第73話


 光輝く水晶におばちゃんが魔力を送ると水晶の光が収束し、人の形を作り上げた。


 ご立派な椅子に腰を掛ける三十代程度の男に、隣に立ち此方を睨む老人。座った皇帝であろう男の肩に手を当てる若い女性が宙に映しだされる。


『ふむ。そやつがサオトメか?』

「……大国とはいえ、先ずは挨拶からではありませぬか?

 いきなり攻め込み、その直後にこの様な態度で臨むなど約束すらも出来ぬ国と捉えざる得ませんぞ?」


 ワイアットさんが鋭い視線を送ると、あちらの老人が唾を飛ばす勢いで「何をぬかすか小国の宰相風情が! 身の程を弁えろ!」と怒鳴り声を上げた。


『待て。これは失礼した。先ほど話したばかりだったのでな。では、再び名乗ろう。

 余はティターン皇国皇帝、アシェル・バル・ティターンと申す。

 要件は先ほど伝えた通りだ。

 最悪は条件次第でオルバンズの半分をくれてやってもいいかと思うほどに本気だ。

 間違っても本題が別にあるとは思わないで欲しい』


 オルバンズの半分を割譲するという話に此方の大臣たちが思わずといった風に声を漏らした。

 皇帝は最後に目を伏せ、軽く頭を下げて見せる。


 皇帝が座ったまま自己紹介を終えると顔を赤くして睨みつけていた老人が続いた。


『わしはライドン・バル・スウォン公爵である。皇国で宰相を務めるわしは小国の王より力を持つと心得よ。これ以上の不敬はこのわしが許さんぞ!』


 随分と上からな言葉だが、こちら側の誰一人と表情を変えるものは居なかった。

 一人一人立ち上がり、名を名乗り頭を下げるとワイアットさんが口を開いた。

 

「ティターン皇帝の先ほどの言葉で要望が本気なのは理解したが、大恩あるサオトメ名誉伯爵を売り渡すような真似はできませぬ。

 そちらから戦をし掛けた直後。国の主力をおいそれと渡せるとお思いか?」

『確かにな。だが、余が許可した戦では無い事もわかってくれ。

 経済制裁を行い、戦を止めようとしていたくらいは調べが着いているだろう?』

「そうですな。全面戦争を匂わせられなければその様に思ったことでしょう」


 ワイアットさんの返答に、ティターン皇帝は眉を潜め困った顔を見せた。

 もっと傲慢な対応で来ると思っていたが、思いの外皇帝は普通の対応だ。


『ええい、小賢しいわ!

 黙って従えと言っておるのがわからんか! 聞かぬなら国を潰すまでだ!』

『黙れ、ライドン。これ以上邪魔をするならば、貴様の地位を考え直さねばならん。

 すまぬな。余は要望を聞いて貰えれば、ある程度の譲歩は受け入れるつもりだ。

 聡明なワイアット殿であれば、本気の度合いはもうわかっているのだろう?』


 彼は先ほどとは打って変わって視線を尖らせた。

 それを受けたワイアットさんは深く溜息を吐く。


「そう、ですな……腹を割りましょう」


 そう言いながら彼は此方に困り顔を向けて「よいか?」と問いかけた。

 正直全然よろしくない。けど全面戦争になれば負けるのは確定だ。

 停戦している皇国は数万の騎士を余裕で動員できるみたいだし、ただ数で押されるだけで潰されるだろう。


 まあ、最悪は皇国に一度行ってから逃げればいい。それでアイネアースの責任はなくなるだろ。たぶん……

 そう結論を出してワイアットさんに頷いて返した。


「こちらの要望は第一にカイト・サオトメ名誉伯爵の安全と立場の保障、また本人の意思に関わらず隷属魔術を行使しないこと。

 二つ、此度の戦争に置ける損害賠償。

 三つ、オルバンズ伯爵が行った悪行を開示し非がそちらにある事を示すこと。

 それらを皇帝、宰相、双方と契約を結んで頂けるのであれば一時的に皇国に向かわせる事をよしとしましょう」


 流石、ワイアットさん。立場まで考えてくれた。ありがてぇ。


『そうか。ならば丸く収まりそうだな。

 だが二つ目だけは細かく聞かねばならぬところだ。どの程度の賠償を求める?』

「そうですな……此度は金銭のみで構いません。大金貨三千枚で手を打ちましょう」

『なに!? オルバンズはいらんと申すのか?』

「ええ。そちらに手を伸ばすつもりはございませんな。まだ東に未開の地もあります故」


 オルバンズの割譲を求めなかったからか、スウォン宰相は詰まらなそうな顔をみせながらも怒気を収めた。

 皇帝も驚いた顔を見せてはいるが、異論は無い様子。


『サオトメもそれで良いか?』

「えーと、何をさせられるのかすら伺ってないんですけど……?」

『ああ、そうであるな。

 隠す理由もない。そなたを呼ぶ理由は偏に教国からの要請によるものだ。

 我々にアイネアースと敵対するつもりが無いのもこれでわかるであろう?』


 え? 全然わからないけど……と首を傾げればニコラスさんが教えてくれた。


「なるほど。教国が重い腰を上げ停戦の調停をした理由はそこにありましたか」

『そうだ。そっちで話を詰めて居る間にオルバンズ伯が勝手に動いてな……』


 何故か皇帝はスウォン宰相をギロリと睨んだ。

 確か、オルバンズは公爵と繋がりがあったらしいから理由はそこだろうけど、俺が知りたいのはそっちじゃないよ? 


「あの、アプロディーナ教国は何故俺を?」


 行った事も無ければ存在を知ったのすら最近なんだけど……


『神託がくだったのが理由だそうだが、詳しい事は知らぬ。

 面会した時に本人に告げると言って居た。その機会を作らねば連合諸王国と共に攻め込むと言ってな』

「あー、じゃあそいつらに俺からお断りを入れれば帰ってもいい感じですか?」

『うむ。やつらを納得をさせられればそれで構わん。

 しかし理由も無しにはこれほどの事をしないだろう。簡単にはいかんだろうな』


 なるほど。

 ってこれ帰れなそうじゃないかとかなり不安を感じたが、皇国の中では今回の話に関すること以外の命令は一切聞かなくてもいいと言ってくれた。


 元々そっちの方に遊び行きたいと思っていたし、断る自由があるのなら別に構わないか。

 勿論全面戦争を天秤に掛けたからこその話だが。


「わかりました。その話、お受けします」


 一つ頷き返答を返せば、契約の日取りなど、その他もろもろの話が進んでいく。

 

 場所はオルバンズ。日取りは二週間後。

 オルバンズまでなら騎士は好きに連れ込んでいいらしい。どうやらオルバンズ返還に対して金を渡す形を取りたいのだとか。


 その所為でギルドメンバーを皇都まで引き連れて行く事は認めて貰えなかった。

 戦争で活躍した敵側のギルドを迎え入れると問題が起こるからダメらしい。


 身の安全に関しては皇帝の名を持って約束してくれるそうで、契約もあるし酷い事にはならなそうなので、皆とは暫く離れる程度で済むだろう。


 これからの予定の話し合いが一段落着くと、契約書作りの話し合いが続いた。

 終始話はスムーズに進み、ティターン皇帝へのイメージがガラッと変わった。


 皇帝は問い掛けに対して真っ直ぐに答え、出来る限り譲歩するという姿勢を取っていたのだ。


 そうして話が終り、映像が消え大臣たちが一斉に「本当に良かったのですか?」と問い掛けた。


 おっ、俺愛されちゃってる?


 なんて思って聞いていれば、オルバンズ領の割譲の話だった。


 ですよねぇ。


「うむ。いくら隣接地とはいえ、文化も違えばあのオルバンズじゃ。国内にもまだまだ土地は余っておるし、今であれば本当に東部に領土を延ばす事すら可能じゃろう。

 万全ならまだしも兵が激減している今、仮想敵国内部の領地などいらんよ。

 害にしかならぬ」

「そう、ですね……

 考えてみれば、全部ならまだしも国境の壁から作り直さねばならなくなりますし、相当な数の兵も送らねばならないでしょうから、厳しいですね」


 そっか。日本と違って土地はかなり余ってるもんな。

 それに、兵の錬度が更に上がったとはいえ、オルバンズの所為で多くの騎士が死んだしなぁ。

 ヘレンズの騎士たちと王国騎士の件で二千人以上だ。

 ……今回の戦争に出れたのが二千人だったし、そう考えるととんでもない数だ。


「しかし、サオトメ名誉伯爵殿には申し訳ない結果になってしまったな」

「仕方ありませんよ。

 皇国も自分達が潰されるかもってなれば全力で潰しに来るでしょうし。

 まあ、理由次第ではぶっちぎって帰ってくる予定ですから」


 だから気にしないでいいよと告げたつもりなのだが、なにやら心配そうな表情を向けられた。


 解せぬ。


「酷い仕打ちを受けたならばそれで構わぬが、自分から喧嘩を売ってはいかんぞ?

 庇おうにも罪人だと言われてしまえば色々難しくなるでな」


 あっ、そっか。

 あれ?

 もしかして、契約結んだから大丈夫だなんて考えてたの甘い?

 不敬罪とかそういうのなら簡単に犯罪者に出来るよね?


「まあ恐らくは丁重に扱われると思うよ。

 命懸けの契約を結ぶ以上、犯罪者に仕立て上げる行為なんて出来ないし、教国だって他国でそこまでの無茶は出来ないだろう」


 そんなニコラスさんの言葉に安心を貰い、色々な注意事項を延々と聞かされて漸く解放された。

 





 ギルド本部である屋敷に戻り、大広間で団員が全員席に付き向き合っている。


 急遽予定を変更して、ギルドメンバー全員で屋敷に戻り報告を入れれば、アディがテーブルを叩き声を荒げた。


「なっ!! 何でそんな話受けちゃったのよ、ばかぁぁ!!」


「そりゃ、受けなきゃ全面戦争だって言われたからだろ?

 カイトさんを責める所じゃねぇ。俺たちがこれからどうするかだ、馬鹿女」


 レナードの言葉に珍しくアディが視線を弱め、しがみついて来た。

 申し訳なさに頭を撫でればいつの間にかソフィも反対側にくっ付いていた。


「しかし、これからどうするか、か……難しい所じゃ。

 ギルドを解散し、騎士の立場を捨て秘密裏に付いて行けば……いや、それを条約違反と捉えられてしまえば主の身が危険じゃな……」


 レナード、ホセさんの二人は早くも頭を切り替えてこれからの話に移った。

 それにコルトやアイザックさんたちも加わり、会議の様な話し合いが始まる。


 だが、女性陣は沈黙したまま呆然としていた。


「あー……さっきも言ったけど、教国の奴らと話して諦めて貰えば帰っていいって言われてるからな?」

「カイト様……ここまで大事にしてまで呼び寄せて、帰らせてくれる筈が無いですよ……」


 え? どうして?

 だってはっきりお断りすればいいだけじゃん?


 彼女達を安心させようと思って言った一言だっただが、コルトの言葉に困惑し話が止まる。


「教国は帝国を潰してでもとカイト様を欲しがったのですよね?

 そしてそれが神託に寄るものだと……」


「う、うん。そうだけど?」と返せば皆が一斉に溜息を吐いた。


 いやいやいや、まてよ! 

 情報が欲しいだけかもじゃん?

 出せる情報出して他ははっきり断ればいいだけじゃん。 

 それが無理でも、協力関係を築いて皆を呼び寄せる事もできそうじゃん!


 ほらぁ! ちゃんと考えてんだよ、馬鹿にすんなよ!


 と憤りを露にして色々言ってみたが余り心に響いた様子は無い。


 何故だ……


「ホセさん、教国行きさえ決まれば私達が共に向かう許可を取るくらいならできるのではありませんか?」

「ふむ。アリーヤの線で考えていくのが一番可能性が高いかのう。

 まあ、教国はわしらなぞ入れたがらんじゃろうが……」

「それはそうでしょうね。

 カイト様との繋がりを深めたいのであれば、我々は邪魔だと捉えられてしまいます。

 ですが、それならば――――――――」


 アイザックさん提案に場の空気が変わる。


 彼の提案は『契約内容に含まれて居ない教国にならば、黙って入り込んでもアイネアース国に迷惑は掛からない。ならば強引にでも合流してしまいましょう』というものだった。

 

「おぉ! アイザックさん、良い事いうねぇ。私もそれがいい。わかりやすいし!」

「私もそうしたいです。こんな状態で待ってるだけなんて怖すぎます」

「ぼ、僕もエメリーさんやサラさんと同じですけど、最初は皇国内で話し合いになるんですよね?」


 どれほどの時間が掛かるのでしょう、とソーヤが疑問を呈して再び場が沈黙に染まる。


「んじゃあれか? 受け入れて教国に行っちゃった方がいいの?」

「いけません! 商談を舐めてはいけません!

 内容を吟味して、抜けがない事を確かめねば身の破滅を招きます!」

「えぇ……そうは言うけどさ……じゃあリック、一緒に来てよ!」


 そう願い出てみれば「そ、その手があったか」と再び交わす言葉が増えた。

 騎士はダメだと言われたが、戦闘力のない商人であれば如何見ても契約違反とはならない。

 ギルドメンバーだから多少怪しいラインではあるけど、オルバンズで一言断りを入れれば多分通るだろう。


「けど……リックで大丈夫なの?」

「これほどの大事となるとどうでしょうか……

 ただ、他国の事に関しては私よりも詳しいですよ。

 口惜しいですが、私では駆け引きは出来ても真意を推し量る事はできそうにありません」

「そう。じゃあリック、私達が行ける状況を最速で整えなさい。

 出来なかったらわかっているわよね?」


 アディとアイザックさんの会話を傍目にリックを覗き込めば、彼は顔面蒼白になっていた。


「いや、きつければ、待っててもいいよ?」

「そ、それはもっとダメです! ど、どうにかやって見せます……」

「いやいや、多分そこまで深刻じゃないよ?

 多分、化け物退治に手を貸してくれとかそういう話だろ?

 だって、ほら! 俺この世界に飛ばされた経緯があるじゃん?」


 その流れで神様が俺に手伝わせろって言ったんだと思う。と今後の予想を話し、同意を促す。


「そりゃまた大それた話なこって……だが仮にそれが事実だとしても用心は必要となるぜ。

 力に群がってくるのは平民だろうが貴族だろうが変わらねぇからな」


 いや、俺そんなに力ないから!


 まあ最近急激に強くはなったけど、まだホセさん達には追いつけてない程度だ。

 それを国がそこまで欲しがる力とは思えない。


「そっちの力だけではありませんよ。神に指名された。それだけで大変な事です。

 教国であればその事実はより注目を集めるでしょう」

「あー、そうだよねぇ。注目された人はちょっと活躍するだけで騒がれるもんねぇ」


 エメリーの抜けた声に頬を緩ませたのは俺だけだった。皆真剣に頷いている。


 え? 何で皆だけで納得してるの?

 結局俺は如何すればいいんだよ!?


「カイト様は迂闊に約束を交わさず、リックと相談を密に行ってください」

「約束だけじゃないですよ! 浮気もダメです!」

「そうね。近寄ってくる女は全てトラップだと思いなさい」

「そうですね。実際にトラップでしょう。間違いありません」


 お、おおう。み、皆が元気になったようでなによりだ。


「じゃ、これで話は終りね? カイトくん連れてくわよ?」

「おう。んじゃソーヤ、良い店連れてってやる。ほれ、いくぞ」

「あ、食事処ですね? 戦勝パーティーでは殆ど食べられなかったから嬉しいです」

「いや、ソーヤ騙されるな。一応食事も出す場所ではあるが……」

「お前も行くクセに良い奴ぶってんじゃねぇよ!」


 レナードとコルトの言い争いを傍目にアイザックさんがソーヤに助言を送る。


「ソーヤ君、ご飯ならホセさんに、遊びたいのであればレナードさんに付いて行くと良い」


 などと皆は賑やかにわいわいと部屋を出て行った。

 ふむ。あれはあれで楽しそうで羨ましい。

 だがしかし、そんなものはいつでもできる。と彼女達に視線を向け立ち上がった。


 その晩、俺は最高の一時を過ごすこととなった。

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