第175話



 自分だけ家に帰って寝たことに少し罪悪感を覚えながらも飛行してショウカへと向かう。

 今日は昨日中止に成ったヘルハウンド討伐だ。

 皆も気合入っていることだろうと早朝、借り受けている屋敷へと降り立った。

 見張りをしてくれてる連中に挨拶してから中にはいる。


 リビングではうちの皆が集まっていて丁度朝食を終えた所の様子。


「おはよう。皆、今日は討伐行く予定だけど、大丈夫か?」

「任せなさい! カイト君の敵は私がぶったぎるわ!」

「ええ。ケルベロスとの戦いまではカイトさんは何もしないくらいのつもりでいてくださいな」


 おおう。やはり気合が入ってる。というかテンションが上がっている。

 まあ、先日安全に倒せそうなことは確認しているし変に気負うよりよっぽどいい。

 いや、ある意味こういう状態が最高のコンディションなのかもな。


「じゃあ、朝応援部隊とちょっと一緒にやってから出発でいいか?」

「そうじゃな。まあ、昨日の討伐具合を見れば任せても問題なさそうじゃがの」


 ああ、結構広範囲で殲滅したって言ってたっけ。

 まあどちらにしても確認は必要だし安定するまではなとマイケルへ視線を向けた。


「任せて貰っても問題ありませんよ。

 見張りが夜の間に討伐した数が激減しています。

 少なくとも手に負えないほど溜まっているという事はないでしょうから」

「良く言うた! 成長したの、マイケルや」


 珍しくホセさんが手放しに褒めた。皆何やらニヤニヤとホセさんを見ている。


「ははっ、爺いはあの小娘がそこまで苦手なんだなぁ」

「いや、あれは誰でも無理であろう。

 あの小娘は部隊を死地に連れて行く死神だ」

「ああ、わかります。

 オルバンズ戦で一番恐ろしかったのは彼女でしたから」


 えっ?

 ああ、ステラの相手が嫌で引き受けたマイケルをべた褒めしたって事?

 レナードとアーロンさんコルトの会話で漸く理解してホセさんを覗き見る。


「そんな訳があるまい!

 確かに苦手意識はあるが素直に後続の成長を喜んだだけじゃ!」

「うん? そう言えば張本人は?」


 見回せばうちの皆しかいない。


「その、マリンさん、アンドリューさん、ステラの三人は暇つぶしに狩りをしようと干し肉片手に出て行きました。

 それにヒューイさんも続いて結局シグさんも行く羽目に……」


 おおう。

 何と言うか……これは働き者と言っていいのか?

 絶対に前者の三人は丁度いい戦闘相手に嬉々として出て行ったのだろう。

 ヒューイさんはまだ良いにしてもシグさんは可哀想に……

 まあ、俺たちには有り難い話。


 それなら安心だとそのまま出立することと成った。


 一応出る前に城に立ち寄りキンブ将軍とカブ老師にこちらの予定を話す。

 昨日の夜に話した定住希望者の話や、帰還を促す話も同時に説明した。


「なるほど。こちらとしてはどちらでも構いませぬ。

 先日の制圧のお陰でギリギリの所でやっていく目処は立ったと思っております故」

「うむ。帝都からの避難民たちならともかく、見捨てた民は願わぬだろうしな……」


 ああ、そうか。

 隣町からの避難民はこの町が受け入れを拒否したんだもんな。

 今更帰って来いとは言えないか。


「了解。じゃあ、その線で話を進めてみる。

 んじゃ、俺たちは討伐に行ってくるよ」

「そうか、あれのか……わかり申した。カイト王に武運を……」

「無事のご帰還、お待ちしておりますぞ」

 

 元々の予定だったヘルハウンド討伐については特に何も言われず、武運を祈られた後、俺たちは北東へと飛んだ。


 前回の開けた場所へと降り立ち、再び集まっていたブラッディハウンドの討伐に勤しむ。

 周辺を一掃してやっとヘルハウンドを呼び込む準備が整った。


「やっと、やっとだね……」


 しみじみと語るアレクを苦笑する皆。

 うん。皆は一昨日済ませてるからね。それ……


「じゃあ、始めよう。釣りは誰がやる?」

「当然我らでしょう。救世主殿は……いや、陛下は後ろで見守って居て下され」


 ちょっと? 嫌がらせ? 

 だからそういうの止めてって言ってるじゃんか!


「良いよ、そういう事言うなら俺行っちゃお!」

「え、カイト様? 本気ですか?」


 コルトの声を無視して飛び立つ。

 かなり強引に出てきたのは一応ケルベロスの位置確認をするという目論見もある。

 ディーナに聞いてからもう四日程度経つし正確な情報とは言えなくなってきたからだ。

 そうして森の奥地まで飛び続ければ、所々にヘルハウンドが居るのが見受けられた。


「おおう。縮尺がおかしい犬が一杯居る……

 初めてこの世界に来たときの光景を思い出すなぁ」


 そんな感想を漏らしながらも更に奥へ行くと、視界の片隅で光を感じる。


「ん? なんだ?」


 と、声を漏らした瞬間、赤黒い大きな火の玉がこちらに迫っている事に気がついた。


「うおぉぉぉぉ!」


 驚きに声を上げながらも回避する為に高度を上げる。

 距離があった為にかなり余裕を持って避けられたが、炎の色を見るにあれは食らったら拙そうだと冷や汗を流す。


 飛んできた方向を見れば、案の定大きな頭が三つある犬がこちらを見ていた。

 大きさは思ったよりも小さい。ヘルハウンドよりも少し小さいくらいだ。

 まあ、犬と見れば破格の大きさだけども。


 さて、今やりあってもいいんだが、それをやったら間違いなく怒られる。

 だが折角見つけたのでちょっと下調べくらいはして置きたい。


 そう考えて、皆とは逆方向へと釣りながらもケルベロスの行動を観察すれば、三つの顔で火の玉をバンバン吐いてくる。


「おいぃ! 森が、森が燃えちまうって!」


 回避行動を取るたびに着弾地点から大きな火柱が上がる。

 やはりヤバいくらいの火力があった様だ。

 着弾地点は一瞬で消し炭。その周辺も一気に燃え上がる。

 いくら周辺に人の集落がないとはいえ、流石に気が引ける。

 スピードを上げてケルベロスが射程範囲外だと思うラインを見極め、その距離をキープして引き寄せた。


 巨大な森を抜け、今度は大草原へ。

 そこで再び待ちうけ、数十メートルラインまで引き寄せた。


 さて、何をしてくる。


 ジッと視線を送り警戒を強める。

 ケルベロスも唸り声で威嚇しているものの特攻してくる様子がない。 

 魔物としてはかなり珍しい部類の行動だ。

 その睨みあいの最中にケルベロスは腹立たし気に前足で地団駄を踏んだ。

 その瞬間、俺の足元から無数の棘が迫上がってきた。


「しゃらくせぇ! 『裂波』!」


 全方位攻撃を撃ち棘を打ち砕く。

 それと同時に一気に突撃してきた。


「まあ、とりあえずは大丈夫そうかな? 『テレポート』」


 流石にこれほどのレベル帯だ。奥の手もあるだろうが通常速度はそこまで理不尽さを感じないので様子見は終わりにして皆の所へと戻る。


「「「――――っ!?」」」

「悪い。ケルベロスを遠くに引っ張って置いただけ。

 森を抜けて少し言った所までは移動させたから森を抜けそうになったら引き返して」

「だ、大丈夫なのか!?」

「いや、飛んだまま連れ回しただけだよ。

 遠距離攻撃で超威力が強そうなファイアーボール撃ってきたけど、速度はそれほど速くないから問題なさそうだったな」


 折角ケルベロスを遠くに追いやったんだから早く釣りに行って欲しいんだけど。

 あ、俺が行くって言って飛び出したんだった。


「よし、もう一度、今度はヘルハウンド持ってくるな」

「待て! わしが行くからじっとしとれ!

 主は全く……」


 えっ……なんでよ!?

 俺、良いことしたじゃん!


 首を傾げて腕を組んで居る間にホセさんとアーロンさんが飛び出していく。

 それと同時に皆に囲まれる。


 何っ? なんだよ!?

 まさか、怒ってる?

 こんなに気を使って戻ってきたのに!?


 ギョッとして皆を見返すが返ってきた言葉に安堵の息を漏らす。


「それで! どうだったの、ケルベロスは!?」

「ああ、そっち?

 うん。そこまでの脅威は感じなかった。

 奥の手がなければ普通に勝てそうだったよ。

 まあ、一筋縄ではいかないだろうけどね」


 珍しくエメリーが気の張った声をでいの一番に質問を投げたので真剣に返答すれば、皆そろって難しい顔を見せる。 


「炎を吐く以外の攻撃手段は見たの!?」

「一応、もう一つだけ。

 結構離れた所からアースジャベリンに似た魔法を使ってきた。こんな感じで……」


 アディの問いに答えつつも似た魔法をかなり離れた場所へと発動させる。


「発動速度は?」

「いや、まあ前足を前に振り落とした直後だったけど、それ無しでも発動できるかもしれんしなぁ。ただ、『裂波』で砕けたしヤバい攻撃じゃなかったよ。

 どっちかと言えば炎の方がヤバいな。避けれる速度だけど」


 皆張り詰めた表情をしているが、一つ一つ頷きながら租借し、落ち着きを取り戻した。


「んなことより、今はヘルハウンドだ。ほれ、早く配置に付いて準備して!」


 ホセさんたちが困っちまうだろと声を上げれば、単独で受け持てる奴は一人で、不安なやつらはペアを組みバラけて行く。

 だが、暫く待っても二人は返って来なかった。


「えっ? なんで?」


 と、皆を集めてホセさんとの通信魔具を起動する。

 するとすぐに繋がりホッと一息。


「結構時間経つけど、そっちは大丈夫なの?」

『むっ……問題はない。待たせてすまぬな。

 纏まったのが居らんで、二対一で即殺して進んでおるわ』


 ああ、そういう事。

 確かにある程度ばらけていたしな。

 そう思って気をつけてねと返そうとしたのだが……


「ちょっとホセ爺! 何勝手してんのよ!

 釣りの役目はそうじゃないでしょ!?」


 アディがキレ散らかしてホセさんは『わかっておる! すぐに連れて戻るわ!』と苛立たしそうに声を上げ通信を切った。


「はぁ? 何でホセ爺が怒ってんの?」とアディの怒りが収まらず声を荒げる。


「爺いも心配なんだろ。一刻も早く掃討したい気持ちはわかってやれよ」

「まあ、それもわかりますが、僕はアディさんに賛同しますけどね……」


 レナードのフォローにアレクが物申す。

 これはかなりレアケースだ。初めてかもしれん。

 今日はどうなってんだ……皆らしくないぞ。


「おい、さっき言った余裕がありそうってのは全部マジだからな。

 そこまで気張る必要ないんだよ。

 もうちょっと気楽に当たってくれていいんだぞ?」

「それは無理。私はこの討伐に全てを賭けるつもりよ」


 リズまで……

 そりゃ、わからんでもないけども。

 追い詰められたならまだしも今の所は余裕そうなんだがなぁ。


「カイト様、私は何時も通り頑張る。偉い?」

「おお、ソフィは偉いなぁ。よしよし」


 最近良い子であろうとしているソフィは俺の言う事に従順だ。

 恐らくソフィを甘やかせば皆も乗ってくるはずと彼女を褒め称えていたが、誰も乗ってこなかった。

 他にも乗ってきそうなリディアやアリスはユキと共に残ったブラッディハウンドの殲滅に動いている。

 仕方がないと諦め、討伐を早期に終わらせる方向で行く事にした。


 うん。

 肩に力が入りすぎているのは頂けないが、ヘルハウンド討伐なら然程危険はないし、そっちの討伐が終われば納得するだろ。

 

 そうして待って居ればホセさんとアーロンさんはヘルハウンドを連れて戻ってきた。

 数を数えていけば十五匹ほど。


 えっ、それ、大丈夫なの?



 そうしてヘルハウンド掃討第二段の幕が開けた。

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