第104話


「おつかれぇ~」


 森の方まで戻って打ち上げを行っている。

 オークの上位種の肉がビックリするほどに美味で中々に盛り上がっていた。


「ハツさんどうだった? 教国でもやれそう?」


 討伐時は前衛として奮闘してくれていた教国の二人に声を掛けた。

 二人は明日の朝に帰って再びこの地に来なきゃいけないので少し心配だ。


「正直、繰り返し行うのは難しいでしょう。

 あの程度の数でしたら勝てはするでしょうが犠牲も多大なものとなりますので」

「時間を掛け通常のオークで兵を強くし、上手いことやるしかありませんな」


 まあ、そうだよな。

 けど今のままでも勝てるなら安心だ。

 そこにマリンさんを含めたカノン王国軍が加われば、問題ない筈だから。


 それに上位種の群れはまだ割りと離れているらしいので、まずは通常のオークを減らすところから始まるだろう。

 

「んじゃ、俺らは帰るか」

「えっ!? もう終わりにしちゃうのかい?」


 不完全燃焼感全開のアンドリューさんに「残ってもらっても構いませんよ?」と告げれば彼はヒューイさんたちと相談を始めた。


「やけに帰りたがるのね。一体どうしたのよ。

 あんたならこんな状況で帰るって言い出すのは意外なのだけど?」


 リズが覗き込むように首を傾げ流し目で見つめる。


「居ても良いんだけど、これ以上はなぁ。

 今の状態なら教国と連合国が本腰を上げれば対処できるだろ。

 なら戻ってダンジョンに行って効率よく強くなった方が良いなって思ってさ」


 あのカノン王国での一件がどうしても引っかかるんだよな。

 あの段階でも魔物側が優勢だっていう女神の発言が……


 確かにぬしが群れを成して来たのであれば、魔物側が優勢だろう。


 だが正面から当たらなければあの時点でも人側が優勢だった。

 まあ、優勢と言っても俺らが間に入らなければ、教国と連合諸王国はほぼ壊滅するだろうけど。


 どちらとも言えるのだから受け止め方次第。

 念の為に帰ることを選択しただけだ。


 そう。仕事を押し付けてバックレようという訳ではないのだ。

 うん。だって彼らが帰りたくないって言ったんだもの。


 俺は悪くない、などと考えていれば視線を感じた。


「……その顔を見る限りは深刻な状況ではなさそうですね」

「いや、全部話してるんだからわかるだろ? 実際は何もわからんて……

 ただまあ、あの程度なら連絡さえ取り合ってれば何とかなるかなってさ」


 うん。少なくとも救援貰って駆けつければ間に合うレベルだ。

 てか、雑魚まで全部狩ってしまう方が宜しくない気がする。

 もう少し教国の兵がレベルアップしてくれれば結構な戦力になるんだし。


「なるほど。そういう理由なら僕らもダンジョンの方へ行こうか。

 面白いダンジョンがあるみたいだしね?」

「戦えるならどこでもいい!」


 ステラの声に微妙な顔をしているもののシグさんたちも異論はなさそうに頷いた。


「じゃあハツさん、ヘイハチさん、俺たちはダンジョンの方で再び鍛えてこようと思います。それまで、宜しくお願いしますね」

「「ハッ! しかと承りました」」


 彼らは律儀にも地べたに正座をして深く頭を下げた。

 ただの土下座スタイルのはずなのだが、彼らがするとそう見えないのだから不思議だ。


 そうして俺たちは帰路へと付いた。





 数ヶ月ぶりにシーラルへと帰還した。

 主な目的は皇国三大迷宮の一つである巨大ダンジョンだが、一人向かわせたアイザックさんが無事に着いているかも気になる所だ。

 まあ、リックからの連絡も無いのだから無事な事はわかっているんだけど。


 そう思い、古参メンバー以外を宿に置いて絆商会支店への帰還だったのだが……


「何……? この人だかり……」


 簡素だが大きな騎士宿舎然とした出で立ちの建物の入り口に立ち並ぶ行列が見えた。

 一先ず確認するかと行列を無視して中へと進めば……


「おい! お前ら横入りするんじゃねぇ!」


 などと文句を付けられた事から彼らの目的が何となく察せられた。

 きっとうちを利用したいという連中なのだろう。

 

「俺たちはここの人間です。というか出資者ですね」


 お客さんだからと笑みを浮かべてそう返せば、視線を集めてしまったがすんなり中に入れた。

 今はお昼時なので中は静かだ。

 きっと応接間でお客の相手をしているんだろうなとスタッフルーム専用通路から奥へと進んだ。


「えっ! カ、カイト様?

 ビックリするじゃないですか。来るなら連絡くださいよ!?」


 奥で書類仕事をしていたリックが立ち上がり嬉しそうに俺たちを見回す。


「アイザックさんはもうこっちに着いてるよね?」


 流石にすぐ出ただろうからとっくに着いてるだろうと問いかければ「ええ、今入居希望者との面接をして貰っていますよ」と返事が来た。


 どうやら俺たちがカノンにいる間に貧困層の住民へとここの噂が回ってそうな。

 酷使されるはずの奴隷たちが、自分たちよりも良い生活をしていると。

 そのお陰で入居希望者が殺到したらしい。


 そこまでは良かったのだが、その数が多すぎた。

 部屋の空きも貸付資金も圧倒的に足りないということで、面接を行う運びとなり、今その対応をアイザックさんがしているようだ。


「へぇ……それで、新人君たちはどれくらい行ける様になったの?」

「はい、一番幼いヤヤちゃんですら十三階層まで降りれるようになりましたね」


 うん? 遅くない?

 あれから四ヶ月程度って考えると……

 いや、支援魔法無しだしどうなんだろ? わからん。


 そうして小首を傾げて居れば――――――――


「全然遅くありませんよ? 騎士学校のことを思い出してください」


 あ~。うん。学校の卒業試験が十二階層のゴブリンだったな。

 一撃って縛りも入れてるし一般的に考えたら四ヶ月でそこなら早い方か。 


 そうして話を進めていけば大半はもう既に謝金返済に向けて稼ぎをあげているらしい。

 ヤヤちゃんみたいな完全な初心者だった者たち以外は順調の様だ。


「じゃあ、問題はない?」

「はい。一つ上げるなら、一度シーラル子爵がいらっしゃったくらいでしょうか」


 どうやら、絆商会の話を聞いて様子を見に来てくれたそうだ。

 子爵も『経済が回るならありがたい。困ったことがあれば相談に来い』と言ってくれていたみたいだ。


「そんな事より、そっちはどうだったんですか?」


 少し心配そうな視線を送るリックに声を返そうとしたらアイザックさんが入室してきた。


「おお、やはり皆さんでしたか。ご無事で何よりです」

「うん。そっちも順調そうで何より。じゃ、仕事中だし簡潔に報告だけするね」


 そうして戦場での出来事を報告し、気になっていたヤヤちゃんのお母さんとはどうなのと問いかけてみれば、どうやら上手くいきそうな感じだった。

 ただ、すべては貸付金をすべて返済してからだと言われてしまったそうだ。

 お金で買われるみたいで嫌らしい。しっかりしてそうな人でよかった。





 話が終わり、取った宿を伝えて再び宿へと戻る。


 そして再びお小遣いをあげて二日の休日期間を設けた。

 一応泊り込みの大討伐だったしもっと時間を取りたい所だけど、鍛える為に戻ったのだからそうも言っていられない。

 なので小遣いの方を奮発した。


 一人頭金貨三枚だ。二日ならばかなり豪遊できるだろう。

 本当に貰ってもいいのだろうかという顔をされたが、カノン王国で結構な金額貰っちゃったし、マリンさんが他の諸王国からも贈られるだろうと言っていた。

 教国も払らわせて欲しいと言っていたそうなので資金に余裕がありまくりなのだ。


 前哨戦とはいえ、大きな討伐を終えたのだから自信を持って受け取れと無理やり持たせた。


 数日とはいえ、命がけで働いたのだからこのくらいは貰うべきだろ。


 大きな宿の食堂で皆で談話しながら食事をしていれば、通信魔具が光った。

 

「えっと、俺だけど?」と、誰かわからず少し不安げに声を返す。


『ぅっ……っく……すまぬ、再び力を借りられぬだろうか……』


 は? なんで泣いてんの?


 通信の相手は嗚咽に耐えながら掠れた声を上げているルークだった。


「えっと……何があった?」


 予想外のことに困惑しながらも、話を聞かなきゃ始まらんと問いかけた。


『エリヤの奴が……父上を討った。我らは今、学舎にて立て篭もっているのだが、持って三日、いや……どうだろうな……こちらの魔力と魔石が尽きたら終わりだ。

 いや、こんなバラバラに話しても伝わらぬか――――――――』


 彼は震える声を抑え、大きく深呼吸をすると事の顛末の説明を行う。

 食事の手を止め、静まりかえった食堂にルークの掠れた声が響く。


 事の始まりはルークが守護騎士を連れ出立して半日ほど経った時。

 宰相であるスウォン公爵軍が緊急事態と偽り、二万の兵を無理やり皇都に雪崩れ込ませ、皇宮にまで押し入り守護騎士五十や常駐する中央軍千の騎士との戦闘が起こった。


 本来中央軍はもっと居るはずなのだが、公爵の策略により他領へと向かっていたそうだ。


 それにより、二万対千五十の戦い。

 それだけでなく姦計により、皇宮への門を越えられてしまっていた。


 数の差を埋めることはできず、エリヤ皇子、スウォン公爵連合軍はそのまま皇帝を捕らえたそうだ。


『こともあろうにアヤツは父上を貼り付けにして皇宮前に吊るし、衆人環視の中で処刑とのたまい惨殺しやがったのだ。    

 もう許す許さないの問題ではない。完全な国賊であり、許されざる悪徒だ。

 だが、私にはそれを正す力が……ない』


 彼は言いたい事を言い終えたようで、そこで言葉を止めた。


 俺はうちの皆を見渡す。

 呆れた顔、苦笑い、頭痛を堪えているような顔、様々な様相を見せていたが皆一様に不承ながらも頷いて見せた。

 アディとリズが『どうせやるんでしょ?』と声を合わせて呟いた。

 二人はハモった事に驚いて顔を見合わせる。


 まだ何も決めてなかったんだけど……

 まあ、やろうと思えば不意打ちで押し入って殺すくらいはできそうだけど、流石にそれをするのは俺の仕事じゃないな。


 かと言ってこのままルークを見殺しにする選択肢もないか。

 ああ、そっか。選択肢はないのか。

 だからどうせやるんでしょって言われたんだな。


「あ~、わかったわかった。何すりゃいいの?

 わかってると思うが命の危険を感じる事はしないぞ」

『た、助かる。頼みたい事は一つ。

 皇都の外へと連れ出して欲しいという事だけだ。

 それだけなら然程危険は……無いこともないが……

 という事なのだが……それ以前に三日ではこちらまで来られぬだろうか?』


 おおう。かなり弱ってやがるな。


「いや、丁度今日シーラルに戻ってきた所だから三日もあれば十分だぞ?」

『そ、そうか……』


 強行軍で走っていけば一日で着くな。


「んで、救出対象は何人? 流石に学生全員護衛しろって言われても無理だぞ」

『引き受けてくれるのか?』

「いや、だから多過ぎたら無理だって言ってんだろ?」

『護衛対象は四人だが、守護騎士の半数はそのまま私の所に居る。

 護衛よりも守護騎士と共に我らの通る道を作って貰いたいのだ。頼めるか?』


 あん? 守護騎士が居て逃げるの四人なら自分たちで行けるだろ?

 ああ……二万の軍に囲まれてるんじゃ厳しいか。

 まあ、二万って言っても魔法は使えるがオークレベルだし俺なら問題ないけどな。

 圧縮した纏いを使えば魔法もスキルも耐えられるし。


「皆、俺は休日期間を使って手伝う事に決めたから一人で行って来るわ。

 まあ、距離的に四日くらい掛かるかもだけど宜しく」

「「「はぁ!?」」」


 あれ? なんでそんなにキレてるの?

 命の危険は無いと思うし休日だよ?


 そうして皆に説得の言葉を放つが、そういう問題じゃないと再び怒られてしまった。

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