第63話 空中へ

 空を駆ける私の背ビレから、キラキラと粉のような、雪のようなものが噴出している。

 それは私の動きにそうように、軌跡を残す。


 粉に見えたものは、どうやら極小の魔法陣のようだ。

 心のどこか──メタモルフォーゼ前は存在していなかった背ビレの扱いを熟知している部分──で、背ビレから溢れている魔法陣が恥ずかしく感じられる。


 どうも、メタモルフォーゼすると、装備したユニットの一部が私の心にも影響する感じがある。

 熟練した天駆けイルカなら、こんな赤ちゃんみたいに魔法陣を撒き散らさないのに……と、心のどこかから、囁きが聞こえる。


 しかし、そんな感想も一瞬のこと。

 目の前には、再度立ち上がった樹の根の巨人の放つ槍が迫る。

 それを、くるりと体を右にロールすることでかわす。目の前すれすれを通りすぎる槍。その風で頬に圧を感じる。


 ──ちょっとギリギリに回避しすぎたかな


 すぐさま続く二の槍、三の槍。


 それを左右のロールと僅かな上下動だけでかわして行く。

 樹の根の巨人に近づくにつれ、激しさを増す攻撃。

 もうすぐ接触するというところで、槍だけでなく、樹の根そのものが鞭のように振るわれてくる。


 射出される槍の直線的な軌道と、鞭の曲線を描く軌道が、複雑に交差する空間。

 私は半ば本能的に頭頂部から超音波を発射。

 全方位の立体空間を把握し尽くす。


 僅かな隙間の生まれる場所。それが連続するように、体をねじり込むようにして、その唯一と言っていい正解のルートを選択する。


 そして気がつけば、目の前には樹の根の巨人の頭。そこに埋もれる錬金術師ヒョガンと目が合う。

 私は回転するように、旋回し、背ビレをヒョガン目掛けて振るう。


 背ビレの発する魔法陣がまるで刃のようになると、樹の根の巨人の顔面をえぐるように削り取る。

 あらわになるヒョガンの全身。


 表脇から迫る巨人の両手はしかし、私の攻撃を止めるのには間に合わない。

 頭の中でそれが正解と告げるキミマロの声のままに、両手をヒョガンへと向ける。

 私の両手がくっつくき、変形し、まるでキミマロの口吻のように伸びる。


 くわっと開かれる口吻。


 その口の中にあるのは、邪悪さをたたえた牙。

 パクリという擬音とともに、閉じる口吻。そのまま、ヒョガンが私の手の中で咀嚼されていく。


 ぺっと口吻が、咀嚼物を吐き出す。


 コアたるヒョガンを失った巨人が一気に崩れ始める。木の根がほどけはじめ、バラバラと海面へと落下していく。


「あ、リスティア!」


 リスティアの入った容器が反射した光が見える。

 私は一気に下降し、容器へと近づく。

 そのまま容器を抱え込むと、バラバラになりはじめた巨人の体を突き抜けるようにして離脱する。


 その時だった。メタモルフォーゼのタイムリミットが、来る。

 そして私は本日二度目となる海面へのダイブを体験するのであった。


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