第120話



「いやぁぁぁぁぁ!!」


 視界が開けて早々、リズの泣き叫ぶ声が聞こえる。

 俺の体はアディに強く抱きしめられている様だ。


「何で! 何で治らないの!? 『ヒール』! やだ! やだぁぁぁ!!」


 ソフィとアリーヤ、ソーヤが三人掛かりでヒールを掛けているが、癒しの光が俺に向かう事はない。


 俺の視界から見える範囲ですら、身体中の肉が削げ落ち骨が剥き出しになっていたりと、凄惨な状態だ。


 思わず『ヒール』と念じてしまうが、俺自身も回復魔法を使うことはできないらしい。


 まだ復活した訳じゃないのだろう。体を動かす事は出来そうにないし。

 だと言うのに、視覚聴覚とかが生きてるんだからおかしなもんだ。


 まぁ、ディーナが中に入ってるからだろうけど。


 これ、皆は本当に納得してくれるのか?

 と疑問に感じて居れば、体に黄金の光が灯る。


 アカリの時と同じく、少し宙へ浮かび脱力した状態で立ち上がる。

 神々しい光は放っているが、肉体の破損が激しいのでかなりホラーな状況だ。


 だというのに光に当てられた者たちは、泣きじゃくっている娘以外は全員平伏した。

 そう騎士としてではなく、民としての両膝を付く平伏。


「こ、この神々しい光って、やっぱり女神様だよね……?」

「聖人様って本当だったのね……」


 放心したアンドリューさんとマリンさんが頭を下げたまま、信じられないといった面持ちで呟く。その裏でハツさんとヘイハチさんが全力で平伏していた。

 そんな地に頭をつけるほど下げんでも……


「カ、カイト君!? ねぇ! 返事して!!」


 俺が動いた、と涙を流すアディの呼びかけに応えてやりたいが、今の俺には何も出来ない。

 早く説明するなりなんなりしてやってくれ。

 このままじゃアディが可哀想だ。

 あっ、あと見た目だけでも先にどうにかならない?


 スプラッタ状態の俺に抱きつく皆とか見てるこっちも嫌だし。


 ディーナに語り掛ければ黄金の光が強くなり、破損した体が修復されていく。


 ありがと、助かる。


「あっ! ああ! 治った! だったら大丈夫なんだよねぇ!?」


 エメリーが見たことが無い苦しそうな顔を見せて足に縋りついた。


「アプロディーナの名を持って我が子らに告げます。

 サオトメ・カイトはこの地に残り更なる試練に望むことを受け入れてくれました」


「え? あっ……」


 放心してただただ涙だけ流していたサラも蹲って泣いていたソーヤもエメリーとディーナの声を聞いて顔を向けた。

 アディたちは俺から女性の声が響いたことに面食らったのか、言葉が止まる。


「彼の復活には三年の時が掛かります。

 その後、再び今回の様な強敵と戦って貰うこととなるでしょう」

「「「――――っ!!」」」

「復活……カイト様は死なないんで済むんですね!?」


 皆が驚愕を示す中、アリーヤが必死の形相で問いかける。 

 先ほどまでの状態はどう見ても確実に死んでいたはずだが、この世界では体が消えていないイコールまだ生きているなのだ。

 だからこそ、ディーナが懸念していた意味がよくわかる。


 きっとこのまま放置すれば俺の死体が腐っていく様を、まだ死んでいないと思いながら見続ける羽目になったのだろう。

 愛する相手のそんな様を見ては誰であろうと精神が病んでしまうだろう。

 後追い自殺も十分ありえた。


 やはり彼女ディーナは状況が許す範囲で俺たちが幸せになれる様にと手を差し伸べてくれていることがよくわかる。


「はい。魂玉ではなく、この状態であればまだ復活が可能です。

 安心して下さい。

 復活させることは彼との話し合いでもう既に決まっていることです」

「あっ、ありがとうございます!!」


 脱力しながら立っていて、女声でしゃべる俺。

 うーむ、違和感が恐ろしい。


「良いのです。

 その代わりと言ってはなんですが、三年後の戦いには参加させられない事を了承して下さい」


 その言葉にアディが射抜きそうな程に目を見開き強い視線を向けた。


 あれ?

 殺しそうな勢いの顔してるんですけど、畏敬の念は?

 ディーナ、絶対怖がってるからやめてあげて欲しいのに言葉が出せない。


「……さ、ささ、三年後の戦いまでに、百階層の魔物を一撃で倒せる様になっていて、サオトメ・カイトが参戦を認めれば許可します。

 百階層程度は一撃で倒せなければ邪魔になり彼を殺すだけですからね? ね?」


 おおう。折れてしまった。流石アディさん怖い。

 本当にやめて上げてね。

 この女神様、驚くほど普通の感性持ってんだよ。

 引きこもりの所為か、かなり怖がりだし。


 アディは「感謝します」と再び頭を下げた。


「女神様、三年後再びこの地が凶悪な魔物に攻められる、と各地へ伝えて回った方が宜しいでしょうか?」


 マリンさんの問いかけにディーナは「要りません」と簡潔に返した。

 その声にアンドリューさんや、割かし精神的に落ち着いてるやつらから視線が向く。


「ここは当面戦場になりません。多種族の住まう地が目下の戦場となるでしょう。

 当然ですが、放置すれば更に凶悪になりこちらにも流れてきます」

「そ、それは流石に多種族自身で解決するべきでは?」


 アーロンさんが多種族の敵をこっちで受け持つのはおかしいと疑問を投げる。


「はい。当然人族は参戦しなくても構いません。

 ただ、世界を救う為に来て貰ったサオトメ・カイトには参戦して貰います。

 オークジェネラルと同様に討伐して頂かねば、人類が衰退してしまいますから」


 途中でサラとリズが俺が参戦することに「何故ですか」と抗議の声を上げたが『人類が衰退する』という続く言葉を聴いて口を紡いだ。


 まあ、ディーナはそれらを解決させる為に俺を呼んだ訳だしなぁ。

 内情聞いて納得して受けたんだから、動けるなら俺から皆を説得するんだけど……


 納得がいかないという視線を向け続ける皆へとディーナが『ゴホン』とひとつ咳払いをして語りかける。


「一先ず、人の危機は去りました。よく頑張りましたね。ご苦労様でした」

「ま、待って! カイト様を連れて行かないで!!」


 ずっと泣いていたソフィが手を伸ばす。


『うーん、確かに私の言葉だけでさよならは無粋ね……

 じゃあこのまま体を返すから、後は打ち合わせ通りにお願いよ』


 頭の中に直接響く声に俺だけに伝えてくれた言葉だと気がつき、了承の意を示す。


 漸く何も出来ない時間が終わった。

 光が収まり、地に足をつけると体の調子が気になり、肩と首を回した。


 何一つ問題がなさそうだ。と、皆に向き直る。


「皆、わりぃ。三年だけ待ってくれ。絶対帰ってくるからさ」

「「「カイト様!!」」」


 しがみついてくる皆を抱き返して優しく撫でる。


「さ、三年掛かるのではないのか?」

「挨拶くらいはさせてくれるってさ。

 しかし、生き返るのはアカリから聞いてたけど、こんなことになるなんてなぁ」


 うん。皆と三年も引き離されるとは思ってなかった。


「なるほど。切り札とはそういうことか。

 何故言わん……いや、それも神のお言葉であったか。

 何故言ってはならぬと仰せになったのじゃろうか」


 全て知っているけれど言えないので曖昧に笑って返せば、それ以上の問いかけはなかった。


「まあ、あれだ。三年ってのはちっと長過ぎるが、気長に待っててくれ。

 無理して鍛えたりするなよ。

 何度も言ってるが、無理しても良いことはない。

 生き返れないお前らが死ぬのは許さないからな」

「それ、カイト君には言われたくないんだけど……

 無理をしないで条件クリアすれば良いんでしょ?」

「そうね。頭がめちゃくちゃになるほど悲しませたのだから猛省しなさい。

 三年後にお説教よ。

 それと、あんたのやり方で篭れば無理にはならないからこっちの心配はしなくていいの。わかった?」


 アディとリズは目元を赤くしスンスンと鼻を鳴らしながらも、いつもの強きな姿勢にでた。

 当然こう言われると思っていたので「まあ、死ぬような無茶とか精神的に辛くなるほどやらなければいいよ」と返してハグをした。


「アレク、アイネアースの事、頼んだぞ」

「はぁ? どういうことだよ」 

「いや、うちの皆は多分ダンジョンに篭るだろうからさ。わかるだろ?」


 そう。それほど深くて知られているダンジョンと言えば、大迷宮となる。

 であればアイネアースには帰れないということだ。

『希望の光』も帰るだろうから心配はいらないだろうが、そろそろアレクは本題だった自分の夢を叶えるべきだろう。


「王国騎士になるのが夢だったんだろ?」

「馬鹿だな。こんな時に自分のこと考えるほど自分勝手じゃないよ」

「いやいや、俺、女神様にめちゃくちゃ凄い力貰えるんだって。

 なんか、次元が違う強さになっちゃうらしいよ。

 だから、俺の方はそんなに心配要らないって。三年後だし」


「三年後だしってなんだよ……」と涙目で言って易しく拳で胸を叩く。


 いつもの目を潤ませた上目遣い。

 そういうとこやぞ?


 もう諦めているので心の中だけに留めてサラたちに向き直る。


「俺からお前たちに頼みたいことはひとつだけだ。

 できたら俺の帰りを待っていて欲しい。

 その……他行かないでね?」

「ばかぁ! 当たり前なんだからぁぁ!!」


 エメリーが珍しく声を上げて俺の胸をポカポカと叩く。

 

「カイト様ぁ……三年もたったら私、もうおばあちゃんですぅ……」


 アリーヤがこの世の終わりの様な顔をして縋り付いて来た。


「馬鹿言うな。俺の世界じゃ二十代後半はお姉さんだ。

 全然大丈夫だからなんも心配すんな!」


 それから通信魔具も用いてシーラルに残ったメンツや、各国への連絡も入れて討伐完了したことや、三年ほど戻ってこられないことを伝えた。


 うちの皆からは再び無茶をしたことで泣かれたり責められたりしたが、最後は納得してくれたので、そろそろお別れする時間がやってきた。


「ホセさん、三年間『絆の螺旋』任せたよ。

 皆が無茶し過ぎない様に、頼むね?」

「それを今主に言われるのは業腹じゃが、仕方ないのう。任された」


 いや、ホセさんは一緒に戦ってたじゃん!

 あれは本当に仕方なかったでしょうが……

 それに、死んだのは自爆に巻き込まれてでしょ? 俺悪くないよ?


「レナード、コルト、ソーヤ、アディたちが暴走しないか見てやってな?」


 現状のやり方を崩さない限りは大丈夫だとは思うけど、それでも流石に寝る時間を削り過ぎて倒れたりしたら死ねるからな。


「そりゃ、俺の仕事じゃねぇだろよカイトさん……三年はなげぇっての」


 うるせぇ、やれ!


 と、目で訴えるがしょげた顔を見せられて視線が弱まる。

 気を取り直してコルトに頼むぞと視線を送る。


「言っておきますが女神の試練、俺もクリアしますよ。

 まあ、共に励むとは思うので無茶はさせない様にしますが」


 だから、頑張らんでいいっての!

 めっちゃ強くして貰えるんだから。


 なっ! とソーヤの頭に手を載せる。


「ぼ、僕は今回は強くなることに掛かりきりになるので無理です!」


 は?

 ソーヤが俺の言いつけを断る、だと!?


「ああ、そうか。怖過ぎて止められないよな。うん。ごめんごめん」


 そうだ。無理なんだから仕方ない。

 うんうん。ソーヤが俺の頼みを断る訳がない。


「あん? なんで苦笑いしてんだよレナード!」

「ははっ、カイトさんが本物だって思っただけだ」

「は? 当たり前じゃん。馬鹿じゃねぇの?」


 皆への挨拶が終わり、もうないかと見回せば、ハツさんとヘイハチさんはまだ平伏していた。

 もう、とっくに女神様は去ったよと二人を立たせる。


「申し訳、ございませぬ。我らが盾になってお守りするべきでしたのに!」

「いやいや、それはこの戦いの前までの話だよ。

 ディーナ……女神様も俺たち全員に向けて言ってたぞ。

 まさか、倒せるとは思わなかった。良く頑張ったって」


 あっ、ヤバイ。

 これじゃディーナが嘘付いてたって思われちゃうんじゃね?

 そんな不安に駆られたが、二人は神からのお褒めの言葉だと顔を綻ばせた。


「あ、あとさ――――――――」


 長い事此処を離れるのだし、マリンさんアンドリューさんにも声を掛けて戦争とか起こさない様に呼びかけて欲しいとお願いした。

 マリンさんだけは少し難しそうな顔をしていたが、呼びかけるだけならばと皆首を縦に振ってくれた。

 これで一先ず思い残すことはないと皆と向き合う。


「じゃあ、皆、行くね?」

「や、やだぁ!」


 抱きつくソフィに「いや、そろそろね?」と説得を図るが、間を置かず後ろからサラに抱きつかれ、左右でアリーヤとアリスが腕を取る。


 女性陣が離してくれないのが嬉しいのだが、このままだと離れられなくなる。

 ディーナがお膳立てしてくれたのが無駄になると心を律する。


 沢山の魔法やスキルの知識を貰ったから此処を離れる方法ならいくらでもある。

 折角だからずっとあったらいいなと思っていたこの魔法から試そう。


「三年だ。絶対戻るからな!? 『テレポート』」


 転移魔法で上空に転移し、突如俺の体は上空へと投げ出された。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る