第十話 花見の席でいざ出陣
室町時代は戦乱の時代であった。戦国時代といわれる後期だけではない。足利尊氏が幕府を開いた時期が当に南北朝の騒乱の時代であったし、制度的な問題や社会の発展に伴う過渡期であったからという見方もできるだろう。
制度的には、守護在京の原則がその一つだろう。これは、九州、東国以外の守護は在京して将軍を補佐し政務に参加しなければならないということである。ここで東国とは、越後、信濃、甲斐、伊豆から東を指し、駿河についても関東公方の補佐の任にあるため、在京の義務はなかった。因みに、中国地方西端の大内氏は九州にも領国があり、在京義務がないものとされた。
守護大名が在京するとなると、領国の政務は誰が見るかというと、守護代である。守護代が守護に忠実であれば良いが、必ずしもそうではない。京極氏の領国を出雲を押領し、他国にも勢力を広げた尼子氏、応仁の乱の最中に最も効果的な時に裏切りを敢行し守護になりおおせた朝倉氏など、守護代が守護にとって代わる例など枚挙にいとまがない。
守護代がどうやって守護の地位を襲うかというと国人衆の支持を得ることで可能となる。国人衆の支持をどうやって得るかというと紛争の解決である。紛争とは多くの場合、土地の帰属問題である。国人衆に有利なように裁けば人気が上がるのである。そして、紛争解決には武力の行使が伴った。守護大名も、国人衆の支持を得るために足繁く領国に出向いていた。
南北朝の騒乱期に、戦場間近の荘園・公領の年貢の半分を軍勢に預け置く半済が幕府により認められ、その後、意図的に拡大解釈した国人衆が荘園・公領の年貢のもう半分も占有してしまうことが多く行われたが、この荘園・公領の押領を、守護代や、守護大名も国人衆の支持を得るために黙認することが多かった。
足利義尚が激怒したのは、将軍直属の戦力である奉公衆に餓死者が出たという知らせであった。奉公衆は多くが近江国内に所領をもっていたが、寺社や公家の荘園と同様近江国人衆に押領され、近江守護たる六角
俺はこの第一次六角征伐が失敗に終わることを知っていた。史実では、9月に二万の大軍を擁して京を発った将軍義尚は、居城を捨て甲賀に逃げた六角行高が行うゲリラ戦に苦しめられ、思うにまかせぬ戦況に酒色におぼれる様になり、二年半に及ぶ長滞陣の末病没したのである。その結果、急に決められた次の将軍は、清丸ではなく、美濃に逃げていた足利
もちろん討伐などされたくない。義母や潤丸を殺すようなことさえなければ清丸が討伐指令など出すことはないと思うが、実際のところ二人を本当に
だから、俺は、できるならば、イケメン将軍義尚を、勝利の上、帰京させたい。しかも、出来るだけ早くだ。十一月に隣国で起きるある出来事に対して準備する必要を感じているからだ。だが、俺にそんなことが可能だろうか?
俺に従って戦に赴くのは、長尾左京、下田衆10名、そしてツツ丸である。俺には、答えが見えなかった。それでも、できることはある。
「ツツ丸。甲賀と繋ぎは取れるか?」
「甲賀五十三家のどの家と繋ぎを取りましょうか」
できる、ということだな。
「できれば望月家が良いが、高山家、夏見家でも構わん。六角行高を甲賀に入れないよう頼みたい。さもなければ、落ち延びる城を限定させたい。六角家まわりの動静を探れるか」
「かしこまってござる」
おどけたように言ってツツ丸が右手を出す。
「なんだ?」
「若様、いつも言ってるじゃない。『良い仕事には、良い報酬を』だよ」
「後払いじゃダメか」
「だ~め」
おれは、もぞもぞと右手を内懐に入れて腰のあたりを探る。
「証文だ。使い方は分かるな」
「もっちろん。七条通の伊勢屋に行ってきます」
証文を渡した途端、ツツ丸はいなくなった。
甲賀五十三家のうち六角氏から感状を貰っている二十一家以外の家に働きかけよう。うまくいけば、甲賀のゲリラ戦をつぶせるだろう。
他に、何かないか。焦っても答えは見つからなかった。俺は押しつぶされそうな思いとともに京の日々を過ごした。
五月、将軍家足利義尚は、醍醐寺での花見を挙行した。
在京の守護大名、公家、商家はこぞって参加した。治安が問題になりつつある状況だが、将軍が、護衛と称して、過剰ともいえる軍を率いたからである。
その席で、将軍直々に俺はある人物に紹介された。中肉中背、柔和な印象の四十年配の人物だ。
「蒲生刑部大輔貞秀と申します。お見知りおきを。
「刑部はの、なかなかの
義尚が大業な身振りで紹介してくれる。文武両道とは流石。
「はっ。大樹様お心配りありがたく存じます」
その人は、蒲生氏郷の祖父さんのそのまた祖父さんにあたる人だった。居城を小谷城から音羽城に引っ越したばかりらしい。居城が甲賀のすぐ近くにあり、道案内としてはこれ以上ない人物であった。
その時、妙に甲高い声で義尚を呼んだ者がいる。
「大樹様。このようなところにおわしましたか」
「これは、京極殿ではありませんか」
「大樹様、逆賊多賀宗直めをついに討ち果たしましたぞ。京極家は一つに収まり申した。何卒、近江の守護職を」
何やら、絢爛としただが妙に古びた格好の三十半ばの武士のようである。
「あの方は、京極飛騨守秀綱様です。近江北半国守護ともいわれるお方」
蒲生藤兵衛がそんな事を言う。
「ご存じなのですか」
「我が城にも滞在されたことがございますゆえ」
「半国守護とは珍しい補任ですね」
「いえ正式なものではございません。北近江には京極様の所領が多く、近江守護であっても北近江には力が及ばないので、そういわれるのです。かつては、出雲、飛騨、隠岐の守護職でもあったのですが」
すると、あれは京極高清か。幼少から戦いに身を置いてきた武士だ。だが、チートとまでは言えない。
「公方様のお言葉がございます」
「公方様のお言葉がございます」
奉行衆と思われる武士たちの声が何度となく響いて場が静まっていった。
一段高いところに、征夷大将軍足利義尚が上ると、皆息を呑んで静まった。将軍は良く通る声を、張り上げた。
「征夷大将軍職、足利右近衛大将である。此度の花見に参加してくれて嬉しく思う。かの大戦が終わり、十年を数えた。この京では諸侯の力添えもあり、戦乱は起きていない。だが、外に目を向けると、まだまだ戦乱は収束しておらぬ。戦が終われば、旧に復するが当然のこと。半済していた荘園や寺社領も同じである。我が将軍家の下命にもかかわらず、いまだ復しておらぬどころか、さらに、荘園の押領を進めるものがいる。余はそのようなけしからん者共を成敗するつもりだ。
この場から、近江六角討伐の兵を起こす。六角の者共を打倒して、皆の旧領を回復しよう。
者共。出陣じゃ!」
おう、叫びが寺の周りに屯させた兵どもの声から発せられ、花見の席に響いた。
喜んでいるのは、公家や僧侶である。上級武士の面々は、複雑な面持ちで拳を振り上げた。
派手好きな将軍のパフォーマンスである。入れ知恵したのは俺なんだが・・・
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