッ!!」



 光の爆発。目も眩むような閃光に、舜が腕を翳して目を庇う。そして――





 ズズゥゥン……!!





 何か巨大な質量を持ったものが、大地に降り立つ轟音が鳴り響いた。光が収まり腕を戻した舜の前にいたのは――



(こ、これは……ド、ドラゴン!?)



 そこには翼を持った1匹の巨大な生物がいた。優に20、いや30メートルはあろうかという、緑がかった鱗に覆われた巨大な肉体。鉤爪の生えた頑丈な四肢。そして長く、力強い首。鼻面の長い、角と牙の生えた恐ろしげな怪物の頭。


 それはまさに世界中の伝承に登場する、神話の怪物、ドラゴンそのものの姿であった。



「ギャハハハハ! どうだ、シュンよぉ! これが俺様の本当の姿。本当の力だぁ! てめぇが神化種になろうが関係無ぇ! てめぇは俺様には絶対に勝てねぇんだよぉ!」


 吉川は大きく鎌首をもたげると、舜に向かって熱線を吐きつけてきた。その熱量、範囲、発射速度ともに以前の比ではない。


「……!」


 咄嗟に飛び上がって回避する舜。お返しとばかりに氷嵐の魔法を叩きつける。念じるとほぼタイムラグなしで、一瞬にして冷気の塊が打ち込まれる。その余りの速さに舜自身が驚いた程だ。それでいて威力も、効果範囲も遥かに向上している。


(凄い……! 全く負担を感じなかった。まるで息をするかのように魔法が撃てる……!)


「しゃらくせぇっ!」


 吉川の巨大な身体から火柱が立ち昇り、拡散された炎の嵐が、舜の放った氷嵐と相殺される。


 再び吉川の口から放たれる熱線。空中にいる舜は、吉川の口の動きから軌道を予測して危なげなく横に躱した……と思った時、熱線が横に薙ぐようにスライドし、舜を追尾してきた。


「くっ……!?」


 咄嗟に上方へ立体的に回避する。熱線の魔法をこのように使ってくるとは想定外だった。通常は放っている最中は動けず、射線は固定されている魔法なのだ。やはり神化種となると進化種と同じに考えない方がいいようだ。


 今度は舜が空中から、落雷の魔法を落とす。的は大きいので外す心配はない。吉川は身体全体を包み込む巨大な結界を張って迎え撃つ。


 落雷が結界と衝突する。


「う、おおぉぉぉぉっ!」

「ヌゥアァァァァッ!」


 ぶつかり合った2つの魔法がやはり相殺される。このままでは埒が明かない。




 吉川もそう思ったらしく、巨大な翼を羽ばたかせると、空中に躍り上がってきた。


「オラァァっ!」


 巨体に任せた突進を仕掛けてくる。横に逸れて躱した舜だが、突進の衝撃と翼の羽ばたきで気流がかき乱され、舜は一時的にバランス感覚を失う。


 そこに吉川が鉤爪の一撃を振り下ろしてくる。両腕でガードした舜だが、質量の差から衝撃に抗えず、地面に向かって叩き落される。


「ぐう……!」


 辛うじて地面に激突する前に、体勢を立て直した舜。上を見上げると、そこには既に吉川の巨大な竜の口が、舜を噛み砕こうと、大口を開けて迫ってきていた。


「ッ!」

 慌てて横に飛んで躱す。噛み付きを空振りした吉川は、そのまま首を舜の方に向けて、三度目の熱線の魔法。

 このタイミングでは躱せない。舜も同じく熱線の魔法を放って相殺しようと試みる。



 衝突する2つの熱線。再びせめぎ合いとなる。

 やがて中心で巨大な爆発を起こして熱線は相殺される。




(強い……! 魔法はほぼ無尽蔵に撃てるけど、それはあいつも同じだろうし、このままじゃ泥沼になるだけだ)



「……面倒臭ぇな。ちょこまかと逃げ回ってんじゃねぇよ、てめぇ」


 吉川も苛立った声を漏らす。


「このままじゃ埒が明かねぇ。ここは一発、男らしく大勝負と行かねぇか? あ、それとも女になったから、いつまでも臆病に逃げ続けますぅってか?」


 底の浅い挑発だ。しかし埒が明かないのは舜も同じなので、ここは敢えて挑発を返す。



「へぇ、男らしくだって? 松岡のご機嫌取りしか能がないお前が、随分自信満々だね? 1人じゃ何も出来ない臆病者の癖に……」 


 なるべく冷たい、嘲笑するような調子を心掛ける。


 幸い、と言うか、今の舜は怜悧な美貌を持つ女性の姿だ。声もその外見に似合った冷たい感じの女声に変わっていたので、その効果は覿面てきめんだったようだ。



「……んだと、てめぇ。もう一辺言ってみろや……」



 吉川の声の調子が明らかに変わる。低く、底冷えのするような、爆発寸前の感情を抑え込んでいる。もうひと押しだ。


「何度でも言ってやるよ。腰巾着の小物野郎。お前が風邪で休んだ日、松岡や他の3人がお前の事、何て言ってたか知ってるか? 確か……小判鮫だったかな? ああ、それと寄生虫とも言ってたな確か」


「…………!!」


 吉川の魔力が爆発的に高まる。




「てめぇ……ざけんじゃねぇぞ。いいぜ、お望み通り殺してやらぁ。ヤるのはあの女共だけでいい。てめぇは細切れの肉片にして、文字通り貪り食ってやる。今更後悔したって遅ぇぞ!」


 上手く乗ってきた。こうなったら後は短期決戦だ。舜も魔力を限界まで高める。




「ふん。弱い犬程よく吠えるってやつだね。ごちゃごちゃ言ってないで、早くやって見せなよ。ああ、犬に失礼だったね、寄生虫くん?」


「――殺す!! てめぇは絶対に、ぶっ殺してやるぅっ!!」




 吉川の巨体から火柱が立ち昇り、全身が炎に包まれ赤熱する。先程、舜の氷嵐を打ち消した炎嵐の魔法。その全ての熱を自らの身体に纏わせ、一点集中して更に熱量を高める。

 その凄まじい熱量に、周辺の大気が焼けつくような熱さを持ち、下方の沼地の水が一瞬で蒸発する。


(う……物凄い濃密な魔力だ……! でも、俺だって……!)


 魔力で武器を作り出す。騎兵が使うような長大な馬上槍ランスだ。ただし色は黒を基調とした禍々しい配色だ。


「はあぁぁぁ……!」


 舜の身体には逆に冷気が纏わりつく。凍てつく風が周囲に吹き荒れる。拡散しそうになる氷嵐を魔力で束ね、自らの身体を中心に収束させる。


(来い……!)


 準備万端整った舜は、馬上槍を構えて、吉川を挑発的に睨み付ける。





「グゥオォォォォオォォォォッ!!」


 大気が震えるような咆哮と共に、業火を纏った吉川が突進してくる。怒れる30メートル超の怪物が、膨大な熱量と共に突っ込んでくる様は、その迫力だけで常人なら気死してしまいかねない程だ。


「う、おぉぉぉぉぉっ!!」


 だが舜は、自らも対極的な青白い冷気を纏いながら、馬上槍を掲げて、真っ直ぐに吶喊とっかんする!




 そして、ぶつかり合う赤と青の塊。




 その突進の衝撃だけで、舜は吹き飛ばされそうになるが、魔力を全開にして耐える。

 同時に、互いの炎と冷気の魔法が、凄まじい勢いで相殺し合う。



「シュンンンッ! てめぇは、てめぇだきゃ絶対に殺す! 殺す! 殺ぉぉぉす!」



 吉川の怒りと執念、そしてその巨体と膨大な魔力による圧力は、比較して遥かに小さい舜を徐々に押し始める!



(くぅぅぅ! キツい……かも! でも……絶対に、引けない!)



 もしここで舜が敗れれば、自分が死ぬのは勿論、レベッカ達がこのクズの慰み者にされ、一生を奴隷として過ごす事になる。支柱を失ったクィンダムも遠からず崩壊し、全ての女性達が同様の運命を辿る事になるだろう。


 かつて地球に存在したような、労働力という対価を支払う形の奴隷であれば、まだ人道的な扱いもされるだろう。だが進化種にとっての奴隷――女性は、ただの玩具であり嗜好品であり、そして性欲と食欲を満たす為の道具に過ぎないのだ。


 蘇生の魔法があるので、死に逃げる事さえ許されない。まさに生き地獄である。

 レベッカ達がそのような一生を送る……考えただけで怖気が走る想像だ。


(それだけは……させないっ!)


 舜は両手に握っている馬上槍の先端に意識を集中させる。敢えて慣れない武器を使っている理由は、魔力に指向性を持たせる為だ。イメージだけでは補いきれない感覚を、実際の視覚や触覚で補う。

 それに魔力の武器という媒介を通して、効率よく一点に魔力を集中させていく。全ての魔力を槍の先端へ――


 舜の纏う魔力は、槍の先端から円錐状の形となる。


 吉川の巨体と正面切ってまともにぶつかっても勝算は薄い。だが、巨大であるという事は、時として弱点にもなり得る。

 攻撃範囲に関しては吉川に軍配が上がるだろうが、細かな魔力の操作に関しては人間サイズの舜の方が上だ。


 吉川の「面」の圧力に対して、舜の「点」による突破力。  

 その結果は――――




「な、何だとぉ!?」


 舜の槍に纏わせた冷気が、吉川の炎を突き破っていく! そのまま勢いを緩めず吉川に吶喊する。


「おおおおぉぉぉぉぉぉぉおぉぉぉっ!!」


「……ちいっ! くそがぁっ!」


 吉川が鉤爪を振り下ろして迎撃してくる。このままでは鉤爪と衝突してしまう。脚一本は奪えるが、それでは吉川を倒せない。ならば……!


「喰、らえぇぇっ!」


 ありったけの魔力を上乗せして、持っていた馬上槍を前方に射出する! 魔力の塊を推進力に変えた槍は、凄まじい速度で鉤爪をすり抜け、吉川の胴体に吸い込まれる。

 槍の素人だし、禄に狙いも付けられなかったが、何と言っても的がデカいので、外す心配はない。



「ギィエェェェェエェェッ!!」



 吉川の絶叫。だがこれだけでは足りない。ここで更に畳み掛ける。


「これで終わりだ、吉川ぁぁっ!」


 特大の電撃の魔法。それを「吉川の胸部に突き刺さっている槍」に向かって放った!


 魔力の武器は、魔法に対する伝導性が非常に高く、電撃を受けた槍は、それを余すこと無く槍の先端……吉川の体内に伝導した!


「うごぉぉぉぉぉっ!」


 流石のドラゴン吉川も、体内から特大の電撃で灼かれては大ダメージは必至だ。


 力を失った巨体が地面へと落下していき……轟音と共に墜落した。






 後を追って着地した舜は、吉川に近付いて行く。


「い、痛ぇ……痛ぇよぉ……。シュン、何でてめぇばっかりが……ちくしょぉ……」

 吉川が呻いている。


「吉川……終わりだ。悪いけど、今後の事を考えると、お前を生かしておく事は出来ない」


 舜がそう言うと、吉川から怨嗟の声が上がる。




「何でだ……? お前は一度は俺を殺したのに、またお前に殺されるってのかよ……。何で……何でだよぉ……?」


「……!」

 舜の手が止まる。そう、自分は一度コイツを殺しているのだ。また……殺すのか?


(……くそ! 迷うな! コイツを生かしておけば絶対ろくでもない事になる! レベッカさん達を守るためにも、今ここで殺すんだ……!)


 だが一度迷ってしまった手は、そう簡単に振り下ろせなかった。そしてそれが致命的な結果を招く――





 突如として上空に巨大な「穴」が開いた。下に向かって開く、黒々とした闇を内包した「穴」。


「なっ……これは!?」


 舜はそれと同じ物を以前に一度だけ見た事があった。忘れもしない。あのフォーティアの幻想空間で……。


 「穴」から無数の触手が降り注ぎ、吉川の身体を包み込んでいく。そして……徐々に「穴」に向かって引っ張り上げていった。

 突然の事態に動揺する舜に対して、聞き覚えのある声が……



『フォーティアの使徒よ、久しいな……。お主には悪いが、まだ我も自分の手駒を失う訳には行かんのでな……』



「……テスカトリポカ!?」



『お主の力は我の予測を上回った。今回は素直に負けを認めよう……。我が使徒も当分の間、お主らには手を出せん。束の間の平穏を享受するが良い……』


「くっ、待て!」


 舜は慌てて火球の魔法を撃ち込むが、触手には傷一つ付いていなかった。



『無駄だ……。定命の者に我らを直接害する事は出来ん……。その代わり、我らも下界にいる者達を直接攻撃する事は出来んのだがな』



「く……!」

『ファハハ……さらばだ、フォーティアの使徒』



 そして吉川の身体を包み込んだ触手群は、完全に「穴」に吸い込まれ……「穴」は痕跡さえ残さずに消え去った。



「くそ……! 俺が、迷ったせいで……!」



 吉川を逃してしまった。当分の間手は出さないと言っていたが、どこまで信用出来るかも解らない。

 だが、殺さずにすんでホッとしている自分も確かに存在している事を、舜は心のどこかで自覚していたのであった……。


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