第57話

 次の日早朝から移動を始め、隣町のボルストンに着いて早々にステラを祖父母の家に向かわせた。

 俺達は宿を取ってソフィアの育成に着手する。

 初日だしソフィアの実力を全員が把握しておく必要があると、全員でサポートする形を取った。


 そして……俺達は絶句した。


 自分にヘイストを掛けさせて六階層で試しに戦わせてみたのだが、何故かソフィアは剣を横にして振るのだ。

 バンと叩く音を立てて「ねっ? 切れないのよ」と首を傾げる。


「お前さ、剣を振る時なんで目を瞑るの?」

「え? そんな訳無いじゃない。開けてなきゃ当たってないでしょ?」


 そんなんで今までどうやって戦っていたのかと問えば、たまにちゃんと刺さるのだという。


 あの……それは切ってるんだよね? 刺さるの?


 俺はウェストに助けてと視線を向ける。だが彼はゆっくりと顔を背け口を閉ざした。

 そうですか。お説教は俺の役目ですか。とソフィアに出来てない事を説明する。


 だが、彼女は頑なにダメな所を認めなかった。


 なるほど。だから今まで向上しなかったのか。

 居るよね。勉強できる癖に、運動系統になるとそっちに頭を使えない奴。


 一向に理解をして貰えないので、俺はエレナ先生にやって貰ったことを行う事にした。

 ソフィアを後ろから抱きしめる様に一緒に剣を握り、体で感じろと伝え無理やり剣を振らせた。


 当然、一発で真っ二つだ。

 それでも彼女は「それは貴方が強いからでしょう?」と言う。


「お前さ、スキル覚えたんじゃないの?」

「そうよ。型を覚えても発動しないの」


 ……そりゃ型が出来てねぇんだよぉぉぉ!!


「もういいよ! 考えなくていいから感じろ!」と俺は後ろから支えて彼女の動きを矯正する事を続けた。

 ほんの少しだが良くなってきたので、十一階層まで降りてゴブリンの首根っこを掴み試し切りをさせてみた。


「見て! 刺さったわ!」

「お、おう。す……凄いな?」


 と、苦笑いになりながらも彼女の成長を褒めたのだが、とうとうソフィアがご立腹になってしまった。

「だから言ったじゃない! 私には無理なのよ!」と。


 だが甘えさせるつもりは無い。俺も逆にキレ返す。


「お前、舐めてるの? その程度で諦めるのか!?

 それで終わりでいいと思ってる? 国の命運が掛かってるんだぞ?」


 お前はその程度の女なのかと問えば「わかったわよぉ、やるわよぉ……」と不貞腐れながらも次を所望した。

 その時、ウェストが初めて彼女にアドバイスを贈る。


「ソフィア様、振る時、風の抵抗が少なくなる様に振ってみてください。

 少しでも楽に早く触れるようにと」

「そう言われてもわかんないわよぉ!」


 駄々を捏ねるソフィアにウェストも「失礼します」と断りを入れて後ろから手を握り、横にして振った時と真っ直ぐ振った時を両方実演させた。


「あっ、なんかちょっとわかったかも」とソフィアは活気づいてゴブリンを切り裂いた。

 切り口は浅いものの、刃が流れ、切り裂く事に初めて成功した。


「一度で成功しましたね。さすがです」


 とウェストが褒めればソフィアもご機嫌になり、数回切りつければゴブリンは魔石へと変わった。


「ウェストの方が教えるのに向いてそうだな。

 思った事はガンガン教えてあげてくれ。少しでも時間短縮したいし」

「そうね。お願いするわ」


「ええ、私で良ければ」と、彼も乗り気になった所で今日は誰が狩りに行こうかと問いかけた。

 ウェストは常に護衛に付くと言っているので俺かサラのどちらかだ。

 サラもどっちでも良いと言って居たので二人には狩りに行かせることにした。

 ソフィアにヘイストを掛けさせて、サラとリディアを下の階層に行かせた。


 それから俺はゴブリンを連れてきてひたすらソフィアに狩らせる。

 段々と目に見えて深く切り裂けるようになっていき、そろそろ一人で戦えるんじゃないかという所まできた。


「よし。ここからは普通に戦ってみろ。シールドは掛けてやるから」

「えっ!? 本当に大丈夫? 危なくない?」

「大丈夫です。危険になれば即座にお助けします」


 ウェストの言葉に俺も同意して「回復なんて必要ないレベルでフォローに入ってやるから気にせず倒す事だけ考えろ」と一匹だけ連れてきてソフィアに押し付けた。

 言われた通り戦闘を始めたが、的が動くからか、先ほどより浅い切り傷になってしまっている。

 それでも動きながらやれているので取り付かれるほど酷いわけでもない。何度も切りつけている内に漸く自力で倒せた。

 まだまだ不恰好すぎる戦いではあるが、凄い速度で成長している。


「よーし、良くやった! んじゃ、六階層に戻るぞ」

「はぁ? 何で上に戻るの?」

「いや、だから言ったじゃん。

 楽に倒せる所で数をこなすの。今のは戦闘訓練しただけだって」


 そう伝えれば前に言った言葉を思い出したのか、納得して六階層へと戻った。

 戻ってみればしょっぱなから一撃で倒せる様になっていて、ソフィアはすぐに楽しそうな顔をする様になっていた。


「凄い、凄いわ! 二人とも、本当に教えるのが上手いのね!」


 いつもは眠そうな目をしているのに、珍しく目をパッチリ開けて次にいこうと急かして来る。

 そんな彼女に付いて行くから気にせずどんどん進んでいいぞと先へ進ませる。


 そうして二刻ほど過ぎた頃、ウェストが「そろそろ終わりにしましょう」と言い出した。


「いやいや、何言ってるの!? あと五刻はやるよ?

 まあ、そろそろ飯休憩にする時間ではあるけども」


 と二人に向かって言えば『えっ?』と聴こえてきそうな顔で二人は振り向いた。


「いや、その程度で終わらせて短期間で強くなれる訳ないだろ。

 ここまで言えばもう必要な事だってわかるよな?」

「だが七刻なんていくらなんでも長すぎだ。

 ダンジョンにそこまで籠もるなど、高みを目指す者でもやらないぞ」


 ウェストはどんなに長くても四刻程度が限度だという。それ以上は集中が続かなくなって危ない。だからやるべきじゃないと。


「いや、それは適正の階層まで行った場合の話しだろ?

 この階層で危なくなる訳ないじゃん」


 ソフィアでも、敵を集めなければ八階層くらいまで一人で行けるだろう。

 低レベルの今ならば、やっているうちにどんどん温くなっていくだろうしな。


 てか聞いては居たが、皆やらなすぎだろ。

 他の人たちにとっては勉強とか仕事に近い感じなのか?

 けど、絶対楽しくなってくると思うんだけどな。ソフィアも今楽しそうだし。


 あ、でも俺で言ったらシャドウウルフくらいの強さの魔物とやる感じなのかも。

 それだったら十四時間もぶっ通しでなんて危なすぎるって思えるわ。


「私は大丈夫よ。ずっとこうして力を得る事を望んで居たんだから。

 私にもやれるなら動ける限りやってみせるわ!」

「いいな、その意気だ。一人でやれる様になるまでちゃんと付き合うから頑張れよ」

「ええ。お願いよ!」


 ソフィアが同意した事でウェストも反対しなくなったので食事を取って再開させた。

 彼女の顔色を見て適度に休憩を入れつつ進んでいく。

 何度か他パーティーとバッティングして変な目で見られたが、特に関わる事も無くサラとリディアが戻って来てその日の狩りを終わりにした。


 ソフィアは割りと満身創痍な感じに手足をプルプルさせていた。

 ウェストも「本当にこれほど長くやるとは」と彼ですら疲れた顔をしている。


「ソフィア、偉いぞ。良く弱音も吐かずに頑張ったな」


 帰りは彼女を抱き上げて彼女の努力を称えた。このレベル帯だと、割とキツイ疲労感があったはずなのだ。


「えへへ。頑張った甲斐があったわ」と相当疲れているのか眠そうな顔で微笑んだ。

 眠ければこのまま寝てもいいぞと声を掛けて取ってある宿へと戻った。


 ソフィアたちが泊まっている部屋に入れば、ステラがグースカ寝ていた。

 それはどうでもいいのでソフィアもベットに寝かせて、サラ達に話を聞く。


「こっちでは初のダンジョンだけど、二人はどうだった?」

「私は特に問題ないですよ。

 出る魔物も変わりませんでしたし。ヘイストのお陰で苦戦もせずさくさくでした!

 ご主人様が行く時も問題は起きないはずです!」


 リディアは二十三階層でいつも通りの魔物と遣り合ってきただけだから特に言う事は無いそうだ。強いて言うならばご主人様と離れるのが寂しいですとか言っている。


 サラは「私も問題は無かったのですが……」と困り顔をしていて「やっぱり日帰りだと遠いですね。時間が短く感じます」と少し顔を顰めている。

 その様を見たウェストがサラに何階層に行って居たのか尋ねた。


「三十階層ですね。様子見でしたのでその階層に抑えて置きました」


 サラはそう言ってからヘイストの効果を絶賛した。これならばもっともっと深くまで行けるはずですと。

 ソフィアのヘイストはマジで凄いからなぁ。そんな事を思いながらも俺はそんな彼女にストップを掛けた。


「ヘイストは早さが上がるだけだ。無くても頑張れば行けるくらいの階層を高速で回る方がいい。

 異常種が出る可能性だってある。絶対に過信して先へ先へって行くなよ?」

「そ、そう、ですよね。わかりました……」


 ウェストが俺たちのやり取りを見ながら「参ったな。これでも家は武家で私自身も自信があったんだけどね」と頬を搔く。

 そんな彼に「サラはヘレンズ出身で期待の新人って言われたくらいだからな」と告げれば彼は深く納得した。


 しかし同時に何で皆短時間しか狩をしないんだと問いかけた。

 高みを目指す奴でも数日に一回で八時間までなんて短すぎだろう。


 彼曰く、昔はもっと深い階層まで行ける人が沢山居たらしいが、平和な時代が続き、武力を上げるよりも勉学に励む方が安定して稼げるようになったからだろうと言う。


 フィールドに居る魔物はダンジョンから出てくるそうで、人が住み着いて居ない地はぬしクラスが雑魚の様にわらわら居るくらいにまでなるらしい。

 開拓をしてそんな土地を減らし続け、完全に平定が終わって百年が経ったそうだ。


 確かに昔は強い人が一杯居たってホセさんも言ってたな。年齢的にホセさんが子供の頃の老兵は丁度その頃の世代と言えるだろう。


「まあ、昔の人でも毎日七刻もやる人は居なかったと思うけどね」

「いや、絶対居たって! 居なきゃおかしいから!」


 と力説したものの、誰からも同意は得られなかった。

 おかしいな。仕事だろうが勉強だろうが、ガチで長時間やり続ける奴は居たぜ?


 何て話して居れば、いつの間にかソフィアが寝に入っていたので、各々部屋に戻って寝る事にした。

 そうして一日目が終わった。






 次の日、再びソフィアたちの部屋に集まってステラから話を聞く事になった。


「それで、どうだった?」

「うん。凄く歓迎されたけど、やっぱり情報っていう情報は無かったわ」


 ステラは言われたとおりにオルバンズの動きを伝えれば逆に驚かれて、母親を連れてこっちに避難しろと説得されたらしい。

 国に要職を任され、大切にして貰っているからそんな真似は出来ないと断ったらしいが、いつでも戻って来ていいからと母親に伝えなさいと散々言われたそうだ。

 ただ唯一の情報といえば、オルバンズが兵を集めている事は知っていたくらいだった。まあ、それはそこら辺の商人でも知ってるくらいの情報だしな。


 情報を持ち帰れなかったステラが「申し訳ございません」と所在無さ気にしている。


「あら、言われたとおりに動いてくれたのだから謝る必要なんてないわよ。

 こちらの事を漏らしたりせずに終えたのなら何も問題はないわ。歓迎されて良かったわね」

「あ、ありがとうございます!」

 

 ステラは安堵した顔で嬉しそうにそう言ったが、俺は態と情報を伏せたんじゃないかと少し不安に思う。

 だって、流石にサットーラが経済制裁した事くらいは知ってるだろ?

 まあ、彼らがそこを伏せたからと言って皇国がヤル気だって話には繋がらない。

 だから結局は俺としても歓迎されて良かったねという言葉しかないが。


「まあなんにしても今日から狩り三昧だ。一日最低六刻を目安に狩りまくるぞ」

「いや、時間云々はこの際良いとしても、目的だった彼女やリーズの件は終わっているのだからせめてポルトールまで戻らないか?

 仮にだが、戦争が早まって国境封鎖でもされたらことだぞ。

 領主への面会など今の立場では早々叶うものじゃないんだ」


 ウェストは皇国に身を置いている事でもう不安を感じている様だ。正直俺としても異論は無いので自然とソフィアの方へと視線が向かう。


「……そう、ですね。確かに強くなってからこちらに戻って来ても同じでしょうね」


 ソフィアの残念そうな声に「もしあれなら俺達だけで残ってもいいぞ?」と問いかけたのだが、ウェストがそれを却下した。


「昨日も言ったが、サットーラにそれほどの情報があるとも思えない。

 下手に目立ってしまっては戻れなくなってしまうぞ?」


 彼は、そのまま情報が無いと思う理由をあげた。

 サットーラがオルバンズの徴兵を叩いているという事は、少なくともここの領主は国とオルバンズは繋がって居ないと思っているだろうという事だ。

 ソフィアもその事には気が付いていて、その時の国の反応を知りたいそうだが、その程度の確度しかない情報なら、リディアからの話しの方が余ほど信憑性があると言う。

 そこからソフィアとウェストでこの場合あの場合、と色々な議論が交わされた結果、ブライトの方面に密偵を送るという話しに落ち着いた様だ。


「んじゃ昨日の稼ぎを騎士教会に売りつけてさっさとアイネアースへ戻るか」

「けど、ポルトールよ? 王都に戻るのはダメだからね?」


 そんなソフィアの必死なお願いにウェストも「ええ、その予定ですよ」と苦笑を隠せずに言葉を返した。

 

 そうして話が纏まり、ダンジョンのドロップ品を騎士教会で売り、俺達はボルストンの町から出てそのまま国境を目指した。

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