第77話


 気付かれずに宿を出れたと息を吐いて背伸びをする。

 

 よく考えたらもっと早くこうするべきだったな。元々手伝うが好き勝手に動くって言ってあったんだし。


 それに俺一人に押し付けようとし過ぎだろ。

 強くないってわかったら微妙な目を向けてくるし。正直好かん。


 まあそれはそうとさっさと移動するか。

 この町でミスリル装備はかなり目立つから、おたおたしてたら見つかってしまう。


 そうしてヘイストを掛けて走りだした時だった。


「困るなぁ、どこいくつもりだ? 聖人様よぉ」


 顔を向ければ何故かハクが併走して付いてきていた。

 こいつ、模擬戦で勝ったからっていきなり態度変えてきたんだよな。

 それが魔法を教わる態度かってキレそうになるほどだった。我慢したけど。


「なんで付いてくるんだ。何処に行こうが俺の勝手だろう。

 所有物みたいに言ってくるなよ。いい加減怒るよ?」


 一先ず民家が無い場所まで走り、足を止めた。


「ああ、好きに怒れよ。何言っても力で無理やり連れ戻すがな」


 カッチーン

 何こいつ…… 


「お前さ、ヘイスト教わった時点で気付けよ……勝てるつもりなの?」

「当然だろ。もう同じヘイストが使えるんだ。そんなこともわからないのか」


 よし。決めた。シメよう。


 そう決めた瞬間、即座に魔力を纏い踏み込んで顔面パンチを放った。

 いきなりくるとは思っていなかったのだろう。

 ハクはモロに食らって吹き飛んでいった。


 その間にシールドとマジックシールドも掛けた。

 ハクは口を拭い立ち上がり刀を抜いた。


「まさか、本当に自分より強い相手に逆らってくるなんてな。

 俺より弱くて頭も回らないのに何であんたが聖人なんだ?」

「抜いたって事はそっちも覚悟があるんだよな?」

「やれるもんならやってみろ。

 勘違いして調子に乗ってるみたいだから死なない程度に切り刻んでやるよ」


 言い終わると同時に切りかかって来たのでこちらも抜いて応戦した。

 甲高い金属音が響き、剣筋を追う様に火花が舞う。


 やはり、ヘイストの素質分、俺の方が早い。

 ソフィアほどじゃないが、俺のヘイストは他のやつらよりも早い。

 元々拮抗していたのだ。

 これなら普通に勝てるだろう。


 まあ、本気で殺すならちゃんばらに付き合わなくても他にも方法はあるんだけど。

 思考を回しながらも攻撃を往なして様子を見ていると、思い通りに行かないからか彼の表情がわずかに歪む。


 っと大振り来た!


 大きく横に振ろうとした刀を力が乗る前に手甲で止めてそのまま腕を落とす。


「――――ぅぐっ!」


 膝をついて血がしたたる腕を押さえたまま硬直して視線を向けるハクに剣を向けた。


「んで? 殺される覚悟があるから抜いたんだよな?」

「ちぃっ! いいのかよ!?

 お前、聖人なのに侍を殺ったなんてなったら名声は地に落ちるぞ?」


 聖人?

 ……お前らが勝手に呼んでるだけだろ。

 名声なんて望んでねぇっての!!

 ムカついたから蹴ってやろう。

 えいっ!


「ぐはっ! やめっ! おいっ!」


 とりあえず、顔をサッカーボールの様に蹴り続けて居れば、木陰で何かが動くのを感じて振り返った。 


「聖人様、どうかその辺でご容赦を……」


 ヘイハチさんだ。地に両膝をつき平服していた。 

 気絶したハクを放置して彼に向き合う。


「元々殺す気はなかったけどさ。

 剣を抜いて切り刻もうとしてきたんだよね、こいつ。

 てか今ここに居るって事は見てたよね?

 少なくともあんたは俺の味方じゃなくない?」

「申し訳御座いませぬ。お守りするには多少の荒事も致し方無しと……」


 いや、だから俺はあんたらの所有物じゃねぇんだよ。


「元より協力はするが自由にやらせて貰う約束だ。

 条件が守られなかったって事で約束は無しでいいんだよな?」

「そ、その話は教皇様へとお願い致します。

 唯一つ信じて頂きたいのは、教皇様は貴方様をお守りしたく強い命令を放ってしまっただけなのです」


 そう言われても、それを信じたところでなんだけど……


「そう。で? あんたも力尽くで来るの?」

「お願いを聞いて下さらないのであれば、致し方ありません。

 お望みであれば後に命を持って償います。どうか聞き届けて頂きたい」


 なんだよそれ……性質悪いなぁ。

 まあ、まだ全然近いし教皇に一言告げておくのもありか。

 あ、けどその前に。


「見せてないから仕方ないかもしれないけどさ……

 そう簡単に押さえつけられるとは思わないでね?」


 ニヤリと笑顔を見せてから彼らの場所だけを残し全方位にファイアーストームを放った。

 どうやらこれが出来るのは俺くらいらしい。

 普通は詠唱に時間が取られて此処まで連続して出せないのだ。

 これを接近戦をこなしながら撃たれたら逃げられるやつは早々居ないだろう。


「見せてしまって宜しかったのですか……?」

「ああ、一度戻って話をすることにしたしね。そいつ、連れてきてくれる?」

「畏まりました……」


 一度という一言を付けた事で察したのだろう。彼は困り顔で頭を下げた。





 宿に戻り、シホウインさんを起こさせて話し合いの席について貰った。

 物音で起きてしまったユキコちゃんとヘイハチさん、目覚めたハクも居る。

 当然だがハクの治療はしていない。


「さて、これで当初決まった約束事は破談になったよな?」

「えっ? それは……どういうことでしょうか?」


 彼女はまだ現状を理解していない様子。

 ヘイハチさんが起こしに行った時に話したと思っていたのだが、まだ何も聞いていない様だ。

 ハクの腕が無く血だらけなことで尋常じゃない状態なのは理解している様だが。


 仕方が無いので事のあらましを説明した。


 説明を終えるとユキコちゃんが「なっ、なんて事を!」とハクを睨みつけたが彼は反抗期の子供の様にそっぽを向いている。


 そして約束を破ったことを突きつける。


「俺は自由にやらせて貰うって話だったよね?

 まさか自由を阻害するだけじゃなく、切り刻もうとしてくるとは思わなかったよ」

「お、お待ちください!

 私は出て行かれた際はなんとしてもお引止めする様にと言っただけで……」


 あー、やっぱりか。力尽くで連れ戻せって言うタイプじゃないもんな。


 けど、こうなってくると皆が来ないのも国側が何かやってるんじゃないかって疑っちゃうんだよな。

 そうじゃなくても心配だから早く迎えに行きたい。


「そこは自由にしていい約束だよ。

 それに部下がやらかした責任は貴方にもあるよね?」

「それは……はい」

「なので約束は白紙に戻してこの国を出る。

 まあ俺が出せる手札は最初から魔法くらいなもんだから、与えられるものはもう無いし、後はそっちでやって」

「お、お待ちくださいっ!」


 突如、大きな声を上げたのはユキコちゃんだった。

 彼女に視線を向けて「何?」と端的に問いかける。


「こちらに落ち度があったことはわかりました。この男が犯罪を犯しご迷惑をおかけして強い不信感を持たれたという事も理解しています。

 ですが……どうか! どうかお見捨てに……ならないでください……」

「いや、別に見捨てるつもりはないよ?」

「へっ?」


 いや、だって放置したらこっちにもくるじゃん。


 この国の大軍勢で止められないならアイネアースでも無理だと考えるべきだ。

 俺がそっちでやってと言ったのは敵が攻めてくるまでにこの国がする対策の話。


 そう。なんでそこまで俺がやらねばならんのだということだ。


「討伐には加わるつもりだよ。好き勝手やらせて貰うけど」

「ほ、本当、ですか?」


 縋る目で問いかけるシホウインさん。


「本当だけども、いくら神の言葉があるからって丸投げしようとしすぎじゃない?

 言っておくけど俺は、違う世界から承諾も無しにいきなり拉致られて、何の力も与えられず三十五階層レベルの魔物がうじゃうじゃ居る所に落とされて、その上、未だに神からなんの説明も受けてない身だからね?

 ぶっちゃけて言うなら信仰心は無いよ?

 こっちに来て幸せな事も多かったから恨んでもいないけど、本来なら協力する義理はない」


 そう、拉致られて魔物の森にポイ捨てされたのだ。

 普通ならば許せるはずがない。


 好きな人たちと出会えたからこの世界に来れたことを感謝して、ある程度相殺されたというだけの話。


 この話もしているはずなのだが、信仰心が強すぎるからか俺が協力する義理がないということに繋がらなかったらしい。


「ですがそれでは……神のお言葉を守れません」

「いや、そんなの知るかよ」


 拉致があかないと突き放して答えれば沈黙が訪れた。

 まあ、言いたい事は言ったし、そろそろおさらばしようかなと考えている所でずっと黙っていたハクが口を開いた。


「なんでこいつの言いなりになってんですか? 知識が必要なら力づくで言うこと聞かせりゃいいじゃないですか。大人数で掛かれば余裕でしょうよ」

「あなた……それでも誇りある侍ですか!?

 そんな事はサクラバの名に掛けて絶対に許しません!!」


 ユキコちゃんが殺意を持った目でハクを睨むが彼に意に介した様子は無い。


「わ、私は……どうしたら良いのでしょう……神命を遂行する為にはお傍に居なくてはいけないのに……」


 おーい。まだそこで思考ループしてんのかよ!

 いらないっての。俺にはもう守り合う仲間居るし。


 そもそも、言ってる事おかしくないか?


「シホウインさん、もう一度聞きたいんだけどさ。

 神様はに手を差し伸べるって言って俺を召還したんだよな?」


「はい、そうです!」


 彼女は自信に満ちた目で力強く頷いた。


「俺をって言ったんだよな?」


 丁重に扱わなかった事を責められたと思ったのか所在無さげに「はい」と短く頷く。


「どっちもそれが教国内である必要ないよな?

 お前らの国を守る為に俺が拘束される理由は神託には含まれてないよな?

 追加で言うと、あんたらのおかげで守りあえる間柄の仲間と引き離されてんだが?」

「――っ!?」


 流石に気がついてくれた様だ。引き止める理由に神託は使えないという事に。


「正直な話、俺はもっと強くなっておかなきゃいけないんだよ。

 その為にはこの国を出て空いてるダンジョンを巡らなきゃならない。

 今此処で拘束されるのはただ足を引っ張る行為でしかないんだ」


 シホウインさんはゆらゆらと迷いに満ちた目で視線を彷徨わせる。


「でしたらせめて、私たちは何をしたらいいかを……道をお示しになっては下さいませんか?」

「いやいや、それくらいはわかるだろ。

 文官に作戦を考えさせて、武官は遠征してでもダンジョン行けよ」

「それだけ、ですか?」

「足りないと思うなら考えれば? 正直、人任せにしようとしすぎ。

 まだ殿様の方が自分たちで考えて行動しようって気概があったぞ?」


 人にハニートラップを嗾け様ともしていたが、戦力増強や討伐時の陣形などの話は食いつくだけでなく広げて提案もしてきていた。 

 魔法を教えに行った際、ダンジョン遠征はもうすでに開始したと言ってたし。


「って事で話は終わりでいいな?」

「聖人様、我等の処分をお決めになってください」


 はっ? やだよ。


「好きにしなよ。ああ、でもこいつは金輪際近づけんな。顔見るだけで腹立つわ」

「ハッ! 寛大なご処置に感謝致します」


 正直ハクだけは罰して欲しいけど、ヘイハチさんは常に礼節を保ってくれてたし、命令を遂行しようとしただけだもんな。

 この馬鹿を止めずに見てたのは腹立つけど。


「ご安心下さい。ハクに関しては当然斬首刑と致します」


 え? 斬首?

 いや、まあ、聖人様なんて言ってる相手を切り刻もうとしたんだから、この命が軽い世界じゃ普通、なのか?


「なっ!? なんでですか? 俺は命じられた通り動いただけですよ!?」

「貴方も神託の内容を知っていたでしょう!

 ならば武器を向けることが許されざる罪なことくらいわかる筈です!」


 涙目で睨みつけるシホウインさんの横でヘイハチさんが初めてハクに対して口を開いた。


「己の死に場所すらも汚すとは……無様な。

 お国の為に命を張る気概を見せたと思っていた。貴様は侍ではない」

「違うっ! 俺は侍だ! 弱い奴に垂れる頭を持ち合わせていないだけだ!」

「実際に立ち会っても手心を加えて貰い尚負けたことすらわからなかったか。

 哀れよな」


 その後も彼は侍だと吼え続けた。

 それを見かねたシホウインさんがヘイハチさんに命じて連れられて行く。


 漸く終わったと立ち上がり「じゃあ、俺は行くから」と外へ出たのだがユキコちゃんが後ろを付いてきている。


 見送りかな?


「あの……お傍付きを許して下さいましたよね?」


 おおう。付いてくる気だ。

 まあ、この子ならいいか。


「うん。じゃあ、行こうか」

「はいっ!」


 そうしてユキコちゃんと二人で皇国方面へと歩を進めた。

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